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ミューラルが彩るニューヨークの日常|アートを超えた役割とは?(前編:イメージの力)

昨年、東京虎ノ門に出現した大規模なミューラル(壁画)や、ソトノバでも紹介した志木市役所のグラフィティなど、ソトに面した壁面を利用したアートプロジェクトが日本でも実施されています。ただ、日本でそういった表現はまだめずらしく、あまり日常的なものとして定着していないのではないでしょうか。かたや、ニューヨークではいたるところであざやかなミューラルが壁をにぎわせ、風景の一部となっています。

でも「それって落書きじゃないの?」「意味があるものなの?」という疑問もあるかもしれません。ニューヨークのミューラルの背景に目を向けてみると、実はパブリックスペースとコミュニティにとって重要な役割を持っていることが分かります。それはいったいどんな役割なのか、長年にわたってニューヨークで多数のミューラルを手がけてきた2つの団体のプロジェクトとともに紹介します。

そもそもミューラルって何?

はじめに、「ミューラル」とはどういうものか触れておきます。英語でMural Artと呼ばれるものを指しており、直訳すると「壁画」となります。ただ、壁画というと古代の洞窟壁画や中世の宗教壁画のイメージもありますし、近年の日本国内でのアートプロジェクトでもミューラルという呼称が使われているため、この記事でもそれにならいます。

ミューラルと似た言葉に「グラフィティ」があります。これも壁面へのペイントを指していますが、ミューラルとどう違うのでしょうか。

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この写真にはミューラルとグラフィティが混在していますが、違いがわかるでしょうか?

実は、これら2つの違いについて、共通認識となる明確な定義があるわけではないようです。ただし、使い分けがなされる際は、壁面の所有者・管理者の承諾なしに描かれるものがグラフィティ、承諾のもと描かれるものがミューラルという区別がされることが多いようです。

この結果、自然と両者に見た目上の違いも生まれてきます。許可なしに壁の所有者・管理者の目を盗んで描かれるグラフィティは、短い時間で壁の一部に小さく簡素なデザインで描かれることが多いようです。一方、ミューラルは許可を受けてじっくり描くことができるため、壁一面を利用して大規模に、より緻密なデザインで描かれています。また、ミューラルの方がより多くの人数のグループで描かれることがあるのも違いかもしれません。(ただし、冒頭で触れた志木市役所の「グラフィティ」のように、見た目の様式としてはグラフィティでありながら、許可ないしは依頼を受けて描かれているものもあります。)

このようにミューラルとグラフィティを区別することができるのですが、日本で壁のペイントというと、高架下にあるようなグラフィティのイメージが先行しているかもしれません。

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ミューラルの一例(Groundswell制作“Guided Gateways”)。中央左寄りに緑のスプレーで上書きされている文字は「グラフィティ」と解釈することができます。

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グラフィティの一例

ミューラルが果たす役割として、アートによってストリートを装飾することや、アーティストが表現の場を得ることはもちろん大きなものです。(また、広告としてミューラルが用いられる場合もあります。)しかし、ニューヨークにあるミューラルには、単なるアートとして存在しているわけではないものが多くあります。それでは、アートにとどまらないミューラルの5つの役割について見ていきましょう。

役割その1 コミュニティのアイデンティティを表現

ミューラルは描かれるイメージを通じて、周辺コミュニティのアイデンティティを表現します。ニューヨークでは多様な人種に属する人々が暮らしており、特定のグループが集まっているエリアが点在します。そのような地域では、そのグループに結びついたイメージがミューラルに描かれることがあります。また、地域の歴史的背景がミューラルに描かれることもあります。

ニューヨークでは不動産市場の上昇が激しく、地域のコミュニティ構成が変化しやすいのですが、ミューラルはそれぞれの地域の雰囲気や歴史を象徴的に伝えているのです。住民たちは日々ミューラルに触れることによって、地域のアイデンティティを感じることができます。

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Groundswell制作“Junction Hues”。多様な人種が混在するフラットブッシュ地区の特徴を、カラフルに表現しています。

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Groundswell制作“The People’s History of Flatbush Junction”の一部。工業が盛んだったころのブルックリンの歴史を切り取っています。

役割その2 啓発から社会の変化へ

社会的なメッセージを伝えるためにミューラルが用いられることもあります。コミュニティのアイデンティティ表現から発展して、差別反対や社会的正義を呼びかけるものが一例です。

その他にも、“Art for Change”をうたうミューラルプロジェクト制作団体のGroundswellは、教育や医療、都市環境といった多岐にわたるテーマで500点にのぼるミューラルを制作しています。

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Groundswell制作“Respect is the Strongest Compliment”。路上での女性に対するハラスメントへの反対を訴えています。

また、交通安全を呼びかけるためにミューラルが使われている例もあります。その代表的なものが、Groundswellがブルックリンのゴワナス地区で2007年に制作した“Not One More Death”と題されたミューラルです。

このミューラルは交通事故の多発エリアで制作され、そこで犠牲になった子どもたちをモチーフに交通安全を呼びかけたものです。現在ニューヨーク市ではビジョンゼロと呼ばれる交通安全対策が打ち出されていますが、このGroundswell制作のミューラルが、市のビジョン形成と市交通局の安全対策実施に影響を与えたといわれています。ストリートのパブリックアートから、市の政策という大きな変革につながったのです。

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Groundswell制作“Not One More Death”。事故多発地帯で交通安全を呼びかけたもので、市による対策実施につながったといわれています。

ミューラル制作プロセスがもつ役割に迫る

前編ではミューラルに描かれるイメージが発する役割について紹介しました。実際、ニューヨークにあるミューラルをよく見てみると、地域に根差した明確なテーマを扱っているものが多いことに気づくはずです。

ただ、ミューラルの役割は完成したイメージが伝えるものに限りません。後編では、ミューラル制作を行うアート団体へのインタビューを通して、ミューラル制作のプロセスがもつ役割に迫ります。

All photos by Koichiro Tamura

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