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プレイスメイカーに聞く!Singapore River One|シンガポール流のビジネス環境改善と組織の進化

東南アジアの中心に位置し、東京23区程度の小さな国土にアジアの多様な民族が暮らす国、シンガポール。さらに一年を通して28℃を超える熱帯気候帯に位置しており、政府は緑地を活かした特徴的な政策を進めています。ソトノバでは、国内外のプレイスメイキングを議論するPlacemaking Week JAPAN 2021において、国土レベルのプレイスメイキングを進めるシンガポールの取り組みについて取り上げました。

シンガポールのプレイスメイキングの最新の状況としては、政府が指定した区域内で受益者が資金を拠出して活動に充てるBID(Business Improvement District、ビジネス改善地区)の法制度化の準備が進められており、実験段階であるPilot BID(PBID)が現時点で4団体、活動を展開しています。

今回取り上げるのは、PBIDのひとつであり、2012年から12年にわたって活動を続けているSingapore River One(シンガポールリバー・ワン、略称SRO)です。
筆者は2024年9月に現地を訪れ、SROの活動についてお話を聞きました。今回はPlacemaking Japanの「プレイスメイカー特集(プレイスメイカー図鑑)」として改めてインタビューを行い、組織の視点から、地元の関係者たちとの連携やエリアの価値向上のための取り組みについて、代表のMichelle Koh(ミシェル・コー)さんとプレイスメイキング部のShermaine Sim(シャミーン・シム)さんが語りました。


<プロフィール>
Michelle Koh(ミシェル・コー)さん(左)
Singapore River One 代表(CEO)
広告、アート、小売業界で20年以上マーケティングとブランディングに携わった後、2014年にSROに入職。戦略的ブランディングとマーケティングの専門知識を生かし、シンガポールの先進的なBID組織においてリーダーシップを発揮している。

Shermaine Sim(シャミーン・シム)さん
SROプレイスメイキング部に所属
学生時代にSROにてインターンシップを経験し、2022年に新卒で入職。
 
Cover Photo By:Shermaine Sim


川沿いに広がる3つのキーエリアとその魅力

国土史においても重要な位置づけにあるシンガポール川は、近代開発の過程で汚染され、川の生き物もほとんど見られないような場所でした。しかし1977年から実施された政府主導の浄化政策が功を奏して、現在はリバークルーズが運行され、多数の飲食店が立ち並ぶにぎやかなエリアとして、国内外の人々の主要な目的地となっています。

BID対象地は約3.2kmの川沿いとその後背地であり、「Quay(キー)」と呼ばれる3つの埠頭エリアによって区分されています。エリアによって川沿いの店舗の形態や土地利用も異なっています。

2_mapシンガポール川と3つのキーエリア(SRO提供)

①ボートキー(Boat Quay)

シンガポール川の河口付近に位置し、マーライオン公園や、ビジネスや商業が盛んなベイエリアに隣接するエリア。川沿いの飲食店街は国内外の観光客にも人気のスポットです。

3川沿いに並ぶシーフードレストランのテラス席は夜になると大賑わいに

②クラークキー(Clarke Quay)

傘状の屋根がアイコニックなエリア。バー、クラブ、多国籍のレストランなどが立ち並び、ナイトライフが盛んです。

4クラークキーの両岸を結ぶリード橋では、夕方になるとエクササイズを楽しむ人たちの姿も。政府の健康増進局とのコラボレーションから実現している

③ロバートソンキー(Robertson Quay)

ホテルやコンドミニアムなど高層建築が並ぶ複合用途のエリアですが、1階はカフェやレストランが入っているところも。小さな広場に子どもの遊び場もつくられています。

5Goldbell_BlocksfortheFuture1SRO主導で小さな広場に子どもの遊具などを設置している(SRO提供)

シンガポール川周辺の魅力をもっと知りたい方は、SROのサイトにある動画もご覧ください。

Singapore River Oneの活動がエリアのビジネスを活性化

SROは、2012年に設立された民間主導の非営利組織です。政府、コミュニティ、SROの3者の協力体制を基盤に、3つのキーエリアを活気づけ、多くの人の目的地となるようなマーケティングやサービスの提供、イベントの実施をしています。

具体的には、SROはエリアの建物所有者や事業者など74のステークホルダーで構成され、各社がプレイスメイキング貢献料(placemaking contribution fee)として出資を行います。SROはそのマネジメント組織として活動エリアのプレイスメイキングやマーケティングを日常的に実施しています。

6SROはマーケティングに強みがあり、エリアの飲食店のプロモーション、リバークルーズなどを企画している(SRO提供)

12年間で得られた最も大きな成果は「関係者との信頼関係」

SROのこれまでの歩みについて、代表のミシェルさんにご自身の参画の経緯を交えて話していただきました。

ミシェルさんはもともと、広告会社のマーケティング職に就いていましたが、10年ほど前から企業主体のプレイスメイキングに関わる機会を得て、その難題に向き合うことになりました。

シンガポールにはプレイスメイキングを体系的に学べる大学もなく、国としてもほとんど経験がなかったため、ミシェルさんは自身の専門分野であるマーケティングの視点から、どのようにプレイスメイキングに取り組むべきかを考えていきました。

