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『サードプレイス』はいかなる場所か?訳書で徹底議論|リーディングクラブ#4

ソトノバリーディングクラブ#3(前編後編)において『ひとり空間の都市論』を扱いました。

次の課題図書に選ばれたのが、アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグが1989年に執筆した原著をもとにマイク・モラスキー(解説)と忠平美幸(翻訳)によって日本で2013年に出版された『サードプレイス コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』です。

#3の『ひとり空間の都市論』では、日本特有といえる都市空間について議論しました。一方、都市においては、ひとり空間だけではなく、いわゆる人と人のつながりを生むコミュニティが形成される空間について考えることも必要です。そこで、コミュニティの核となるという「サードプレイス」の根源に迫りました。

2020年7月2日に読書会を開催し、本書を手がかりに展開した議論をまとめていきます。

ソトノバ・コミュニティでは、読書を通じてパブリックスペースや都市に関する知見を得たり、議論することを目的としたクラブ活動「ソトノバリーディングクラブ」が2019年に発足しました。テーマ本を取り上げ、読書会でディスカッションを行っています。


『サードプレイス コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』ってどんな本?

前述のように当書は社会学者レイ・オルデンバーグが執筆した”The Great Good Place: Cafes,Cofee Shops, Bookstores, Bars, Hair Salons, and Other Hangouts at the Heart of a Community”の翻訳本として、原著の出版(1989年)から24年経った2013年に日本で出版されました。

オルデンバーグは当時のアメリカ社会における都市空間について、インフォーマルな都市生活が欠如していることを問題点として取り上げ、アメリカの都市をより良くするために必要な要素=”The Great Good Place”を原著で示そうとしたのです。

オルデンバーグはあくまで当時のアメリカ社会の問題点の解決に向けた一つの提案として「サードプレイス」という新しい独自の言葉を提示したのです。第1章においてサードプレイスの意味を「インフォーマルな公共生活の中核的環境」と定義しています。

さらに、当書が果たす役割は、インフォーマルな都市生活が国家と個人生活の双方にどう役立つかを理解してもらうことであるといっています。

第1部では、そのインフォーマルな都市生活に定期的に関わることによる社会的、心理的、政治的な影響について述べ、第2部でサードプレイスの実例を紹介し、第3部で現代社会におけるインフォーマルな公共生活の特徴とそれにまつわる諸問題を取り上げます。

終始、インフォーマルな都市生活のためのサードプレイスについて語っているといえるでしょう。

アメリカ社会を背景に生まれた概念「サードプレイス」

サードプレイスが一体どんなものなのかを探る前に、前提条件として当時のアメリカ社会の問題点を簡単に振り返り、現在の日本の社会・都市と比べてみましょう。

『胎内(自宅)と競争社会(職場)のあいだを判で押したように往復し、・・・二拠点滞在型の日常生活が・・・定着しつつある。どこよりもまったりできる集いの場が、急速に姿を消しつつある。(p.49)』

『インフォーマルな都市生活がないために、アメリカ人は、他の文化で大きな効果を上げているあのストレス解消手段を得ることができない。・・・都会の楽しみは、ほとんど大量消費と化している。・・・よその国の人びとは人づきあいの自由をフル活用しているのに、わたしたちアメリカ人は、人とつきあわない自由を賛美する。(p.51)』

このように当時のアメリカ社会の問題点を嘆いています。さらに、こうした社会問題を解決するための都市空間が存在していないことをヨーロッパなどの豊かなコミュニティ形成のための空間を持つ国々と比較することで指摘しています。

イタリア・フィレンツェで見かけたコミュニティを形成しているであろう光景(Photo by DAICHI MATSUMOTO)

日本の社会と比べてみるとどうでしょうか。新型コロナウイルスの影響により生活様式が大きく変化するまでは、日本でもアメリカと同様に自宅と職場を行き来するような生活をする人が多数を占めていたのではないでしょうか。

翻訳本が出版された2013年の時点では、アメリカと同様に日本でも自宅と職場以外にコミュニティを形成することができる居場所が欠如しており、そこに物足りなさを感じていた日本人にオルデンバーグのサードプレイスという概念が響いたために大きな反響を呼び、日本国内でもこの概念や言葉が多用されるようになったのではないかと考えられます。

一方、サードプレイスの認知度が上がるにつれて、その本来の意味がぼやけているようにも感じます。日本では単に「自宅と職場以外のなんとなく居心地のよい場所」という意味で使われるシーンが多いのではないでしょうか。

オルデンバーグが提唱したサードプレイスとはそのような単純なものだったのでしょうか。こうした疑問をとっかかりに今回の読書会はスタートしました。

そもそもサードプレイスってどんな場所?

