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パブリックスペースのウェルビーイングとは?うめきた公園を訪れた医師が読み解く3つの視点

岩瀬 翔

近年、都市計画やまちづくりの現場では、「ウェルビーイング(Well-being)」という言葉が急速に存在感を増しています。
パブリックスペースにおけるウェルビーイングでは、道路や建物、広場や緑地といった空間の形を整えることはもちろん、訪れる人々が都市生活を快適かつ長期的に利用できる仕組みまで考えられています。

では実際に、どのようなパブリックスペースが、人々のウェルビーイングに寄与しうるのでしょうか?

この記事では、大阪「うめきた」エリアに2024年9月に開園した都市公園「うめきた公園」の事例を通じて、ウェルビーイングを促進するパブリックスペースとは何かを考えていきます。
地域医療に携わる医師でもある筆者は、2025年6月に現地を訪問し、空間の構造や利用者のふるまいを観察しました。その体験も交えながら、空間と人の関係を立体的に読み解いていきます。

ソトノバ・スタジオ|ソトノバ・ライタークラス2025の卒業課題記事です)


ウェルビーイングとは何か〜パブリックスペースとの接点

ウェルビーイングの最も基本的な定義の1つに、世界保健機関(WHO)の憲章(1946年)があります。

「健康とは、病気でないとか弱っていないということではなく、身体的、精神的および社会的に完全に良好な状態(well-being)である」

この定義が示すことは、健康とは単に医療や病院の領域にとどまらず、人々の暮らしや社会的交流の質に深く関係するということです。

さらに、筆者のような医療や福祉の専門職も、パブリックスペースに関心を持つ人々が近年増えています。背景には、「健康の社会的決定要因」(Social Determinants of Health:SDH)と呼ばれる考えがあります。健康問題の8割以上が、医療機関だけでは解決できない社会的孤立や家庭事情、仕事などの要素に影響されていることが分かってきました 1)。例えば、社会的孤立状態の人は、1日タバコ15本を吸うことと同じレベルで健康に悪影響があるという研究もあります 2)。

この背景を踏まえると、都市公園や広場のようなパブリックスペースにもウェルビーイングが求められている理由も理解できます。例えば、緑や水辺に囲まれて過ごすことで身体的・精神的ストレスが軽減されたり、孤立せずに人と緩やかにつながることで、社会的な回復にもつながる可能性があるのです。例えばイギリスでは、社会的孤立対策として医療機関が公園や美術館への訪問を推奨する「社会的処方」という制度を定め、コロナ禍以降、日本をはじめ世界中に広まっています 3)。

パブリックスペースの設計においても、ハードの整備だけでなく、人の行動や心理に寄り添う設計が求められているのです。
今回訪問したうめきた公園は、計画段階から「都市生活の質の向上」という目標を支える要素の1つとして「ウェルビーイング」を掲げており、パブリックスペースにおいて多様な視点から健康を考えられている最先端の事例といえるでしょう。

「うめきた公園」が目指す都市生活の質の向上

大阪駅・梅田駅前で再開発が進む「うめきた」エリア。
その中心に位置する「うめきた公園」は、豊かな緑と水と光が交錯する空間構成とともに、これまでの都市づくりのパラダイムを超えて、市民や来街者の生活の質(QOL)向上を目指しています。さらに、企業や研究機関のイノベーション拠点となる施設「プラットウメキタ」が公園内に併設されています。

この地域は、かつてJR西日本の広大な貨物ヤード跡地があり、2002年から都市再生が始まりました。
都市再生は、国が定める「都市再生緊急整備地域」として指定され、国・大阪府・大阪市・UR都市機構・民間事業者が連携して進められています。

そのうち、1期にあたる「うめきた先行開発区域地区」は約7haを有し、2013年に「グランフロント大阪」としてまちびらきがされました。
「うめきた2期」は、1期を超えた約17haの開発面積を有する大規模複合再開発で、「みどりとイノベーションの融合」をコンセプトに掲げています。

2027年に予定されている2期区域全体の開業に先立ち、2024年9月6日に「うめきた公園」はサウスパークの全面とノースパークの一部が一般公開されました。この公園は、JR大阪駅に直結しながら約4.5haの広さを誇ります。

 

