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地域に根差した都市開発とは?タクティカル・アーバニズム米国専門家が見た日本橋

「都市開発」と聞いて、どのようなイメージを持つでしょうか?

関係者でもなければ、でき上がったまちだけを見ても、地元でどのような経緯を経て開発が進んだのかはなかなか分からない印象があります。

デベロッパーがやりたいことを一気に進めてしまう、そういったイメージが先行しがちかもしれません。

それに対して、ソトノバが注目する「タクティカル・アーバニズム」は、個人でもできるような小さなアクションから始めて、大きな変化につなげようというもの。

一見するとデベロッパーによる再開発とタクティカル・アーバニズムは、違う方向を向いているようにも見えます。

両者は交わりうるのか?だとしたらどうやって?

本稿では、再開発のプロセスの中にタクティカル・アーバニズム的な仕掛けがされていた事例をひもといてみようと思います。


2019年12月に日本橋で、米国のタクティカル・アーバニズムの第一人者であるマイク・ライドン、アンソニー・ガルシア(トニー)の両氏を招いて開催された「タクティカル・アーバニズム国際シンポジウム」。それに先立って、シンポジウムの会場にもなった日本橋エリアのまちづくりに深くかかわる三井不動産が、周辺でどのようなプロセスを経てパブリックスペースを生まれ変わらせていったのか、まち歩きをしながら解説してくれました。

米国のタクティカル・アーバニズムの第一人者たちの目から、日本橋エリアでのパブリックスペースづくりはどのように見えたのでしょうか?そして次はどのような戦術が考えられるのでしょう?

よみがえる日本橋と人にやさしいパブリックスペース

日本橋のイメージとして、品格とにぎわいがあるまちなみを思いうかべる方も多いのではないでしょうか。

衰退の危機脱出のカギは、地域とつくりあげた「日本橋再生計画」

いま歩いてみると想像しにくいですが、1990年代後半に山一證券の倒産や東急百貨店の閉店などによって停滞を経験したかつての日本橋は完全にオフィス街で、橋の北側でいうと週末は三越以外は開いている店が少ないシャッター街になっていたそうです。

そのような状態が変わっていった背景は、衰退の危機を感じた地元の皆さんと三井不動産が20年間かけて取り組んできた「日本橋再生計画」にあると、三井不動産 日本橋街づくり推進部の町田収さんは語ります。

20191211-122402これまでの日本橋再生の経緯を語る三井不動産の町田収さん。

再生のためにビルの足元に商業施設を入れたり、パブリックスペースを設けたりという努力を積み重ねたことで、にぎわいは戻り、週末には老若男女幅広い層が訪れるようになりました。

また、外資系テナントに勤める外国人も歩くようになり、多様化も進んだといいます。

20191211-131417コレド室町テラスには話題となった「誠品生活日本橋」などが入り、まちに新たな人の流れを生んでいます。ちなみに、COREDOという名はEDOのCORE(中心)からつけられたのだとか。

COREDO室町と福徳の森周辺に、日本橋の歴史を感じるオープンスペース

社殿が再建された福徳神社と、それに隣接するコレド室町をとりまくストリートを歩いてみると、ヒューマンスケールが意識されたデザインがなされていることがよく分かります。

ビルの間に現れる神社の緑に囲まれた空間には、「こんなところに森が!」とマイクとトニーの2人も息をのんだ様子。

時代の流れの中で、ビルの谷間にひっそりと残られていた神社が落ち着く空間は、まちを訪れる人々にも安らぎを与えています。

神社横の広場に接して、カフェが設けられていることにマイクが気づきました。

「広場の横に飲食店が併設されていると、食べ物を持ってくつろぐのに外の空間が使えて活動が生まれるので、とてもいいですね。」

彼の目から見ても、パブリックスペースにアクティビティを生む素晴らしい配置がされているようです。

20191211-115154緑に囲まれた福徳神社に詣でる人々。落ち着きのある空間がオフィス街の日常に溶け込んでいます。 20191211-114718様々なスケールの建物が混ざる中に現れる広場。右隣にカフェがあることで、広場で飲食を楽しむこともできる。

歴史と風情を纏う日本橋のストリートを生かした開発

周辺のストリートは石畳となっていて、縁石が目立たないようにデザインされています。

広々として街区間の連続性を感じることができ、車よりも人に配慮されているような印象を与えるストリートになっています。

「縁石がなくて人と車が共存しているストリートが好きで、必ず写真を撮っているんだ!」

というマイクにとってはたまらない場所のようです。

20191211-132010再開発地以外にも広がる石畳のストリート。このようなデザインがとても好きだというマイク(右から2人目)。 20191211-115218まるで車が通っているとは思えないような、神社、ストリート、ビルが連続した空間。

訪れたストリートと広場は、歩行者天国化したりマルシェを開催したりと、イベントにも活用されているそうです。

イベントを多様化できると、より多くの人にとって魅力が高まるのではないかとトニーからの提案もありました。

20191211-114953石畳が敷かれたストリートは広々自然と人と車が共存する空間に。ストリートを使ったイベントも開催されます。 20191211-115118植栽や、段差と境界を感じない地表面、伝統工芸を思わせるファニチャーなど、パブリックスペースの魅力を生み出すさまざまな工夫に思わず写真撮影。

