ソトノバTABLE
5都市から学ぶ!豪州の最新パブリックスペース事情|ソトノバTABLE#52レポート

南半球オーストラリア。その陽光に満ちた都市には、人々が思い思いに時間を過ごし、交流を楽しむ豊かなパブリックスペースが広がっています。
2024年の春、中山佳子さん((株)中山佳子設計企画 代表取締役、日本大学理工学部非常勤講師)はブリスベン、ケアンズ、パースの3都市を、福井勇仁さん(当時:日本大学大学院理工学研究科建築学専攻都市計画研究室(泉山ゼミ)/ソトノバ、現在:有限会社ハートビートプラン)はメルボルンを、そして泉山塁威さん(日本大学理工学部准教授/ソトノバ共同代表理事)はシドニーを視察しました。それぞれの都市には、ユニークな都市計画の工夫や空間設計の魅力が随所に見られます。
2024年9月13日に開催されたソトノバTABLE#52「視察報告!豪州の最新パブリックスペース」では、3名が現地で得たリアルな知見を参加者と共有しました。オーストラリアの気候や文化、地域性を反映した豊かなパブリックスペース事例を通じて、日本の都市やパブリックスペースをより心地よいものにするためのヒントを紐解きます。

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Cover Photo by Sotonoba
Contents
メルボルン:戦略的な都市デザインの核心
最初に登壇した福井勇仁さんは、訪豪当時は日本大学大学院に在籍しており、メルボルンのストリートネットワークを研究テーマに、修士論文に取り組んでいました。
今回の視察報告では、研究のために調査したメルボルンの都市デザインやパブリックスペースの特徴、魅力、さらには現地のプレイスメイカーとのインタビュー内容を紹介しました。

メルボルンは英・エコノミスト誌の調査機関EIU(エコノミスト・インテリジェンス・ユニット)が発表している「世界で最も住みやすい都市ランキング」で、2011~2017年に連続1位を獲得したことがあるほど世界有数の住みやすい都市として世界的に評価されており、質の高いパブリックスペースが整備されています。福井さんは「20分圏ネイバーフッド(20-minute neighborhood)」や、歩行者カウンティングシステムなどのデータ活用による都市デザインが実践されていることを都市の特徴として挙げました。
特にメルボルンの都市デザインの全体コンセプトである「20分圏ネイバーフッド」について解説しました。
このコンセプトは、持続可能な移動と地域コミュニティの強化を推進するため、住民が徒歩や自転車で20分以内に生活に必要なサービスや施設にアクセス可能な地域を整えることを目指しています。福井さんは、この中に、パブリックスペースも含まれていると紹介し、戦略的に取り組まれているメルボルンの都市デザインについて解説しました。

さらに福井さんが焦点を当てたのは、歩行者に開かれた路地である「レーンウェイ」です。
レーンウェイは、建物間の路地や建築内の通路を、人々が滞留できる空間として整備されたもので、通りごとに異なる文化や雰囲気を形成しています。そのため、
滞留空間としても、街区内を横断する経路としても、魅力的な空間となっている。
と福井さんは語りました。

また、福井さんは現地のプレイスメイカーであるジュベール・ロシュクーストさん(Village Well代表)へのインタビュー内容を紹介しました。
ジュベールさんは、レーンウェイ開発など多くのプロジェクトにおいて人々が自然に集まりたくなるような空間づくりを実践し、プレイスメイキングとコミュニティエンゲージメントにおいて、先駆的な役割を果たしている人物です。彼が手掛けた3つのレーンウェイは、観光地としても 有名で、世界中から多くの人がこのレーンウェイを見るために訪れるほどの魅力的な空間になっています。
福井さんは、ジュベールさんが語った、「都市の中で魅力的な場所をつくっていく上での成功の鍵」として、
- 参加者全員がビジョンを所有し、全員が自分の役割を理解すること
- 複数の関係者(市議会、民間部門、コミュニティ)の協力が不可欠なため、プロジェクトの管理者がビジョンを維持し、全関係者と日々コミュニケーションを取りながら推進すること
- 環境へ配慮し、多様な選択肢を提示するデザインを実現すること
の3つのポイントを紹介しました。
最後に福井さんは、ジュベールさんが所属しているコンサルティング会社「Village Well」の構成メンバーに注目し、
日本だと主に都市計画を学んでいる方がプレイスメイキングに取り組んでいるが、Village Wellの構成メンバーは都市計画だけでなく、心理学、マーケティング、グラフィックデザインや哲学を職能としている方が集っている。
と紹介しました。
その上で、
場所をブランディングしていくために必要なマーケッターや、その内容を魅力的に見せたり伝えたりするデザイナーたちなど、多様な職能のメンバーが揃って1つの空間をつくるということに注力している。その環境が素晴らしいと感じた。
ジュベールさんは、この環境を「プレイスメイキングのハブ」だと表現し、日本でも取り入れられるとよいなと思った。
と語り、日本が学ぶべきポイントにも言及しました。
シドニー:都市中心部の進化する空間設計
続いての登壇者である泉山さんは、今回の視察の目的として、コロナ後のシドニー市中心部のパブリックスペースの変化を把握することを挙げました。
具体的な視察エリアとして、中心市街地(CBD)、ジョージストリートなどを取り上げながら、都市中心部が歩行者空間として進化している様子を紹介しました。