そもそもサードプレイスとはどういうものなのでしょうか。8つの特徴があげられているので、まずはそれらを紹介します。

⑴中立の領域
個人が自由に出入りでき、誰も接待役を引き受けずに済み、全員がくつろいで居心地よいと感じる、そんな場所

⑵人を平等にするもの
誰にでも門戸を開き、社会的身分差とは無縁な資質を重視することによって、他者の受け入れに制約を加えない場所

⑶会話が主な行動
会話を重視し、ゲームのように楽しむ場所

⑷利用しやすさと便宜
一日のどんな時間帯でも利用でき、近場にあってすぐに行ける場所

⑸常連
「しかるべき人」(常連)がそこにいて活気づけられる場所

⑹目立たない存在
地味で、飾り気がない外観や雰囲気を持っており、日常に溶け込んだ場所

⑺その雰囲気には遊び心がある
日常の規範から逃れるような感覚を感じられる場所

⑻もう一つのわが家
その場にいるメンバーがぬくもりと友情のある人づきあいができ、その場をつくっている集団の一員であるという自覚が持てるような公的なのに「家らしさ」がある場所

この8つの特徴を見ると、サードプレイスと呼べる空間が自分の暮らしの中にあるかといわれると、そう簡単に見当たらないのではないでしょうか。

オルデンバーグはサードプレイスにかなり多くのことを求めていたのです。当のオルデンバーグも、サードプレイスになっていたかもしれない場所はたくさんあるけれど、すべてがサードプレイスに成り得ていないという風に当時のアメリカの様子に言及しています。

理想のサードプレイスを生み出すというのはなかなか難しそうです。

中国のとある街角でボードゲームをして集まる人びと。おそらく皆が平等に参加でき、常連がいて、会話しながら楽しむために集まっているであろう。彼らにとってはサードプレイスに近い場所かもしれない。(Photo by DAICHI MATSUMOTO)

サードプレイスが個人にもたらす恩恵

では、都市にサードプレイスがあるとどんな良いことがあるのでしょうか。オルデンバーグによるとサードプレイスは個人と社会の両方に恩恵をもたらすといいます。

簡単にその恩恵について整理しておきましょう。

個人にもたらす恩恵として以下のことが提示されています。

■目新しさ
家や職場の中で、規則的で型にはまった生活になっている一方で、その外に出て、多種多様な人々から目新しさや刺激を受けることができる。

■人生観
サードプレイスで繰り広げられる人づきあいやユーモアのある会話を通して、健康的な人生観が構築される。自分の所属集団以外の人びとの興味や考えを知る機会を得られる。

■心の強壮剤
サードプレイスがもたらす効果は、そこに集う人びとを元気にすること。節度やルールを守ったうえで、自由な表現行為が可能になり、社会的な役割からの自由を感じることができる。それが外の生活から得る以上の活力を与えてくれる。

■ひとまとまりの友人たち
サードプレイスでの交友は、幅が広く、多様性に富んでいて、自分の好き嫌いをさて置いたからこそ生じる豊かさがあり、そこにいる人びとという「ひとまとまり」の形で提供される。

4つの恩恵を並べてみると、やはり家と職場の往復で凝り固まってしまう暮らしになんらかの外力を与えてくれる存在であることがサードプレイスが個人に与えてくれる恩恵といえるでしょう。

サードプレイスが社会にもたらす恩恵

では、社会にとってどんな恩恵があるのでしょうか。次の事柄が提示されています。

■政治上の役割
民主主義の政治プロセスへの直接的な草の根型の参加方法として、かつての酒場のような地元・地域の問題を知り、議論する場所が必要で、その役割をサードプレイスが担う。

