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【Book】まちのあり方をシフトする/「ソフトシティ 人間の街をつくる」

今回は「ソフトシティ 人間の街をつくる」のブックレビューです。

本書は、都市デザイナー、建築家のディビッド・シム(David Sim)さんによって2019年に著された書籍(原題:Soft City: Building Density for Everyday Life)の翻訳版で、日本では2021年に発行されました。

シムさんは、言わずと知れたゲール・アーキテクツ(Gehl Architects)の元クリエイティブディレクターで、世界各地の都市でマスタープラン、都市戦略、都市デザインを手がけています。現在は、スウェーデンに自らのコンサルタント会社を設立し、精力的に活動をしています。

シムさんの師匠であるヤン・ゲール(Jan Gehl)さんは、「人間の街 公共空間のデザイン(原題:Cities for People)」をはじめ、多数の都市計画に関する著書があります。その主張は一貫して「自動車ではなく人びとを街に招き入れれば、それに呼応して歩行者通行とアクティビティが増加」「歩行者、自転車、車、それぞれのスケールに合わせた街の計画が重要」といった実感の伴った都市生活の質の向上です。本書はそれをシムさん流に発展させたものとなっています。

世界で猛威を振るった新型コロナウイルスと共存する道を選び、まちに人々が戻りつつあるいま、改めて、本書から見える都市の将来像を一緒に見ていきましょう。

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Cover Photo By NAKANO Ryo


コロナ禍で見えたまちの姿

2019年の中国から始まったとされる新型コロナウイルス感染症によって、多くの海外都市がロックダウン(都市封鎖)を行いました。なかでも中国は「0コロナ政策」に基づいて厳しいロックダウン措置がとられていることが、2021年の夏ごろから、連日報道されていました。報道の中には、外出のためにQRコードを用いた行動管理や、まちじゅうにある防犯カメラで監視されている様子も報じられていました。

本レビューの筆者は、中国当局の厳しい外出制限もさることながら、人は外出できないとどうなるのか?というところに非常に興味がありました。これは、何も中国だけでの話ではなく、欧米でもロックダウンによるストレスが、特に若年層を中心に広がっていることが報じられていたからでした。

一方で、2020年にパリの市長選挙において、候補者の一人であったアンヌ・イダルゴ(Anne Hidalgo)さんが「15分都市」(立候補時の政策を報じるニュース)という政策を掲げて市長に当選しました15分都市とは、15分以内に徒歩や自転車で職場を含むあらゆる場所にアクセスし、日常の用事を済ませられることを目指した都市政策です。

この2つのできごとは、レビュー筆者の心の中でもやもやと残ったままでした。物理的なロックダウンや健康などの個人データの把握、厳しい行動制限は、デストピア的スマートシティが行き着く先の一つです。しかし、一方の15分都市も、従来のリソースだけでは実現できず、ITを活用したスマートシティの一形態なのです。

どちらもスマートシティなのに…。その答えになるヒントが、この本「ソフトシティ」にありました。

ソフトシティとスマートシティ

おそらくソフトシティは『スマートシティ」の対極にあり、それを補完するものである。急激な都市化の問題を解決するのに、複雑な最新技術に目を向けるのではなく、簡単、小規模、ローテク、安価な、人間重視の穏やかな解決策に目を向けることによって、都市生活をもっと過ごしやすく、もっと魅力的かつ快適にすることができる。よりソフトであることが、よりスマートかもしれない

(序論 p.004)
IMG_4044近隣の公園に集い、スポーツやコミュニケーションを楽しむパリの人たち Photo by NAKANO Ryo

シムさんは、両者が補完関係にあると本書で言っています。

デジタル技術だけに頼ることなく、人間重視の姿勢が、まちを「よりよい」方向に導けると述べています。人間重視の姿勢とは、

仕事、医療、保育、学習、娯楽、小売商店を、できれば住まいから歩いていける距離のところで、手軽に利用できる

(街区をつくる p.070)

点にあり、歩行や自転車によるアクセスを重視したローカルな暮らしを推奨しています。これは単に街路を歩くことだけでなく、建物1階のファサードや階段でのコミュニケーション、道路横断の困難さ解消や、ラストマイルならぬ「ラストフィート」にまで言及している点が、本書の説得力に厚みを与えています。

