ソトノバTABLE
プレイスメイキングの心構えとは?|ソトノバTABLE#30前編
パブリックスペースの議論が活発になる昨今、いろいろと耳新しいカタカナ語を聞くことが増えてはいないでしょうか?
プレイスメイキングやエリアマネジメントはそういった用語の代表格かもしれません。
既に日本で多くの書籍や実践例が参照できるエリアマネジメントと比べると、プレイスメイキングはまだ日本に浸透し始めの段階にあるように見えます。したがって、両者を一緒に議論する機会はこれまで限られてきました。
人によっては両者を混同したり、または対比したり。プレイスメイキングとエリアマネジメントの関係性の理解はバラバラでした。
そこで、30回目を数えた久々のソトノバTABLE「プレイスメイキング×エリアマネジメントの可能性」(2020年2月20日開催)では両者の関係を解きほぐしながら、よりよいパブリックスペースをつくる可能性を探るため、踏み込んだ議論を行いました!
お招きしたのは、米国・サンタアナBIDに所属し、プレイスメイカーでもある、ライアン・スモラーさん(横浜でも登壇)と、全国エリアマネジメントネットワーク副会長でもある、法政大学の保井美樹教授。
日米のプレイスメイキングとエリアマネジメントを語るのにうってつけの第一人者たちです。
2つのアプローチを横断的に考えることで浮かび上がってきた可能性を前後編に分けてレポートします。
前編では、ライアンさんが紹介したプレイスメイカーのふるまいかたにスポットを当てます。
Contents
横浜から続くプレイスメイキングの議論
まずはソトノバ共同代表理事の泉山塁威さんから、本日の話題についてのイントロです。
このソトノバTABLEの直接的なきっかけは、1か月前に横浜で開催されたTactical Urbanism Japanスピンオフのセミナーでした。(「横浜と世界のパブリックスペース活用Tactical Urbanism Japanスピンオフ」レポート前編/中編/後編 参照)
そこで、プレイスメイキングだけでなくエリアマネジメントについても語ることのできるライアンさんと、ぜひ両者の関係を議論する場を持とう!ということで、数日後(!)には概要が固まったそうです。
プレイスメイキング=「場づくり」ではない
1か月というスパンで再びプレイスメイキングをテーマとしたディスカッションを企画した背景には、泉山さんが世界でのプレイスメイキングの動きを見て、日本とのギャップを感じたこともあります。
日本語では「場づくり」と混同されることもありますが、本来のプレイスメイキングの定義とは異なるものだと泉山さんは指摘します。
その定義とは、
「コミュニティを中心にパブリックスペースを再考し、改革するために人々が一緒に集まって描く共通の理念」
だといいます。
プレイスメイキングの理念から生まれる価値として、「プレイス・キャピタル」という考え方を紹介する泉山さん。これは、「場の関係資本」ともいうべきもので、コミュニティをつなぐソーシャル・キャピタル(社会関係資本)の考え方を含むものです。
「プレイスメイキングは場づくりではない」と語る泉山さんに、意表を突かれたオーディエンスもいたのではプレイスメイキングをめぐる世界の動き
今プレイスメイキングを語る意義として、その概念が急速に世界中に広まっているという状況もあります。
2019年にはPlacemakingXという組織が立ち上げられ、世界の様々な地域でプレイスメイキングウィーク(Placemaking Week)を行っています。
実際に2019年11月にマレーシアで開催されたPlacemaker Week ASEANに参加した泉山さんは、国を超えて活発な議論とネットワーキング、そして手法の学び合いが起きていることに大いに刺激を受けたといいます。
ひるがえって、日本の現状を見たときに、泉山さんは次の課題を指摘します。
- 日本と世界の議論、ネットワークの断絶
- PlaceとPlacemakingの共通認識の未形成
- 日常的なPlaceをつくる思想、方法論、プロセスの欠如
日本に存在するこの3つのギャップを埋めることが、泉山さんが今力を注いでいることのひとつです。
プレイスメイキングXとプレイスメイキングウィークについて紹介する泉山さんBIDの成り立ちと「プレイス」
では、世界のプレイスメイカーはいったいどのようなマインドを持っているのでしょうか?
