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ゲール事務所 デイビッド・シムと6人のプレイスメーカーが見据える日本のパブリックスペースの未来

2017年10月、ゲールアーキテクツのパートナーでありクリエイティブディレクターを務めるデイビット・シムさんが来日。ディビッドさんをメインスピーカーとして迎え、10月10日には芝浦工業大学豊洲キャンパスで、日本の豊かなパブリックスペースづくりを考える国際シンポジウムが開催されました。

ディビッドさんに加えて、富田興二さん(国立建築研究所)、秋山仁雄さん(UR都市再生機構東日本都市再生本部)、中島直人さん(東京大学都市工学科准教授)、志村秀明さん(芝浦工業大学建築学部教授)、高松誠治さん(スペースシンタックスジャパン代表)、三谷繭子さん(Groove Designs代表/ソトノバ副編集長)の6名がパネラーとして登壇。

本シンポジウムのコーディネーターである鈴木俊治さん(芝浦工業大学環境システム学科教授)進行のもと、様々な議論が繰り広げられました。

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全国から会場に集まったプレイスメーカーのみなさん

ヤン・ゲールのメガネをかけて日本の都市を見る

シンポジウムはディビッドさんの基調講演からスタート。ディビッドさんは過去数回来日しており、日本のパブリックスペースについては非常にポジティブな印象を抱いているそうです。

「ヤン・ゲールのメガネを装着して観察すれば、日常的な風景からたくさんの発見を得ることができる」と話し、日本滞在中に撮った写真を提示しながら、ディビッドさんが東京のパブリックスペースから見出した可能性を説明しました。

発見したことの1つが、ヒューマンスケールな空間の多さです。講演のわずか1時間前に月島で撮った街角の写真を見せながら、店先で女性たちが井戸端会議をする様子や、そのお子さんとも思わしき小さな女の子が店から顔を覗かせる様子など、アイレベルでたくさんの出来事が起きていることを語りました。

世界一の大都市でありながらも、東京にはヒューマンスケールで居心地の良い空間がたくさんあります。ディビッドさんは、ヨーロッパではこのような空間を作ることは非常に難しいことであると語りました。日本はこの空間の尊さを改めて認識するとともに、守り続けていく必要があることを会場のオーディエンスに伝えます。

もう1つの発見は、東京が子どもが1人で歩けるほどの安全な都市であるということです。たとえ昼間であっても、子どもが1人で街中を自由に歩き回る様子は、他国の都市ではなかなか見ることはできません。

「3500万人の人々が行き交うこの大都会で、子どもが1人で歩ける安全性が確保されている。これも日本が誇るべき点だ」とディビッドさん。

人を知ることで人のための空間を設計する

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ゲールアーキテクツのパートナー/クリエイティブディレクターを務めるデイビット・ディビッドさん

人々を中心に考え、人々を観察することでパブリックスペースをデザインするのがゲールアーキテクツのアプローチです。

ディビッドさんは、「豊かなパブリックライフをデザインするためには、基本的で細かい寸法に注意を払うことが大事だ」といいます。

「大きなスケールになると人々の居心地というものが忘れ去られてしまう」と語りながら彼が見せてくれたのは、ある雑誌の中の都市開発の完成予想パースが描かれた広告。

実はその広告の中には、全く人の姿が描かれておらず、まちで暮らす人々の視点が忘れ去られてしまう危険性を示唆しているようでした。「これこそが、これから日本が考えていかなければいけない視点ではないか」そうディビッドさんは付け加えました。

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外からの視点で日本人が見落としがちな「日本のパブリックスペース」のよさを語ってくれたでデイビッドさん

基調講演の最後には、これから日本のパブリックスペースを考えるうえで大切ないくつかのヒントをくれました。

ひとつめは、バスや電車など公共交通について。駅や電車の中などの内部空間にもパブリックスペースは存在します。

つまり、公共交通が著しく発達している東京には、膨大な量のパブリックライフが存在しているといえます。東京のパブリックライフの質を改善するチャンスは公共交通にこそ眠っているというのです。