屋外の暮らし方を学ぶ

本書で言及されているのは、実体のある「まち」だけではありません。そこに住む人たちがまちや建物にどのように関与すべきなのかも示唆しています。

「建物の地上階のすぐ外側ー玄関扉の近くや周辺ーにあるエッジは、細長い私的空間を提供してくれる。それは公私のアクティビティを近づけ、コミュニティづくりにつながる出会いを促進する。時には私的なエッジがまったくないことがあるが、それでもなぜか、大胆に並べられた植木鉢や住人が外に持ち出した椅子による一時的占拠など、先駆的要素の進出や定着を目にすることができる。

(天候と共生する p.164)
IMG_3904花が飾られた窓辺。大きな板状の壁であるが、花があることでまちに彩りを添え、まちと人を近づけている。 Photo by NAKANO Ryo

本書の大きな特徴は、都市計画分野の書籍でありながら、都市計画にとどまらない点にあります。そこでは、生活の楽しみ方や、楽しみのつくり出し方まで読み取ることができるのです。

これはシムさん自身が生活を楽しみたいと強く願っていることの表れのように感じました。

近隣は場所ではない。それは心の状態である。

シムさんは本書の中で、まちの姿やそこで暮らす人とまちのかかわり方に大変多くの示唆を与えてくれます。しかし筆者は、本編の最初の章である「隣人と暮らす」ということが、シムさんの最も言いたいことだと感じています。

人間環境、都市、都市デザイン、場所づくり(プレイスメイキング)ーこれらについて語るとき、隣人という言葉はいつも役に立つ。隣人に思いをめぐらすことは、他人に思いをめぐらすことである。それは漠然とした計画概念や不特定の都市現象ではない。あなたによく似た、しかし別の生身の人間である。

(隣人と暮らす p.011)

急速に都市化が進展している私たちの世界では、隣人という言葉がこれまで以上に重要性を持っている。世界中で、都市が高密化しているだけでなく、多様化している。そして、多様性と差異こそが機会を生み出すことができる。社会が提供してくれるものを手に入れる最も簡明な方法は、隣人、しかも身近な隣人を持つことである。

(隣人と暮らす p.011)

毎日のように顔を見かけ、定期的に出会うと関係が生まれる。地球、人類、場所に気を配ると、その自覚と理解から時とともに敬意が育つ。考え方が変わるとやがて行動が変わる。

このように、近隣は場所ではなく心の状態である。

(隣人と暮らす p.013)
IMG_7820サンフランシスコのような大きなまちであっても、局所的なコミュニケーションが日常的に生まれ、都市生活に潤いを与えている。写真はサンデーマーケットを運営するボランティアのためのブース Photo by NAKANO Ryo

経済効率やインフラの最適化、都市の普遍性が重視された従来のまちづくりから、個々人の幸福や健康といったウェルビーイングそのものが重視される価値基準にシフトしていく「いま」を見事に切り取り、読者一人ひとりにゆるやかに発想の転換を促していくことが本書の目的なのでしょう。

実はソフトシティは日本生まれだった!?

衝撃の事実です。

シムさんは本書の中で

ある意味で『ソフトシティ』は日本で生まれたからです。

(日本語版への序)

と書いています。

シムさんは日本滞在中に、訳者の北原理雄さん(千葉大学名誉教授)とともに参加したワークショップで初めて「ソフトシティ」という言葉を使ったそうです。

また、日本には伝統的に「ソフトシティ」に通じる都市的行動があるとも指摘しています。

ほぼまちがいなく日本には都市的行動の高度に発達した文化があります。おそらく暗黙のアイマイのおかげで、街のオープンスペースに伝統的な規範と習慣が現れていて、快適さ、便利さ、楽しさを絶えず解釈しなおし、外国の影響を吸収しながら、独自の日本らしさを維持しているのです。

(日本語版への序)

日本人としては、うれしやら、恥ずかしいやらですが、私たちに脈々と受け継がれているまちづくりマインドは大切にしていきたいものです。

身近なソフトシティを探しに行こう

本書の最後には、おそらく日本語版のボーナスコンテンツなのでしょう、日本各地の写真とコメントがフォトエッセイとして収められています。日本人であれば当たり前すぎて見過ごしてしまうような風景が切り取られ、丁寧にコメントされています。筆者は[京都]の風景とコメントがとても興味深く感じられました。詳しくはぜひ本書でお確かめください。

本書でシムさんが指摘しているポイントで身近な日本のまちを観察してみると、改めて大きな発見があるかもしれません。

ソフトシティを持って、まちに出よう!

著者ディビッド・シム(David Sim)
訳者北原理雄
発行所鹿島出版会
発行2021年10月

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