既存の路地や低層エリアを生かしつつ、高層ビルのそばに混在しているという姿が、日本橋エリアの魅力だといいます。

実際に三井不動産は低層のリノベーション開発や、私道となっている路地の所有者と話をして、石畳風にするということに地元の方々と取り組んでいます。それをモデル路地として広げていきたい、という考えがあるそうです。

「人様の土地をよくすることに積極的なんて、おかしな会社ですよね。でも、街が魅力的になることが当社にもメリットがあると思っています。」

町田さんは笑いながらそう話します。

積み上げてきた地道なプロセス

このようなヒューマンスケールな空間づくりが日本橋でなされてきた背景には、かつての町人地で土地が細分化されていたこと、そこで開発を行うためには地権者と対話しながら一緒につくっていくことが必要だったこと、があるそうです。

ただ対話といっても、最初からスムーズに進んだわけではないようです。

「20年前に開発を始めたころは、地元の方々と一緒にやりましょうといっても、厳しいお言葉をいただいたこともありました。そこで地元の方々と一緒にイベントやったり、お祭りに参加させてもらったり、お客様が商業施設に来たら街にも出て楽しんでいただくという仕掛けをして、地元の方々との信頼関係を育んできました。」

小さな目に見える取り組みを重ねていって、時間をかけながら大きな開発を実現させるというプロセスは、タクティカル・アーバニズムに通じるところがあったのかもしれません。

三井不動産だけでなく、学識者や行政とまちのためにやっているという趣旨を共有して、エリアマネジメントの仕組みもつくっていったといいます。

そのような複数のエリア関係者が関わる仕組みはとても重要だと、マイクらも強調します。

必ずしもデベロッパーが参加する形ではなく、既存の地域団体を支援するような枠組みを提案したこともあったそうです。

また、アメリカではデベロッパーが主体ではないエリアマネジメントの仕組みが普及していています。州法に基づいて地権者から負担金を徴収して運営するBID(Business Improvement District)はその代表例です。

小さなことを積み重ねてできた、のれんで活用する地下歩道

積み上げられてきた信頼関係によって実現された最近の事例が、「めぐるのれん展」のプロジェクトです。

三井不動産が企画して、テナント企業や地元店舗がクリエイターとオリジナルののれんをデザインし、三越駅前の地下歩道をいろどったのです。

たいへん好評を得たというこの取り組みを実現するためには、地下歩道の管理者からの理解が不可欠。

「いきなりああいうことをやっているわけではなくて、少しずつ小さなイベントから入って、信用を積み上げてできるようになったのです。」

そう町田さんは経緯を語ります。

めぐるのれん展めぐるのれん展(三井不動産提供)

日本橋エリアの未来に向けたビジョンと課題

長い年月をかけて生まれ変わってきた日本橋エリアはこれからどう変わるのか?

「日本橋再生計画」は2019年8月から第3ステージに入って動き始めているといいます。

そのビジョンでは、5つの大きな再開発を仕掛けながら日本橋川にかかる高速道路を地下化し、長い親水空間を構築して東京駅からのウォーカブルなネットワークをつくることを目指しています。

「日本橋に青空を取り戻すという地元の悲願の実現に向けて大きな一歩です」

と、町田さんも力をこめます。

さらに、再生が進んだ昭和通りから西の日本橋WEST地区と、反対側の日本橋EAST地区それぞれの個性を生かしつつ、より一体的なまちづくりを目指していくといいます。

まち歩きツアーでもまちを分けている昭和通りをまたぐ地下横断歩道や、隅田川沿いのパブリックスペースを見てまわりました。

「日本橋川と隅田川という2つの川の間をつないで、西側の活力をより東側へと染み出させていけるとよいのではないか。」

マイクたちも現地を見て、まちの両側をつなぐポテンシャルに気付いたようです。

20191211-111105隅田川沿いのパブリックスペースも魅力が高まっていくでしょうか。

何かを実現する原動力は、五感に訴える仕掛けと周辺の人の巻き込み

特にポイントとなりそうなのが、東西の地下横断歩道。

道路全体を変えることはハードルが高い一方、いろいろとタクティカルな工夫の余地がありそうな場所です。

「もっと両側を行き来したいと思えるような、五感に訴える何かがトンネルの中だけでなく周りでもできるのではないでしょうか。それが楽しくハッピーなものだと感じられるとよいと思います。」

トニーはこのようなアイデアを投げかけました。

トンネル内部の空間に意識が向いていたところに、より広い視野で見て、利用者の感覚も考えてみようというトニーからの視点の提供に、まち歩き参加者たちは「なるほど」という顔になりました。

さらにトニーは続けます。

「周辺の人を巻き込むことで、新しいアイデアやおもしろい活動をやっている人が見つかるのではないでしょうか。それが何かを実現する原動力になります。」

まち歩きと議論の最中、彼は繰り返しこのメッセージを発していました。

デベロッパーや行政がやることを決めすぎてしまうより、積極的にコラボレーションを行うことでまちの変化が活発になることを、自身のプロジェクトの経験から確信しているようです。

20191211-114205日本橋WESTとEAST分ける昭和通り・首都高速道路と、両側をつなぐ地下横断歩道の入口。 20191211-113923がらんどうとなっている日本橋WESTとEASTをつなぐ地下横断歩道。

日本と世界を橋渡しするまちを目指す戦術

長期のビジョンを誰がどう実現させるのか?