ふたつめに、近年見られる日本の家庭の変化についても言及しました。女性の社会進出によって、孫の世話をする高齢者が増えたり、さらに高齢者の割合が増えることでパブリックスペースがいかに変化していくのか。

個人の社会的役割が変われば、今まで常識となっていた身の回りの物の寸法にも変化が現れ、空間にも変化が現れなければいけません。

ディビッドさんは「新たな設備を導入する以上に、日々の暮らしに関連する些細なできごとや小さな空間構成要素を注意深く観察し、パブリックスペースをデザインしていくことが重要だ」と講演を締めくくりました。

日本のパブリックスペース最前線

次に、6人のパネラーによる活動紹介のプレゼンテーション。活動の中で見えてきた次なる課題をシェアすることで、パネルディスカッションへの話題提供をしました。

富田さんはSensuous City調査を紹介。物理的なモノの豊かさと幸福度には相関が無く、逆に、アクティビティの豊かさと幸福度には弱い相関があることを示し、人の行為の多様性を中心としたパブリックスペースの作り方の重要性を説きました。「風景をゆっくり眺めた」「活気ある街の喧騒を心地よく感じた」など、まちでの記憶がその人自身の経験の一部となることが大切であるといいます。また、補助金に依存しない持続的継続的な民間主導まちづくり活動の重要性にも言及しました。

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国立建築研究所の富田興二さん

秋山さんは大手町付近の川端緑道、神田警察通りという2つの進行中のプロジェクトを例として、豊かなパブリックスペースを生むための手法を紹介しました。まずはヘルスチェックで何が課題なのかを明確にし、ヴィジュアルインスピレーションというワークショップを通してより多くの市民とイメージを可視化し共有するプロセスを提示しました。

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UR都市再生機構東日本都市再生本部の秋山仁雄さん

中島さんは、日本国内で実施している3つのプロジェクトを紹介。緩衝緑地を都市軸へと再解釈して地域の再編を図る高島平プロムナード、上野を中心とし、文化拠点どうしのつながりを強めることで構築される文化資源区、ヤン・ゲールの著書「パブリックライフ学入門」をもとにした山手線各駅の駅前広場の観察を紹介し、都市は戦略と戦術を往復しながら作り上げていくものだと主張しました。

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東京大学都市工学科准教授の中島直人さん

志村さんは、会場がある豊洲で行われている社会実験についてのプロジェクトを紹介しました。水辺をうまく使ったパブリックスペースの利活用プロジェクトとして、運河ルネサンス協議会という組織によってイベントを繰り返したところ、少しずつ人々が集まるようになりました。地元の人々がプロジェクトの中心となることの大事さを語りました。

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芝浦工業大学建築学部教授の志村秀明さん

高松さんは、関係性という言葉をキーワードにしました。特に、空間配置と人の行為には密接な関係があるとして、いかに人の行動を促進する空間配置をするかがパブリックスペース活性化のためのカギであることを訴えました。

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スペースシンタックスジャパン代表の高松誠治さん

三谷さんは、「社会実験などで一時的に生まれた居心地の良いパブリックスペースがどのようにすれば日常の生活になるか、そこで生活する人々の文化となるか」と話題提供。プレゼンでは、ヒューマンスケールなパブリックスペースとその活用が文化となっている地域として、生活者の視点から谷中のまちを紹介しました。

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Groove Designs代表/ソトノバ副編集長の三谷繭子さん

浮かび上がるパブリックスペースの作り方、守り方の課題

シンポジウムはパネルディスカッションへと移ります。ディビッドさんと6人のパネラーが並び、鈴木さんファシリテートのもとに日本のパブリックスペースについての議論を更に深めます。

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司会の鈴木さんからデイビッドさんとパネラーに対して鋭い質問が投げかけられる

最初に鈴木さんから日本にパブリックライフはあると思いますか?日本のパブリックスペースの作られ方はこのままで良いと思いますか?という2つの質問が会場に投げかけられました。

