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【Book】タクティカル・アーバニズムの原点/タクティカル・アーバニズム・ガイド
最近、全国各地でパブリックスペースの改善・活用を目的とした社会実験が盛んに行われています。実はこれらの社会実験は、タクティカル・アーバニズムという手法と深く結びついて実施されることが多いのです。社会実験を企画している関係者は、その本来の意味や意義について知っておくべきでしょう。
ソトノバでは、これまで「タクティカル・アーバニズム」の実践に加え、事例記事や、書籍の出版を通して普及活動をしてきました。
本記事は、ソトノバが監修したタクティカル・アーバニズムについての2冊目の書籍『タクティカル・アーバニズム・ガイド 市民が考える都市デザインの戦術』のレビュー記事です。1冊目の『タクティカル・アーバニズム:小さなアクションから都市を大きく変える』では、日本で開催されたタクティカル・アーバニズムに関するシンポジウム(Tactical Urbanism Japan 2019)をきっかけとして、日本におけるまちづくりや都市計画を研究・実践されている方の論説や、日本での実践事例の紹介が主でした。今回紹介する本は、タクティカル・アーバニズムについて、アメリカにおける提唱者であるマイク・ライドンさん(Mike Lydon)とアンソニー・ガルシアさん(Anthony Garcia)自らが多様な視点から解説する書籍の日本語版です。
提唱者自らがどのような言葉を用いながらタクティカル・アーバニズムを解説したのかに着目しながら、「スケーラビリティを伴うXSの実践」や「長期的な公民連携を伴うまちづくりアクション」について読み解きました。さらに、長期的な展開を継続する手法として、「市民が主体的に関与する戦術」「現代のデジタルツールの活用」という2つのポイントに着目してまとめています。自ら手がけようと思っている活動や、現在の日本での実践と照らし合わせてみて、参考にしてみてください!
過去に、本記事でレビューする日本版の原書をもとにタクティカル・アーバニズムを解説する記事も執筆されているので、併せて読むと原書が執筆された経緯が分かります。
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Contents
多様な視点からの解説:本書の構成
本書では、タクティカル・アーバニズムについて、その概要の説明(01 型を破る)に加えて、古代からの類似の実践事例(02 タクティカル・アーバニズムの着想の源と前例)、北米で受け入れられた4つの要因(03 次世代のアメリカの都市とタクティカル・アーバニズムの台頭)、近年の5つの成功事例(04 都市と市民についてタクティカル・アーバニズムの5つのストーリー)、デザイン思考に基づいた実践時に心掛けるべき心得リスト(05 タクティカル・アーバニズムのハウツーマニュアル)という章構成で、多様な視点から解説されています。
そして、最後の章には「06 まとめ:この本を持ってまちに出よう!」として、もう一度取り組むべき意義を振り返り、実践者へのエールが語られます。さらに、日本版では、監修者である泉山塁威さんによる2023年時点での本書を振り返りと、日本で実践する際に意識すべき前提や認識が解説されています。
以下では、タクティカル・アーバニズムの意味を理解し、本書で取り上げられている多様な視点の中から、「市民」の主体的な関与を伴う公民の連携、現代のデジタルツールの活用の2点に絞って、タクティカル・アーバニズムの原点の一端を探ります。
タクティカル・アーバニズムとは?:スケーラビリティな展開の可能性
アメリカの提唱者によると、タクティカル・アーバニズムとは、
短期的かつ低コストでスケーラブルな(規模を変更できる)介入と政策を用いて、近隣のまちづくりと活性化を行う手法である。その担い手は、行政から、企業、非営利団体、市民団体、個人まで幅広い。
(p.042)
と定義されています。
