まちの風景を次世代につなぐ「グリーンディベロップメント」
東京都東久留米市学園町で今、「グリーンディベロップメント」の取り組みが進んでいます。同町は100年前に学校法人自由学園によって開発・分譲された、文字通りの「学園都市」です。豊かな自然環境とフランク・ロイド・ライトの流れを汲む建築家たちが手がけた建築物が調和するまちなみは、長らく地域住民の協力で維持されてきました。
2008年には、住民の総意で「学園町憲章」を制定。新築や開発時には既存の樹木を可能な限り残し、小さなスペースでも植樹や生垣を奨励する内容で、今もなお閑静な住宅街が広がっています。
その一方、相続や開発で敷地が分割され景観が変わりつつあるこの学園町で、自治会とともに、その土地の風景を維持しながら次世代にバトンをつなぐ「グリーンディベロップメント」の活動を進める、ひととわ不動産/株式会社HITOTOWAの代表取締役の荒昌史さんにお話をお聞きしました。
Cover Image by ひととわ不動産
ひととわ不動産/株式会社HITOTOWA代表取締役の荒昌史さん
Contents
自由学園と共に歩んできた、みどりあふれる学園町
都内屈指のターミナル駅、池袋から西武池袋線急行で15分。ひばりヶ丘駅から10分も歩くと、まちなかの喧騒とは打って変わって、落ち着いた静けさを湛えた学園町の住宅地が広がります。駅近くとは思えないほどみどり豊かなこのまちは、地名の由来となった自由学園とともに歩んできました。
羽仁もと子・吉一夫妻が設立した同学園が、武蔵野台地に松林や雑木林が広がる一帯の土地を入手したのが1925年のこと。学園を中心とする新しいまちづくりを目指して、土地の開発・分譲を開始します。現在の西池袋にあったキャンパスも順次移転し、学園関係者をはじめとする住民が定着していきました。教育機関が開発した戦前の郊外住宅地として、東京都世田谷区にある成城学園や成蹊学園、東京都町田市にある玉川学園などと並ぶ数少ない事例です。
自由学園のキャンパスや学園町内には、創立当初の校舎(東京都豊島区に残る「自由学園明日館」)を設計した建築家フランク・ロイド・ライトの助手を務めた遠藤新や、その子息でやはりライトに師事した遠藤楽など、ライトの思想を受け継いだ建築家たちが手がけた建造物が数多く残ります。
そうしたモダンながら歴史を感じさせる個人住宅の木々は、今や「屋根より高い」大樹へと成長しました。近年、相続などで新たに開発された宅地にも、生垣や灌木、植栽など、古くからのまちなみに溶け込むみどりの景観が見られます。
相続や不動産開発によるまちなみの変容を受けてつくられた「学園町憲章」
「学園町憲章」は、造成から80年以上を経て、相続や不動産開発による区間分割、共同住宅の増加など、まちなみの変化にさらされつつあった2008年、住民の総意によって制定されました。
地域のみどり豊かな住環境を守り育てることを指針に、新築、開発時には既存樹木を可能な限り残し、小スペースでも植樹や生垣を奨励し、生活マナーを守ることを骨子としています。
具体的には、豊な自然環境とみどりある景観を次世代へも残していくために、
「豊かな緑を保全し、自然環境の中で小鳥や小動物が共生できる活力あるまちを存続させましょう」
「土地、建物の形状、区画変更に際して、携わる人達は極力格調と秩序ある景観を保全するように努めましょう」
といった文言が見られます。
あくまで憲章であり、法的ルールではありませんが、まちの財産である豊かなみどりと住環境を守りたいという、住民の切なる願いが込められていることはいうまでもありません。
町内いたるところに掲げられた「学園町憲章」
学園町に必要な不動産屋とは
この学園町に荒昌史さんが移住して来たのは2021年。都市部の集合住宅や団地などの地域のコミュニティづくりを、ご近所さんのつながりを軸にした「ネイバーフッドデザイン」の考えをもとに進める「HITOTOWA」の代表を務める荒さんは、学園町からほど近い、東久留米市と西東京市にまたがるURひばりが丘団地エリアのコミュニティづくりに長らく関わってきました。
その縁から近くの学園町についても深く知るようになり、とりわけ住民がまとめた「学園町憲章」の内容に惹かれたと同時に、まちなみの継承についての課題に取り組む自治会の皆さんの想いに「自分もなにか協力できれば」との想いを強くしたといいます。
学園町に移住後、自治会に参加し、まちづくり担当として活動を始めた荒さんは、町内で開発計画が持ち上がるたびに、不動産事業者に対して「学園町憲章」の説明をする役割を担うことになりました。
以前と比べてどんどん更地が増え、目に見えてみどりが減るなか、「森」を残したまま継承しようとしても、相続税の高さに加え、個人が維持管理するには経済的にも厳しいという現実があります。自治会では、開発時にはせめて既存樹木や建物をできるだけ残すなど、このまちが大切にしてきた価値観を事業者に理解してもらう機会を求めるようにしてきたのです。
ところが、真摯に対応する不動産事業者は少なく、アポイントすら取れないこともしばしば。説明を聞いてくれたとしても、多くは「法的ルールではないんですよね?」という「確認」で終わってしまったと言います。法的拘束力がないならば、面倒は回避して早く開発を進めたい、という事業者側の論理をいやというほど思い知らされることが続きました。
この状況を目の当りにし、自ら不動産事業を立ち上げるという決断をします。
自分が一プレイヤーになって、学園町に必要な不動産屋になってしまおうと思ったんです
荒さん自身、大学卒業後にディペロッパーに入社し、住宅開発に携わっていたという経歴を持っています。住宅開発にはまちを「つくる側面」もあれば、「壊す側面」もあるという両面に揺られながら、一方で環境NPOを立ち上げて森づくりを行うなど、「まち」と「人」との関わりを考えるようになりました。