GG広場ひらめきの道から眺める水盆広場

うめきた公園は、民間事業者「一般社団法人うめきたMMO(”Midori” Management Organaization)」が提案・整備・運営を担う仕組みとなっています。この法人は、三菱地所株式会社を代表企業とするJV9社により2023年6月に設立され、大阪市との間で50年間の指定管理制度による契約を締結しました。通常の契約期間が3~5年であることを考えると、異例の長期契約であり、持続可能なまちづくりを目指す姿勢がうかがえます。
また、うめきた公園は、防災公園街区整備事業の一環として整備されており、災害時には広域避難場所としての機能も備えています。

うめきた公園の開業に先立ち、2020年7月から2023年3月にかけて、公園の使い方を考える実証実験が行われました。当時のソトノバ記事からは、すでに多様な遊び方を提案するルールづくりなど、新しい公園の価値を期待させる様子が伝わります。

「QOL向上」を目指す空間におけるウェルビーイング

筆者は、実際にうめきた公園を訪れる中で、身体的、精神的、社会的にも健康を実現できる工夫が施されていると感じました。都市におけるQOLを高めるパブリックスペースの工夫を、特にウェルビーイングにつながる3つの視点から解説します。

3つの視点で読み解く、うめきた公園のウェルビーイング

1.身体的健康:動きたくなるデザイン

公園内の歩道や建築物は、とても歩きやすく、また歩きたくなるような工夫が施されています。
例えば、うめきた公園内では場所により3mの高低差がありますが、いずれの場所にも入口からも入場しやすいように滑らかなスロープでつながっています。歩道に沿って木々が植えられ、6月の日差しの強い日に訪れたときも、木漏れ日で覆われ涼しく感じました。

 

GG歩道木漏れ日に守られた歩道が緩やかな坂でつながっている。

公園内の各所にベンチが置かれ、さらに座れるアート作品や、寝そべることができるハンモックも設置されています。平日の昼下がりでも、ハンモックで日向ぼっこをする人やアート作品の横でくつろぐ人たちがいました。単に健康器具を置いたりジムを設置したりするのではなく、使う人が自分たちにとって「心地よい」と思える身体感覚を取り戻す場所がアーティストとのコラボレーションにより実現しています。

2. 精神的健康:緑がもたらす心のゆとり

植物の緑あふれる景観は、精神的な癒やしを与えてくれます。
6月の訪問時は、公園に入ってすぐに花の香りが迎えてくれました。うめきた公園内の植栽計画では、大阪近郊の丘陵地の里山植生(在来種)も取り込むことで、大阪らしさや四季の美しさを表現すると共に、生態系にも配慮されています。
公園内には、植栽の多様さが訪れた人にも分かるようにネームプレートが配置されています。出迎えてくれた花の香りは「クチナシ」の花ということもすぐ分かりました。

 

GGくちなし公園内の植生には細かにネームプレートが配置され、詳しい説明はQRで読める。

また、南北に分かれるうめきた公園を空中で結ぶ「ひらめきの道」は、グラングリーン大阪の2階部分(地上からの高さ8m)から公園内部分(6.5m)にかけて緩やかな坂で少しずつ下がっています。これは公園内の木の高さに合わせた設計で、歩道を歩く間も同じ目線で樹冠部分の若葉や紅葉を感じられます。

 

GGひらめき視点の変化や四季の変化など、様々な形で大阪らしい自然を楽しむことができる。

最新の研究では、自然との客観的・主観的関係性(訪問頻度や親近感)は、都市住民のウェルビーイングとポジティブな関連性があることが示されています 3)。うめきた公園を日常的に訪れることで季節の自然を楽しむことができ、仕事や生活の精神的ストレスが軽くなるでしょう。

3.社会的健康:心地よいつながりを見つけられる設計

社会的な健康状態には、冒頭で述べたような社会的孤立を防ぐゆる緩やかなつながりが重要です。
都市生活の中では、人々が心地よい距離感でつながりを感じられる場所として、パブリックスペースに求められている役割は大きいでしょう。

うめきた公園は、個人でもグループでも、自分のリズムで過ごせるように、多様なベンチ、アート作品、日陰の場所が設置され、過ごし方を押し付けない自由度の高い設計になっています。