■会合の習慣
誰でも受け入れるような懐の深いサードプレイスがないところには、「社交生活の最も重要な面」が欠けている。サードプレイスは「自由な集会」を可能にし、人びとが社会的な違いを越えて、互いに意見を交換し、まとまれる場となる。

■取締り機関であり、世のため人のためになる力である
じかに顔を合わせているからこそ成り立つ、コミュニティ・ライフの監視機関となる。その場に集う集団の内側にも外側にも「良識」に基づいた人間関係を構築することができる。

■蓋をしたままでの愉しみ
日常生活のリズム一部として、晴らしと浮かれ騒ぎが許される空間となり、日常からの逃避を可能にしてくれる。

■公共領域の派出所
良識ある人びとが利用し、楽しむための公共領域を確保するうえでサードプレイスが重要である。安全な公共領域を目指すうえで重要な役割を果たすのは、普通の市民であり、彼らによる「自然発生的な監視」を可能にしてくれる。

■あくまでも選択肢の一つ
アメリカの都市の仕組みは、一人きりでいたり、自宅にこもったり、外出先を限定することを好む人びとに有利に働いており、それ以外の冒険心があり、集団でいることを好むタイプの人びとがコミュニティ・ライフを形成できる場所としてサードプレイスが選択肢にあるべきである。

これらのサードプレイスが社会にもたらす恩恵を見ると、顔を合わせて集まることの重要性をいくつか指摘しています。家の中でメディアを通してしか情報を得ていない状態が本当に地域・住民にとって健全なことなのか、当時のアメリカの状況を踏まえてオルデンバーグが提示したサードプレイスが持つ地域の政治やコミュニティ・ライフにおける重要性が明らかになりました。

特にコロナウイルスの影響で自宅にいる時間が長くなり、あらゆることがオンラインで行えるようになった時代において、改めて顔を合わせて集まる場所がどのような役割を持ち、我々の暮らしにどのような恩恵を与えてくれるのかを自分自身の暮らしの中で考えるきっかけを与えてくれたような気がします。

【議論】 日本の身近なサードプレイスとは?

読書会では、主にアメリカの社会背景がベースにある元祖サードプレイスに対して、日本の身近なサードプレイスにはどういうものがあるのか?というテーマで議論が進められました。

pasted image 0大学の先生から行政の方、学生、コミュニティづくりの実践者まで多様なメンバーで議論

オルデンバーグが唱えたサードプレイスという概念には様々な条件が含まれていることがこれまでの本の紹介で分かってきたと思います。しかし、前述の通り、日本では「自宅と職場以外のなんとなく居心地のよい場所」という広い意味で使われています。

では、日本で見られる身近なサードプレイスとはどういったものだろうかと参加者に問うてみると、次のような例があげられました。

『スターバックスはサードプレイスを売りにしていたりするが、本来の意味からするとサードプレイスとは言えないかもしれない。しかし、仕事を中心に動く人の街東京版のサードプレイスとも思える。』

東京の至る所で見かけるスターバックスは、色々な世代の人でいつも賑わっていますが、皆自分の仕事や作業に集中できる場所として使っているような気がします。オルデンバーグが提示したサードプレイスの特徴の多くは当てはまっていないかもしれません。

一方で、チェーン店ではなくよりローカルな例として、こうした意見も出ました。

『近所のお店に店主がいろいろな人をつなげていくようなところがある。場の醸成に一人一人が貢献していて、魅力的なお店になっている感じがする。』

『日本らしさでいうと、横丁にある居酒屋やスナックだとカウンターにキーマンとなる店主がいて、話を回していくようなL字型やコの字型の空間がサードプレイスになりやすいのでは?』

kazuo-ota-_5-78eft6t4-unsplashPhoto by @kazuo513 on Unsplash

オルデンバーグがあげた特徴の中では、常連という形で言及されていましたが、上述のような日本らしい酒場では、その場のキーマンとしてオーナーや店主、店員の存在が大きな役割を果たしています。

また、その場の空間形態も重要な要素だと言えるでしょう。日本人にとってはこじんまりとしていて、キーマンが真ん中で場を回すような空間形態の方が交流しやすいのかもしれません。