泉山さんが視察前から特に注目していたというのが、ライト・レール・トランジット(LRT)が導入され、歩道空間が拡張された「ジョージストリートの整備プロジェクト」です。ジョージストリートは、ヤン・ゲール事務所が関与したプロジェクトで、自動車を排除し、LRTが整備され、公共交通と歩行者が共存する空間づくりが進められたストリートです。
泉山さんは、
オーストラリアは都市のメインに歩行者専用道路があり、シドニーの場合はピットストリートモールがそれに当たる。
と解説しました。そして、
ピットストリートモールと並行して、南北に3kmのこの大ストリートができたことで、シドニーの骨格を変えたのではないか。
と述べました。

また、
RT導入自体もインパクトはあるが、シドニーの都心のど真ん中に、3kmに渡ってたくさんベンチがあるというのが非常にインパクトがある。
と泉山さんは語りました。
この点については、
日本ではオープンカフェが一般的に盛んであり、そこではお金を払わなければ座れないことが多い。
一方、ジョージストリートのベンチは無料で誰でも座れる場所が提供されており、公共の空間として非常に重要である。
また、沿道の土地利用が商業地域である部分については、ベンチに加えて多くのオープンカフェが点在しているため、座るためのスペースの密度が一層高まっている。
このベンチ配置により、ジョージストリートには多様で活気のある滞留の風景が広がり、まちの魅力を引き立てている。
と評価しています。
そのほかにもハイドパークやダーリンハーバーなどの視察写真をもとに、シドニーの中心部がパブリックスペースとして利用しやすい場所により進化している様子を解説しました。
ブリスベン:川沿いに生まれる交流空間
建築家の中山佳子さんは、オーストラリア北部のケアンズ、西部のパース、そして東部のブリスベンの3都市を視察しました。
今回の報告では、中山さんが「地域特性を活かした領域横断的な体験設計による、人間が主役の都」と評価するオーストラリアの各都市のパブリックスペースの魅力や都市計画に焦点を当てています。
亜熱帯気候のブリスベン、熱帯雨林気候のケアンズ、温帯気候のパース。それぞれ異なる気候や風土を持つ都市が1つの大陸に共存するのも、オーストラリアの大きな魅力の1つです。日本では、商空間、建築、交通、土木といった分野が縦割りで進められることが多い中、所管横断的な連携なしには成立しえない、それぞれの都市の気候や地域性を反映したパブリックスペースのデザインについて、中山さんは詳しく解説しました。
まず、ブリスベンの紹介では、ブリスベンの中心部を流れるブリスベン川沿いに広がる巨大テラス「ニューファームリバーウォーク」を取り上げ、その魅力を力説しました。
ここでは、川沿いに広がる全長300mの巨大テラスが川の上に張り出し、ブルワリーやカフェなどが屋内外一体に配置されています。川沿いのテラス席と屋内席の間の通路が複数店舗にわたって連続し、私有地内にもかかわらず、まるで公的な遊歩道のように、人々の通過動線となっています。この空間構成により、歩くだけでもブリズベンの親水文化に浸る体験ができ、多くの人々を引き寄せる大きな要因となっています。

また中山さんは、最も感動したポイントとして、川の護岸上に設置されたシートで食事をしながらくつろぐ人々の姿を挙げました。
その場では、シートごとに設置された決済用QRコードから注文できる電子システムが整備されています。会計もシステム内で完結するため、食べ終わると席はそのままに次の場所へと移動ができます。この便利で行き届いた仕組みも相まって、護岸に自然と人々が集まり座る光景が生まれていることについて、中山さんは、
日本では保健所をはじめ、諸官庁間の協議ハードルも高く、今は見ることが出来ない光景だが、とてつもなく活き活きとしていた。
と感動を語っていました。

ケアンズ:海と商店街をつなぐシェアゾーン
ケアンズについて中山さんは、エスプラナードエリアの歩車共存道路、商店街、臨海公園が一体となった空間を取り上げました。
ケアンズ駅から約1kmの距離に位置する南太平洋に面したトリニティ湾沿いは、臨海公園として整備されています。その中でも特に、一部のエリアでは、商店街、歩車共存道路、公園が調和するよう工夫された設計が施されています。
中山さんが特に注目したのは、ケアンズ市のマスタープランに基づき進められている「ケアンズダイニングプロジェクト」です。
このプロジェクトでは、商店街の海および道路側にアーケードを増設し、海沿いに半屋外のダイニングスペースを提供することが目指されています。歩行者空間が狭かった商店街エリアは、アーケードの増設と道路の再整備によって広がり、より快適な空間が実現しました。