「プラットウメキタ」は、アートやカルチャーをかけあわせた展示やイベントを実施する体験施設だけでなく、うめきた公園のインフォメーションセンターとして、まちや公園を豊かに楽しく過ごすためのヒントを提供しています。

訪問した際も、施設内では都市生活のウェルビーイングをテーマにした展示をしながら、芝生広場で遊べるアクティビティの案内やグッズの貸出も行っていました。施設を通して、都市における日常と非日常の間、人と人の間をつなげるプラットフォームとして機能していると感じました。

 

GGおもちゃ「プラットウメキタ」横に設置された無料のレンタルグッズ

うめきた公園では、先行オープンしたサウスパークの建築物全体が円形に配置され、水盆広場を囲むように建築物や歩道が設計されています。このようなデザインはソシオペタルと呼ばれ、つながりを感じやすいデザインとして知られています。
実際に訪れると、水盆広場前の段差や、大屋根に設置されたベンチ、「プラットウメキタ」などからも遊ぶ子どもたちを眺められ、同じ風景を共有することで緩いつながりを感じることができます。

 

GG水盆水盆広場前の歩道から眺める大屋根。この下に「プラットウメキタ」がある。

一方で大屋根の下のベンチでは、ソシオフーガルと呼ばれる外向きの円形構造が採用されています。つながりを感じにくい構造のため、他人との距離が元々近くなりやすいベンチでも、他の人の目線を気にせず、それでも物理的に近いため場所を共有する感覚を持つことができます。
友達であれば隣に座り、知らない人でも少し距離を置いて場を共有できる。使う人の状況によって心地よい距離感を選べるように設計されています。

 

GGベンチソシオペタルに人が座るため、同じベンチに座りながら程よい距離感を調整できる。

「うめきたらしさ」を感じながら学ぶパブリックスペースとウェルビーイングの未来

うめきた公園を歩いて感じたことは、都市と自然が矛盾なく共存し、人と人、人と空間との間に心地よい余白が設けられているという点です。高密度な都市開発の中心にいながら、大阪の里山の植栽を五感で認識し、同時に誰もが自由に関われる柔らかな設計がなされています。

ウェルビーイングの観点で注目すべきは、居心地の良さへの配慮がされた空間のデザインです。

これからのパブリックスペースづくりの展望として、医療や福祉の専門家もプレイスメイキングの担い手として参加することが期待されます。医療業界では、高齢化により病院など閉ざされた空間でのサービス提供が難しくなり、施設を開いて地域との交流を進めることで、社会的処方としての疾病予防や適性受診への理解を促す動きが広がっています。パブリックスペースは、医療者が地域住民と交流したり、地域住民同士が社会活動を展開する場として期待されています。
うめきた公園でもまだ実現できていませんが、公園の空間デザインや運営における取り組みの工夫は、社会的処方としての可能性も感じ、ウェルビーイングを実現するための公共空間の未来に、確かな手がかりを与えてくれます。

場所が人に働きかけ、人が場所を活かす。
ケアの専門家の視点とプレイスメイキングが融合することで、パブリックスペースが建設されたあとも利用者が自然と「場を育てる担い手」になる未来が近づくでしょう。

All photos by Kakeru Iwase

参考文献
1)WHO. Closing the gap in a generation: health equity through action on the social determinants of health: final report of the Commission on Social Determinants of Health 2008 (executive summary). 2008
2)Julianna Holt-Luntad et al. Social Relationships and Mortality Risk: A Meta-analytic Review.Plos medicine.2010
3)西智弘、岩瀬翔、西上ありさ、ほか『みんなの社会的処方』学芸出版社、2024.

2022年5月16日プレスリリース『「(仮称)うめきた公園」工事本格着手』三菱地所株式会社 https://www.obayashi.co.jp/news/upload/img/news20220516_2_01.pdf

この記事を書いた人 岩瀬 翔
1996年生まれ。東京都出身。2020年自治医科大学医学部卒業。2024年京都芸術大学大学院修了(MFA)。医学部在学中にイギリス留学や全国の事例から「医療者のまちづくり」社会的処方を学ぶ。 現在は総合診療・家庭医療を専門とし、離島の診療所で働きながら島内外のまちづくり活動に関わる。

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