2014年にSROに移ってからは、設立間もない団体の主要メンバーとして、聖パトリック祭ストリートフェスティバル(アイルランドの文化行事)や屋外のヨガなどの企画・実施から始め、関係者とのコミュニケーションを重ねながら協力者を増やしていきました。

72024年も継続して3月に行われた聖パトリック祭ストリートフェスティバル。現在はスタウト(黒ビール)のギネス社がスポンサーとなり開催されている(SRO提供)

ミシェルさんに「SROの活動で得られた最も大きな成果は何か」と尋ねると、まっさきに「信頼関係」という回答が返ってきました。

SROの活動が始まったばかりのころは、地権者や事業者はプレイスメイキングの知識もなければ、団体のどのような取り組みがエリアの価値向上につながるか、想像すらできなかったといいます。
ミシェルさんたちは関係者一人ひとりを訪問し、自分たちの活動を説明したり、彼らのビジネスの相談に乗ることで地道に人間関係を築き上げていきました。

はじめはまともに話を聞いてくれなかった人々も、いつしか知り合いになり、オフィスやお店に招かれてゆっくりと話ができる関係性になっていきました。

現在は定期的な会議などで、組織の方向性や活動内容などについて意見を交わし合っています。特にBIDに加入しているステークホルダーは同じ方向を向き、組織としての価値観を共有できているといいます。

エリアに張り巡らされた連携のネットワーク

SROにはマーケティングとプレイスメイキングの2つの部署があり、現在7名がスタッフとして働いています。一方、活動エリアと店舗の数は膨大で、現場はナイトライフも盛んです。24時間あちこちで何かが起きているエリア全域を、どのようにマネジメントをしているのでしょうか?また、トラブルが起きたらどのように対応しているのでしょうか?これについてミシェルさんに聞いてみました。

すると、地元関係者との連携の実態が浮かび上がってきました。

例えば飲食店の店員が適切ではない服装で客引きをしていたり、現場でトラブルが起こったとき、SROのスタッフは地権者や事業者など、複数の関係者への聞き取りをします。
すでに信頼関係があるので、口頭の説明に加えて写真を共有してもらうこともでき、SROのスタッフがその場にいなくても多方面から情報を収集し、トラブルが起きた時の全体像も把握することができます。また、警察との関係も良好なので、緊急事態には駆けつけてくれます。

たったひとつでも悪評がつくとエリアの価値が損なわれるため、ひとつひとつのトラブルや問題に対処することが大切、とミシェルさんは話していました。

実際、政府もシンガポール川周辺で問題視されていた強引な客引き行為などが改善されていると評価をしています。
まさに関係者との信頼関係があってこそできること!と筆者も納得しました。

8クラークキーのナイトライフが盛んなエリア。通路真ん中のオブジェはカクテルのシェイカーを想起させる

SRO組織内の連携手法

SROの組織内の連携手法はどうなっているのでしょうか。

情報共有や、地元関係者や利用者向けの対応窓口があるのか聞いてみると

担当窓口はありません。私自身も含め、スタッフ全員が関係者からのフィードバックに対して責任を持つためです。

組織内ではオンラインのグループで情報交換をしており、クレームなどのフィードバックはすぐに共有し、担当の部署で対応しています。

また、SROで実施したい企画のアイデアもスタッフ間で積極的に情報交換しています。
プレイスメイキング部に所属するシャミーンさんは、シンガポール国内外のプレイスメイキングを目にしたとき、事例やSROで実現してみたいことを組織内でシェアしているそうです。

シンガポールのプレイスメイカーに求められる素質

最後に、ミシェルさんが考えるプレイスメイカーの適性について聞いてみました。

プレイスメイカーはイベント会社ではありません。もしイベント会社であれば、クライアントから資金を集め、一時的なイベントを行うだけで終わります。プレイスメイカーは、利用者の意見を聞き、その場所について理解し、私たちの活動によってその場所が確実に良い場所に変わっていくようにしなければいけません。それができなければプレイスメイカーとは言えないでしょう。

と語ります。

SROの採用面接を行う際には、私は最新の技術を持った人ではなく、その人の考え方や個性を重視します。プレイスメイキングには、AならばBだけをするという公式のようなものは通用しません。適応性が高く、『人間中心』で物事を考え、行動できる人を評価しています。

お話を聞いて

シンガポールではプレイスメイキングの歴史が浅い分、自国流に手法を模索しながら組織が進化している様子が伺えました。

また、筆者が現地を訪れた際、シンガポール川沿いを歩いていて感じた楽しい雰囲気や、夜でも安心して歩ける空間は、SROの取り組みや工夫から成り立っていることを実感しました。

シンガポールでは公共施設の維持管理は政府が担っており、ハード面ではSROも介入がしにくいため、短期的かつ物理的な変化を起こしにくいという課題もあります。そのような状況で、SROはビジネス環境改善のためにマーケティングの技術を駆使して多様な事業者の協力を獲得し、インパクトのある企画を打ち出しています。このような視点は、日本のプレイスメイキングでも参考にできそうですね。


話し手:Michelle Koh(ミシェル・コー)さん、Shermaine Sim(シャミーン・シム)さん
聞き手・執筆・写真(一部を除く):小仲久仁香(一般社団法人ソトノバ)
インタビューは2024年10月23日、オンラインで実施

本記事は、官民連携まちなか再生推進事業(普及啓発事業)のPlacemaking Japanの活動・支援により公開します。

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