BOOKS

Books

BOOKS

【Book】北欧のまちの豊かさを支えるものとは?/「北欧のパブリックスペース」

今回は「北欧のパブリックスペース 街のアクティビティを豊かにするデザイン」を紹介します。

本書は、九州産業大学教授の小泉隆さんとスウェーデンのアーバンデザイナー、建築家でSofter代表のディビッド・シムさん(David Sim)によって著され、2023年2月に発行されました。

シムさんの著作はすでに【Book】まちのあり方をシフトする/「ソフトシティ 人間の街をつくる」でも紹介していますが、ソフトシティは翻訳本で、本書は日本人のために書かれた書籍です。

本書では、日本でも注目されている「北欧のまちづくり」について、豊富な写真と解説できめ細かく紹介しています。私たちはここから何を読み取ることができるのでしょうか。

関連記事:
デンマーク発、ホームレスと社会を結ぶ緑のパブリックスペース
日本代表はあの遊具! 60カ国の住民に開かれた交流を生む公園「スーパーキーレン」


事例紹介だけではないデザインの教科書

本書は、冒頭にシムさんによる4つのエッセイがあり、それに続く本編は、ストリート、広場、水辺など、8つのカテゴリー別の章立てになっています。各章では、5から10のパブリックスペースの事例が写真とともに詳説され、私たちはこの一冊で55の北欧の事例を見ることができます。

本書を通読すると、冒頭のシムさんによるエッセイと本編の小泉さんによる事例解説がしっかりと噛み合っており、単なる事例紹介にとどまらない奥行きの深さがあることに気づきます。そのような奥行きを与えているのは、北欧の人たちの暮らしに対する意識や心構えであったり、隣人や気候など、生活環境に対する敬意であったりします。

写真のきれいなだけの表層的な「北欧のスタイルブック」ではなく、紹介されているようなまちづくりを可能にしているバックグラウンドが見える、デザインの教科書といえるでしょう。

ガムラスタンきれいな写真だけでなく、平面図や立面図もあり、「立体的」に地域の構造がわかる。

北欧のパブリックスペースの豊かさを支えるもの

本書の中では、小泉さん、シムさんともに、北欧のパブリックスペースの豊かさを支えるものは何であるのかという問いを常に意識しているようでした。

小泉さんは北欧のまちづくりを

人間中心のまちづくり

個人の自由を大切にしながら、その共存を理想とする社会

計画プロセスへの積極的な住民参加

自然をすべての人々のものとして享受できる文化

季節のサイクルを楽しむ暮らし方

新しいアクティビティ・プログラムの導入

多様なアクティビティを歓迎する行政

将来を見据えた包括的な取り組み

(Introduction pp.4-7)

と分析していますし、シムさんは

気候・天候と共に暮らす

ウォーターフロントの再発見

都市と自然を緩やかにつなぐ庭園

ヤン・ゲールの都市改善のアプローチ

(Essay pp.8-23)

としてエッセイにまとめています。

これらは北欧の人たちが年月をかけて積み上げてきたもので、日本にはまだないものも多いのですが、だからこそ、私たちはこのようなスタイルを学び、日本に取り入れていくことができるのです。

敬意と矜持にあふれた一冊

レビュー筆者が本書を読んで最初に感じた印象は「敬意と矜持」でした。

敬意は、北欧の人々や文化に対する敬意です。本書が北欧の人々や文化に敬意を払っていることはもちろんですが、北欧に暮らす人たちは互いに敬意を持って生活していると感じました。

北欧のパブリックスペースでの人々の振る舞いを見ていると、個人が思い思いに好きなことをしながら、多様な人間が同じ空間・時間をうまく享受している。そこには個人の自由を大切にしながら、その共存を理想とする北欧社会の一側面が表れているようだ。

(Introduction p.4)

その敬意はシムさんの師匠にあたるヤン・ゲールさん(Jan Gehl)にも向けられています。本編で最初に紹介されている事例はコペンハーゲンの「ストロイエ」です。ストロイエはゲールさんの調査・研究によって再整備された通りで、ストロイエの歩行者空間化の成功が、ヨーロッパのみならず、世界のまちづくりに影響を与えたのです。

この成功事例を最初に紹介することこそ、北欧の人々とまちとゲールさんへの最大の敬意ではないでしょうか。

ストロイエの構造ストロイエの拡大の様子がわかる図版。回遊性に着目して拡大していることがわかる。

もう一方の矜持は、シムさんのあとがきにあたる「日本のパブリックスペースのために」に表れています。

日本の人々は長い間、北欧の建築とデザインに大きな関心を寄せてきました。

(中略)

最近では、こうしたデザインの背後にある文化への関心も高まっており、「hygge」「fika」「lagom」「sisu」といった北欧の暮らしを支える概念をテーマにした本も多数日本で出版されています。

(日本のパブリックスペースのために p.174)

これは、北欧のデザインが文化や思想に裏付けられていることの自負と誇りであり、また、これらを背負っている純粋な喜びのように感じられました。

さらにこの矜持は本書内の写真からも感じられます。

本書の写真の大部分は筆者である小泉さんの撮影だそうです。

人々にいきいきと使われている写真でなければその良さは伝わらない。そのため、過去に取材していた場所についても、再度撮り直したものが多い。

(あとがき p.175)

すごいですね。本書を最良の形で日本の読者に届けようという矜持にあふれています。

読みやすいけれど、読み応えがある

本書は、豊富な写真と図版類で大変読みやすい上に、カテゴリー別の章立てになっているので、どこからでも興味のある部分から読める構成になっています。

しかしこの書籍の意図を理解するためには、Introduction(p.4-)、Essay(p.8-)、日本のパブリックスペースのために(p.174)、あとがき(p.175)を先にしっかり読み込んで理解しておくことをお勧めします。

また、できれば「ソフトシティ」も読んでおくと、本書の意図がより深く理解できるでしょう。

「ソフトシティ」が理論編だとすると、本書は実践編であり、これら2冊が多面的、相乗的にまちづくりの将来像を見せてくれると感じました。

気候風土や文化、制度の違う日本では、すぐに実践できるアイデアや事例ばかりではありませんが、これらの事例が北欧で成立する理由を知っておけば、きっと役に立つ一冊となるでしょう。

All photo by NAKANO Ryo

著者小泉隆、ディビッド・シム(David Sim)
発行所株式会社学芸出版社
発行2023年2月

Twitter

Facebook

note