特筆すべきは、この整備のスピード感です。
ケアンズ市のマスタープランによると、コロナ禍で飲食店スペース不足が課題となった際、テラス席の拡張計画が2020年に立案され、写真情報を辿ると、2022年には竣工していたと想定される。
と中山さんから紹介がありました。
さらに中山さんは、海沿いの道路と商店街の共存にも注目しました。
以前は一車線、一方向道路の両側に路上駐車場が設けられた三列道路が、10km/h制限のシェアド・ゾーンの導入と路上駐車場の廃止により、車両と歩行者が共存できる空間として再整備され、海の景色を楽しみながらショッピングや食事を楽しめる新しい空間へと生まれ変わりました。これにより、
時速10km以下の車は、危険性や騒音、排気ガスなども気にならず、ドライバーと交流することさえ可能なのだと気づいた。道路越しに利用者はビーチや海を眺め、ゆったりとした時間を過ごせるようになっている。
と中山さんは語りました。

パース:2つの歩行者専用道路が生み出す間の都市景観
パースについては、パース駅南側の商業エリアに並行してある2つの歩行者専用道路「ヘイ・ストリートモール」と「マレー・ストリートモール」、そしてその間に生まれた魅力的な街区や路地空間が紹介されました。
中山さんが最初に取り上げた「ヘイ・ストリートモール」は、1970年代にパース初の歩行者専用道路として整備されました。
この道路は幅約15mで、両側にはアーケードが張り出しており、その下にはベンチや高さの様々なテーブルセット、ダストボックスが充分に設置されている。
と中山さんは語ります。

続いて紹介された「マレー・ストリートモール」は、ヘイ・ストリートモールの北側にあり、ヘイ・ストリートモールよりも道幅が約2m広い17mほどの歩行者専用道路です。パース駅にも近いため、ヘイストリートモールよりもブランド店やアパレル系店舗も多く、さらに華やかでにぎやかな雰囲気を持っています。

さらに注目すべきは、並行する2つのモールの間に形成された街区や路地空間の豊かさです。 路地にはストリートアートが配置され、商業モールの内部が街区間の貫通通路として整備されています。また、
駅と交差する広場部分には広々とした滞在空間や、建物間をつなぐブリッジもデザイン性高く整備されており、こうした細やかな設えの工夫が、このエリアの魅力をさらに引き立てている。
と中山さんは語りました。

パネルディスカッション:スピード感と合意形成の違い
イベント後半では、登壇者の3人によるパネルディスカッションが行われました。
特に活発に議論が交わされたのは、日本との都市整備のスピード感の違いです。
福井さんは、メルボルンのパークレット整備を例に挙げ、
メルボルンでは、パークレットのデザインが統一されており、仕様書のような形で一定の基準が行政から示されています。この統一されたデザインの採用により、景観を損なうことなく、安全性を保ちながら迅速にパークレットを設置・活用できる仕組みが整っています。コロナ禍を背景に、屋内から屋外の利用を推進する必要性が高まったことで、このような効率的なプロセスがさらに重要になりました。
申請プロセスについては、申請から承認まで、通常30~45営業日ほどで進められる仕組みになっています。この迅速な対応は、デザインの統一による効率化が実現しているからこそ可能であると考えられます。
と指摘しました。
これに対して中山さんからは、パークレットやレーンウェイの管理や運営に関する日本との違いについて質問がありました。それに対し、泉山さんが、
オーストラリアでは日本と違い、飲食店が行政に直接申請できる仕組みが整っており、オープンカフェやレーンウェイなどの開発でも、ガイドラインに基づいて申請がスムーズに進められています。日本では、申請時点でまちづくり協議会やエリアマネジメント団体などの関与が必要で、プロセスが複雑化しがちです。
と回答し、続けて、
オーストラリアでは行政側に専門家が居ることが日本との大きな違いです。この体制が迅速かつ戦略的な計画と実行を支えているポイントだと考えます。
と指摘しました。

終わりに
今回の視察報告から日本が学ぶべきポイントとして浮かび上がったのは、効率的で柔軟なデザインプロセスや、地域特性を活かしたパブリックスペースの整備、専門家による戦略的な計画などです。特に、メルボルンのあるヴィクトリア州の政策「20分圏ネイバーフッド」や、統一されたデザイン基準による迅速な空間整備は、日本における都市デザインの浸透への示唆となるでしょう。そして何より、人々が思い思いに過ごし憩う、パブリックライフへの強い信頼感と共感がオーストラリアの人々には内在し、その実現のためには規制緩和や所管横断を厭わない実行力を垣間見ることができました。
また、シドニーの無料ベンチによるパブリックスペースの価値の向上や、ブリスベン川沿いでの交流空間の活用、ケアンズでの歩車共存ゾーンの整備は、人々が自然に集まる魅力的な空間づくりを考える上で非常に参考になります。こうした具体的な取り組みは、日本でも人々が心地よく過ごせる場をつくり出すためのヒントとして参考となるでしょう。