前者の質問に会場の大半が手を上げたのに対し、後者の質問には誰もが苦笑い。プレイスメイカーの誰もが変化の必要性を感じています。

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日本にパブリックライフはあるか?という質問に対して多くのオーディエンスが「ある」と手を挙げた

三谷さんが投げかけた「どうすればパブリックスペースの活用を日常的な文化にすることができるのか」という質問を引用しながら、議論は活気あるパブリックスペースの作り方と、既存の空間の使われ方の2つに的が絞られました。

活気あるパブリックスペースはどのように作られるのか。この問いにまず答えたのは高松さんでした。このような議論の場がこれからもたくさん増えていけば、自ずと手法は洗練されていくだろうし、一般市民のパブリックスペースに対する認識も変わっていくと希望ある言葉が。

加えてディビッドさんからは、「建築学校でも話題に上がらないくらいほんの些細な寸法やプロポーションの違いなどで空間の活用のされ方は全く変わってくる。カフェなどのコンテンツが重要なように見えても実はそういった小さなところが重要だ」というコメントもありました。

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パブリックスペースを「つくる」立場から質問に答える秋山さん

既存のパブリックスペースの使われ方に関して、富田さんは市民の内側から湧き出るモチベーションを刺激することが大事ではないかと提案します。パブリックスペースを使うことに対して憧れを持つような空気感を作ることで市民のモチベーションが刺激され、市民が自発的にパブリックスペースを利用するようになるのではないかという意見です。

続いて中島さんも、プロジェクト名のような実空間に直接影響しないような部分に関する重要性を説きました。市民が親しみや愛着を持てるような名前をつくるだけでも、パブリックスペースに対する市民の印象は大きく変わります。

これらの話を聞いたディビッドさんは「良いコミュニティには良いパブリックスペースがあるし、良いパブリックスペースには良いコミュニティがある。コミュニティ間の心理的距離を縮めることで、パブリックスペースとの距離も縮まるだろう」と話し、パブリックスペースへの距離が物理的にも心理的にも近いことの重要性を指摘しました。

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様々な切り口から意見を述べるパネラー

パネルディスカッションは、司会の鈴木さんからのリクエストにより日建設計総合研究所主任研究員の西尾京介さん、千葉大学大学院工学研究科教授の北原理雄さんのコメントによって幕が降ろされました。

西尾さんはパネルディスカッションの流れを受けて、マネジメントにおけるタイポロジーの開発こそが今後の課題だと指摘。パブリックスペースマネジメントにおける担い手づくりの重要性に言及しました。地元の人間ではないプレイスメーカーも貴重な社会資本と位置づけ、彼らを地元のパブリックスペース利活用のマネジメントに介在させるシステムが求められていると語りました。

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場をつくったあとの担い手の重要性について述べる西尾さん

北原さんもそれに続きます。市場原理のみでパブリックスペースをマネジメントすることができるのは都心の一等地のみであり、自治体からの補助金頼みでは持続可能性がない。地元の人々がマネジメントに関わることができるシステムを考えなければ日本の多くのパブリックスペースは賑わいを保つことができないだろうと警鐘を鳴らしました。

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ヤン・ゲールを初めに日本に紹介した北原さん

司会を務めた鈴木さんは「マネジメントシステムの構築には、制度や財源の問題に対し目を背けずに考え続けていくことも重要」と俯瞰的な視点を取り戻すことの重要性についてコメントし、シンポジウムを締めくくりました。

人を中心としたパブリックスペース設計のコツを語るディビッドさんの基調講演から始まった今回の国際シンポジウム。パブリックスペースをマネジメントする新たなタイポロジー、そして自治体と地域を繋ぐ新たな人材など、今後のパブリックスペースの賑わいを維持するために必要な課題の輪郭が浮かび上がるようなシンポジウムでした。

 All photos by 藤原理夢(芝浦工業大学)

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