デベロッパーとしての立ち位置について頭を悩ませることもあるようです。

戦術1:水辺の可能性を五感に伝える

その中で2019年秋に行った取り組みが、ライトアップした橋の下をくぐりながら東京湾をまわるという「Nihonbashi Light Cruise」。

非日常的な水辺体験ができるということで、1週間で満席になったそうです。

「将来像を感じられるアートやプロジェクションマッピング、鳥のさえずりや木々のざわめきのような環境音を流すといったことはとても効果的。これによって、何が欠けていたかというのに気づくことができ、よりパブリックスペースを求める声が大きくなるでしょう。」

と、マイクはLight Cruiseのような短期間でできる戦術的アクションの有効性を指摘します。

Nihonbashi Light CruiseNihonbashi Light Cruise(三井不動産提供)

戦術2:高速道路撤去の効果を示す

ボストンやシアトル、ソウルなど、世界各地で高速道路の撤去によってパブリックスペースを再生した事例があるとトニーは紹介します。

ボストンのBig Digプロジェクトは20年以上かかったといいますが、シアトルでは近年実験的な封鎖をやって影響を確かめるという段階を踏んだことで、進展が加速したそうです。

Bostons-Big-DigボストンのBig Digプロジェクトでは片側3車線の高速道路が撤去され、広大なパブリックスペースが生まれました。(出典:Alrawi, F., 2018, Measuring the relative importance of applying engineering solutions to urban traffic intersections: a planning perspective)

そうはいっても、アメリカでも高速道路を壊したくないということで、撤去が難しい場合も多いそうです。しかし、成功事例を見てきたトニーはこう力説します。

「水辺に親水空間を復活させる、という経済価値は、高速道路を残すより非常に大きなもの。」

20191211-132419日本橋川をおおう高速道路は、マイクとトニーの目からもショッキングだった様子。
マイクが日本橋の写真とともにこのようにツイート「東京は私たちにたくさんの(よい)教訓をくれましたが、高速道路計画については例外です。」

戦術的な対話の広げ方

戦術を機能させるには、戦略的プランをうまく使うことが鍵となるそうです。

「計画を人々が対話するプラットフォームとして使えると思います。その中から異なる場所を使いながら小さなアクションができるかを話し合うとよいでしょう。そこを出発点として、関心を持つ人をつなげながら広げていく。そこにデベロッパーの役割もあるのではないでしょうか。」

そうやって一連の小さなプロジェクトがつながっていき、一緒にパブリックスペースをよくしていくパートナーが生まれることで、行政ともより協力しやすくなる。実際のプロジェクトでの経験から、マイク、トニーは声をそろえてそう提言します。

ではどうやって対話を盛り上げていくのでしょうか?

活発な議論をするためには、世界中で起こっていることを実例として人々に見せてみることで、こんなこともできるのかという学びとなるといいます。

「自分が行きたいところのストリートがどういうものか、思いうかべてみるとよいと思います。」

世界中の様々な事例の写真をその場で見せてくれながら、彼らは端的なアドバイスを伝えてくれました。

その上で、どう日本橋としての魅力へとつなげていくかが大事だといいます。

「国際的なアピールポイントと、アメリカでは見られないような古い歴史・伝統を融合させるとよいと思います。ただ、ブランディングしすぎると味気がなくなってしまうので、注意が必要です。」

20191211-121822どのような戦術的アクションが可能か、アイデアを語るマイク(中央)とトニー(左)。

変化が続く日本橋エリア、次のアクションに注目!

まち歩きをする中で、魅力とさらなる可能性を感じることができた日本橋エリアのパブリックスペース。

アメリカでは地域を顧みないデベロッパーも目立つ中、地域との対話によって魅力的なパブリックスペースが再生されてきた日本橋エリアの取り組みに、マイクとトニーはとても感銘を受けたようです。

再生の舞台裏では、長期にわたる戦略と地道なアクションの積み重ねがあったことも分かりました。

その意味で、日本橋エリアの都市開発にはタクティカル・アーバニズム的な進め方が融合していると見ることができるでしょう。

地元と共に小さい実績をつくりながらも、再生計画という戦略を拠り所にしつつ、同じ方向へと進んでいく主体の輪に地元を巻き込むことができたこと。これが戦術を都市開発という果実につなげた秘訣だったようです。

日本橋再生計画が新しいステージに入り、さらに大きな変化が目指される今、次はどのようなアクションが生まれてくるのか。そしてそれがどのように戦術的に発展していくのか。

そのような目線から、2020年も日本橋エリアの動きから目が離せません!

20191211-130904三井不動産の皆さん、ありがとうございました!

Sponsered by 三井不動産

Photo by Takahisa Yamashita

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