本書ではこのスケーラブル(規模を変更できる)という言葉が繰り返し用いられます。プロジェクトの予算や実施区域の規模や、共に取り組む仲間や担い手、協定や条例などの仕組みに結び付けたまち全体への働きかけなどが、規模変更の対象として考えられます。タクティカル・アーバニズムにとって、簡単に、素早く実践できるまちへの介入は、あくまでも”長期的な”発展を見据えたプロセスの一部として重要であるとみなされています。
また、読み進めていくとスケーラビリティには、別の場所での展開や分野横断の視点という意味も含まれていることが分かります。提唱者は、インターネットやアプリ・SNSの普及や、これらを使いこなす世代の台頭によって、空間や時間、コミュニティを超えた協働が実現可能になり、タクティカル・アーバニズムの可能性が広がっていくのではないかと推測しています。
ポートランド市の「移動式T-Horse」。あらゆる場所ですぐにコミュニティの集会所ができる。Photo by Sarah Gilbert, cafemama.comまた本書のまえがきで都市プランナーのアンドレアス・デュアニーが、建築家のレム・コールハースの提唱する「S、M、L、XL」という都市・建築空間の捉え方には、XSが含まれていないことを指摘しています。そして、
XLとXSにはどちらも棘のあるユーモアのセンスが必要だ(中略)これがなければタクティカル・アーバニズムは「達成」できない。
(p.017)
と、ユーモアの必要性にも言及しています。これは意訳すると、長期的な変化には、まちに受け入れられ、共感される工夫や気配りが必要だということを伝えているのではないかと思います。XSの取組みには、人々の心を動かし、能動的に関わりたくなるような仕掛けが不可欠なのです。
長期的展開を実現するには?①:「市民」が主体的に関与する戦術
実は、原書の副題は「Short-term Action for Long-term Change」(長期的変化に向けた短期的な活動)ですが、日本版の副題は「市民が考える都市デザインの戦術」になっています。最初の短期的な行動を起こす活動の担い手には、市民も含まれているのです。市民発意の活動が起こりにくい日本の状況を踏まえて、本来の意味を端的に表したタイトルになっています。
もともとアメリカで、まちに対する違和感を持って、小さな取組みを実践していたのは、行政ではなく市民です。こうした市民発意の活動を行政が認める形で、公と民の連携を伴うことが長期的な展開には必要不可欠です。
最初は無許可で突発的に起こる行動が、広がりを見せる場合は、タクティカル・アーバニズムに該当しますが、その後広がりを見せない一過性の強い行動は該当しません。
タクティカル・アーバニズムは、こうした「公平性の追求」という観点からも、
老いも若きも、公民権を剥奪された人も、無関心の人も巻き込む方法を見つけるのは、それほど簡単ではない。(中略)取り組みが全員参加に近づくことは決してないだろうが、タクティカル・アーバニズムのプロジェクトがうまく実践されれば、計画案とコンセプトをより多くの人々に伝える一手段となる。
(p.053)
というように、より多くの市民に寄り添って、長期的な展開を図ることを目指しています。
とはいうものの、個人をベースとした公共意識の強い欧米では、無許可の活動が起こりやすく、そのままこの考えを当てはめることはできないでしょう。市民側に強いメリットや動機がない日本で、どのように市民を巻き込んでいくかについては、もう少し国民性を意識した実践ができるとよいでしょう。
ただし、必ずしも市民発意でなければならない訳ではなく、下図の4つの担い手のどのセクションであっても、小さな取組みを実施できます。日本では民間企業やNPO等も含めて、多様なセクションが主体的に関われるように工夫しながら、プロジェクトを進める中で、市民参加の方法を模索するとよいのではないでしょうか。
タクティカル・アーバニズムが巻き込む4つの主体(出典:本書p.054)さらに長期的な展開に結びつけるためのヒントとして、
市民はもっと戦略的に活動できるようになれるし、同様に行政はもっと戦術的に活動できるし、そうすべきだというのが私たちの考えだ。
(p.052)
と理想的な状態が語られます。市民側が、行政のようにまち全体を最適化する視点を持ち、行政側も短いサイクルで検証を重ねる視点を持つことによって、両者がお互いの考えを理解し合うことになります。実践を進め共同作業をしていく中で、互いの立場に歩み寄ることは、今後もクリエイティブな協働を進めていく上で重要なのではないでしょうか。