その後2010年に、住民が主役の地域コミュニティづくりを進める「HITOTOWA」を設立した荒さんの来歴を踏まえれば、人と人とのゆるやかなつながりをつくる「ネイバーフッドデザイン」のさらなる進化系として、「不動産の力でまちを守り、人々の共助を育む」ことを理念に掲げる新規事業「ひととわ不動産」を立ち上げたのも、自然な流れだったといえるでしょう。
みどり豊かなまち並みを継承するための分譲開発とは
学園町が誕生した当時、木を多く残した宅地の方が価値が高く、高値で売られていました。しかし、今の不動産業界では、木を残すと更地にするコストがかかるため、そのままでは安く売らざるを得ないのが一般的です。
だんだん緑が減っていくのではなく、みどりを増やしていく宅地開発、もしくはみどり豊かな住宅地を継承する橋渡しをしていきたいんです。仮に相続で小分けにされたとしても、配置計画を工夫したり、緑化計画をきちんと立てることで、みどりをつないで、継承していくことは可能だと思っています
例えば、広々とした庭と歴史ある建物の景観をできるだけ生かして、土地の一部だけを売却したいと希望するオーナーには、将来的に区画が小分けにされても、既存の庭と樹木がなるべく残る土地の分け方を建築家とシミュレーションし、経済的メリットも踏まえたうえでの売却を提案しました。
みどり豊かな学園町のまち並み
一方で、「学園町憲章」という素晴らしい指針はあるものの、先にも触れたように法的効力を持たないために、土地開発の防波堤として機能させるには限界があります。相続問題はある日突然持ち上がることも多く、そうなると土地建物の売却は時間との勝負です。
そんな時に地区計画や緑地協定などのルールが存在していれば、「憲章」の理念はより強固なものとなり得ます。学園町の自治会まちづくり担当者として、地区計画の策定づくりにも着手しています。
『この景色がいい』という思いを持つ人に適性の値段で継承をしていくことで、まちの価値や独自性が保たれ、あるいは向上していくようにしたい
と荒さんが語るように、100年前に「みどりのまちづくり」を志したこのまちの理念に、あらためて感じ入ります。
持ち主の思いを受け継ぎ、みどりに寄り添うまちづくりを展開する不動産屋がまちの未来を変える
学園町をはじめ、東久留米市内を主な事業エリアとするひととわ不動産には、さまざまな相談が寄せられます。
現在進められている、「タネニハの森 Farm Village」は、広大な農園を営む農園主との出会いから始まったプロジェクトです。相続に伴って手放さざるを得なくなった農地の活用方法を相談され、住民が建設組合を組成し、自ら家を建設する「コーポラティブハウス」の手法を取り入れた、みどりの小規模開発(グリーンディベロップメント)をプロデュースされています。
「タネニハの森 Farm Village」は、緑の風景を守りながら次世代にバトンをつなぐため、”あえて家を建てる”という画期的な取り組みとなっています。一般的な宅地開発といえば、敷地いっぱいになるべくたくさんの家を建てますが、タネニハの森では、その土地がもとから持つ豊かな自然環境に寄り添い、区画数を減らしている。また、駐車スペースをエリアごとにまとめ、道路面積をできるだけ小さくすることで、庭やみどりの共有空間を広くするという手法をとっています
また、「コーポラティブハウス」の手法を取り入れ、タネニハの森のコンセプトに共感した住み手を募り、実際に住まう人々と建築家が一緒にデザインをしながら、森の中の家を一緒に育てていくという。
みどりの中にまちをつくる「タネニハの森 Farm Village」の地権者と建築設計者と打ち合わせをする荒さん(右)
これまで、みどり豊かな風景を残したいと想いつつも、経済的効率性との兼ね合いで泣く泣く豊かな自然を手放さざるを得なかった土地の所有者も多く、まちなかのみどりは年々減少しています。持ち手の想いを汲み取り、共感し、まちのみどりに寄り添いながら、その価値を最大限生かし、従来にはない視点で土地開発に臨むひととわ不動産の取り組みは、みどり豊かなまちの未来に光を灯す可能性に満ちています。
学園町にあるひととわ不動産の事務所の中庭にて、ソトみど・佐藤留美(左)、 荒さん(中央)、ソトみど・山崎嵩拓(右)
学園町内にあるひととわ不動産の事務所は、荒さんの住まいのほど近くにあります。広々とした庭に面してゆったりと建てられた木造家屋の一角を借り受けたそうで、玄関を開けると気持ちいい風が吹き抜けていきます。ほどよく年輪を刻んだ家の風合いと、大きな窓の外に広がる木々が、落ち着いた心地よさを生んでいます。
庭が家にあるんじゃなくて、雑木林の中に家があるんです。仕事をしていると鳥のさえずりが聞こえて、すごく眠くなります(笑)。ヘビもカエルも当たり前のようにいますよ
この心地いい空間を拠点に、ネイバーフッドデザインに根ざす活動を通して培った知見やさまざまなつながりを生かして、同じ「想い」を持つ事業者や住民をつなぐために荒さんは東奔西走しています。
取材・文 市川安紀
Photo by Green Connection TOKYO、ひととわ不動産
ソトみどとは
ソトみどとは、「ソトとみどりのイイ関係」 をコンセプトに、いまあるみどりや新たにつくられるみどりをどうデザインし、どんなしくみで継続させるのか、その具体例や手法についてみんなでシェアしていくための事例バンクです。
今後みどりに関する活用事例や情報については、特設サイトより、まとめてご覧いただけます。
ぜひチェックしてみてください!
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