最近まちでよく見られるようになった場所として、会員制のキッチンやコワーキングスペースがあげられました。これらは会員制という点で誰でも入ることができるわけではないためサードプレイスとしてオルデンバーグには認められないかもしれません。しかし、家らしさがあり、家と職場以外のコミュニティが形成されることは間違いないでしょう。

サードプレイスにもいろいろある

一通り身近なサードプレイス的な場所を共有すると、参加者の一人から興味深い発言がありました。

『サードプレイス的な空間の中でもいくつかの類型に分けられるのではないか。たとえば、(小林・山田、2013,2014,2015)によると交流を目的とする交流型と個人で居心地よく過ごすことができるマイプレイス型とに分けられる。この他にも類型分けの方法がありそう。』

オルデンバーグはサードプレイスをあえて類型分けして紹介するということはしていませんが、当書の第Ⅱ部では欧米のサードプレイスの事例を紹介しながら、それぞれの特徴や違いについて語っています。

日本でもサードプレイスをテーマにした研究論文が多数発表されており、その関心の高さが伺えます。今回の参加者には、長年サードプレイスをテーマに研究されている林田大作さん(大阪工業大学建築学科准教授)も参加されており、議論の途中でサードプレイスに関する貴重なプチレクチャーも織り交ぜてくださいました。

その中で、フランス人の居場所のつくり方、使い方とアメリカ人のそれを比較して、アメリカ人がパブリックスペースを使いこなすのが下手であるという指摘がありました。

筆者も以前から日本人がしばしば参考にする欧米のパブリックスペース活用の事例を見るたびに、われわれ日本人は果たしてこうした海外の都市の使いこなし方と同じことが必要なのだろうか、単なる真似をしているだけではうまく行かないのではないか、という疑問を持っていました。

オルデンバーグはヨーロッパの他国とアメリカを比較しながら、アメリカ人にとって必要なサードプレイスの良さを丁寧に当書で解説したところが評価される点なのではないでしょうか。

日本ならでは、地域ならではのサードプレイスのあり方をオルデンバーグが提示した要素をしっかり参考にしながら構想し、実装していくことがその地域の魅力化につながっていくでしょう。

pasted image 0 (1)いつも通りmiroを用いて議論!

現在の都市にサードプレイスは必要か

読書会での議論は、いかがだったでしょうか。

コロナ禍を経験する中で我々の都市空間に対する捉え方に変化が置きました。

一つは、在宅や家の近隣にいる時間が長くなったことで、これまで自宅と職場の往復だけだったオフィスワーカーが近隣で過ごす時間が長くなったこと。

もう一つはそのオンラインや仮想空間といった新たな都市空間のレイヤーを4thプレイス(参考:コロナショックで失った都市のプレイス!これからのぼくらの居場所)と呼称する論稿も出てきたり、「場所」に関する議論は活発になりました。そうした空間がオルデンバーグのサードプレイスの要素の一部分を代替していくと思います。それでも実際に集まり、交流したいという欲求がなくならないことは現在の都市の人びとの様子を見れば一目瞭然です。

さらにローカルな地域の問題などについては、やはりオルデンバーグの指摘の通り、面と向かって対話して議論する場所が地域の中に必要ではないでしょうか。

行政機関からの参加者からは地域の商店街に関して、

『商店街というのは歩くことと話すことが同時に行われる特徴的な空間で、かつてはそこに一種のコミュニティが存在していた。』

というコメントもあり、商店街という一つの線状の都市空間もサードプレイスの集合体として捉えることはできないだろうかなどと妄想が広がりました。廃れてしまう多くの商店街ももしかしたらオルデンバーグのサードプレイスの要素を参考にすると再活性化やこれからのあり方の糸口が見えてきたりするかもしれません。

オンラインやバーチャルでは処理しきれない人びとの欲求を満たし、暮らしに必要なコミュニティを形成する場所がサードプレイスとして実空間にも必要なのだと思います。オルデンバーグのいう8つの特徴をすべて兼ね備えたサードプレイスはなかなか難しそうですが、皆さんも自分の地域、暮らしの中で今だからこそ求められるサードプレイス的な場所を探したり、創り出してみてはいかがでしょうか。

とある日本の村で見つけた村人にとってのサードプレイス的な店の軒先空間(photo by DAICHI MATSUMOTO)


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