長期的展開を実現するには?②:現代の「デジタルツール」の活用
先にも述べましたが、タクティカル・アーバニズムが広く受け入れられるようになった要因の1つに、デジタル技術・ツールの発展と、それを生まれながらに活用する世代の台頭が挙げられています。デジタル技術は指数関数的な進歩を遂げており、短期的な取組みから始まるタクティカル・アーバニズムとも、相性がよさそうです。
本書では、主に2つの観点から、デジタル技術の活用方法が説明されています。
1つ目は、SNS・アプリでの、情報の拡散・シェアです。
ツイッター、フェイスブック、テキストメッセージは、エジプトとリビアで起きた最近の革命時に拡散された写真や動画を共有するのに役立ち、抗議の場所と時間を知らせた。(略)これらの技術は、人々が参加し組織化する方法を根本から変えつつある
(p.152)
と、参加方法や組織体制構築の枠組みを捉え直し、協働できる可能性を述べています。また、全国各地で同時多発的に起こる社会実験の効果的な手法を共有することも重要でしょう。
2つ目は、プロジェクトの効果・影響を計測し、知見を活かすことです。
具体的な実践では、小さく実施したプロジェクトの効果・影響を計測し、そこでの仮説を裏切るような失敗から学習し、次に活かすことが重要だとされています。
成功を判断するための計測ツールと主な評価基準は、市民や行政関係者にとってこれまで以上に利用しやすくなっている。たとえば、自転車や歩行者の交通量、デシベル、交通速度、小売売上高、成功または失敗を明らかにするいくつもの定性または定量データ数値を計測する低コストの方法がある。
(p.319)
定量データだけでなく、定性データも組み合わせた空間評価も重要です。本書に挙げられた以外のデータも、情報が共有されていくことが望まれます。
このように、現代の技術の進歩に伴う便利なツールを活用することで、長期的な空間改善整備や政策立案につながる道筋を構築することもできるのです。
「ポップアップ・ロックウェル」での効果測定の様子。データの内容や取得・活用方法を検討する(出典:本書p.323)タクティカル・アーバニズムを日本に根づかせるためには?
最後に、実際にタクティカル・アーバニズムを実践する時に、どのような心がけが必要になるかの解説を紹介します。
本書は理論的な解説だけでなく、プロジェクトの実施前に確認すべき心得のリストを質問文で並べて、実際に手掛ける実践者となる市民・行政職員に役立つ内容が載っています。この心得リストは、絶対的な解決策がほとんど見つからない終わりのないプロセスとして、タクティカル・アーバニズムと似たプロセスを踏む「デザイン思考」の5つのステップ(共感、定義、創造、試作、テスト)をもとに、整理されています。
心得リストには、着手前に自分や他人に問うべき一連の誘導的な質問が含まれていると説明されています。5つのステップの内の「共感」の質問を見ると、
・コミュニティで何人と話をしたか?
(p.323)
という問いが書かれています。コミュニティ内でどれだけの人との繋がりを持てているかを自問して、これから手掛ける小さな活動が仲間からの共感を得て、実施場所や協力者を拡大していけるかの事前確認できます。つまり、XSの活動をスケーラビリティにつなげる思考の手助けをしてくれる誘導的な質問集が、本を手に取ったタクティカル・アーバニズムの実践者に寄り添うように列挙されているのです。
タクティカル・アーバニズムの実践前に問い直すべき確認事項の一部(出典:本書pp.324-325)タクティカル・アーバニズムを日本でも深化させよう
簡単に本書の内容の一端を追ってみましたが、いかがでしょうか?
本書は多様な事例が、理論的な説明に織り交ぜて紹介されており、読者それぞれで新たな発見があると思います。タクティカル・アーバニズムの本来の意味に立ち返りながら、チェックリストを参考にし、日本型の市民発意の実践につながる手法を模索し、実施してみてください!そして、その結果を広く共有することで、タクティカル・アーバニズムが日本に馴染んで深化することを期待します!