横浜ではプレイスメイカーとしてプレゼンテーションをしてくれたライアンさん。
彼は同時に、アメリカ・カリフォルニア州・サンタアナのBID (Business Improvement District)組織を動かしているという顔も持っています。
BIDとは日本のエリアマネジメントのモデルとなった仕組みですが、それは一体どういうものなのでしょうか。
「BIDは商店街がショッピングモールと対抗するために生まれてきたものです。」
ライアンさんはその成り立ちを解説します。
そのため、BIDの基本的な役割は商店街をより安全・清潔で、商業的な魅力があるようにすることで、ある意味商店街のモール化が進んだといいます。
その結果、モール化を目指した空間はどこを見ても画一化しているという課題が生まれました。
このような特徴のない状態を指して、「プレイスレス(Placeless)」といいます。
「一方で、価値のあるプレイスはユニークで、歴史があり、文化的・環境的で、未完成ながらも進化しているものです。」
そうライアンさんは語ります。
いかに特徴を生み出さないアプローチから脱し、「プレイス」と呼べる場所にできるかが、彼ようなBIDにおけるプレイスメイカーの役目だといいます。
Placelessなショッピングモールを見せるライアンさん。3か国で見分けがつきません!ライアンが提案する「禅」プレイスメイキング
この日までに1か月にわたって、九州から北海道まで日本中の多くのまちを訪ね歩いたライアンさん。その前はなんと昨年11月から、リモートワークしながらアジア中をめぐってきました。
滞在からの学びを通して、彼はプレイスメイカーのふるまいかたとして「禅プレイスメイキング」という考えを投げかけました。
禅とプレイスメイキング?
通訳をした筆者も一瞬戸惑うアイデアが飛び出しましたが、一体どういうことなのでしょうか。
陰と陽のバランスを取るプレイスメイカー
禅プレイスメイキングのエッセンスは「陰」と「陽」にあるといいます。
陰を、場をよい状態に保つことと考えると、陽は変化のためのエネルギーと捉えることができます。
「プレイスマネージャー(場のまとめ役)は平静(still)でいながら、コミュニティの真の姿を引き出すために働きます。」
平静であるというのは怠けていることとは違う、とライアンさんはいいます。それは禅になぞらえられるように、次のような振舞いを指すそうです。
- 聴くこと
- しっかりした基盤を与えること
- 自らの課題を解決して助け合えるよう、人々をつなげること
- 人間的であること
- 生活と成長を助けること
- 傍観ではなく参加を促すこと
禅を組んで自らの内面を引き出すように、プレイスメイカーにはコミュニティに眠る陰と陽のエネルギーを掘り起こしてプレイスをつくるようにする役割が求められる、というのがライアンさんの解釈のようです。
プレイスメイカーの資質を語るライアンさん(左)と、それを伝える筆者(右、逐次通訳)禅プレイスメイキングのDo’s & Do Not’s
では具体的にどのように行動するとよいのか(Do’s)、あるいはよくないのか(Do Not’s)、ライアンさんはアメリカでの経験とアジアでの見聞を織り交ぜながら説明してくれました。
聴くこと
たとえば香港では、アクセスが認められていない水辺でも、自然とそこを使っている人たちがいます。これはニーズがあるということですが、管理者にはその声が聞こえていません。
プレイスメイカーが様々なニーズを直接聴く方法として、歩きながらコミュニティの状態をチェックする「ウォークオーディット」や、都市プランナーとピザを食べながら気軽に話す会などをライアンさんは紹介しました。
しっかりした基盤を与えること
まち特有の文化を打ち出そうとして、たとえば巨額の報酬を払ってスター建築家を入れるようなやり方にライアンさんは疑問を投げかけます。
代わりに彼がやっているのは、地元アーティストと協働したプロジェクトを行うことで、彼らが仕事を得られるような環境をオーガナイズすることです。
自らの課題を解決して助け合えるよう、人々をつなげること
個々人の課題をすべて解決しようとはすべきでない
とライアンさんはいいます。
トップダウンで問題を解決するのではなく、自己解決することが幸福度につながるのでは、というのが彼の主張です。それを実現するために、たとえば子どもが商店主らにソーシャルメディアのことを教えるという取り組みがされているようです。
人間的であること
人が求める機能より、形態(たとえば見た目の美しさ)を優先すべきでない、それがプレイスメイキングの要点だといいます。
座れる場所は会話などで社会的なつながりを生むのに大切な場所ですが、日本各地のまちかどで座る機能より植栽で彩ることが優先されている状況は、ライアンさんにとって驚きだったようです。
生活と成長を助けること
小細工に頼らず、健全なイノベーションと次世代の育成を通じて、地域のゆるぎない価値を磨くことが、オンライン化する社会でますます重要だというのが次のメッセージです。
レストランの味見大会(Bite Battles)やシェフと見習いの生徒のマッチングなどが、その参考例となる手段です。
傍観ではなく参加を促すこと
華やかなもので人々を驚かせたり魅了したりすることがプレイスメイキングではない
とライアンさんはいいます。それよりも、出会いや共創を生む機会が重要、と強調します。
実際、彼は北海道で訪れた雪まつりの装飾や演出よりも、かまくらの中に設けられた休憩処で、居合わせた日本人と飲食をともにしたことに「プレイス」を感じたそうです。
禅とプレイスメイキングは最初は意外な組み合わせに聞こえましたが、それが目指すところの例とそうでないものを知ることで、実践につなげられるようなヒントも伝わったのではないでしょうか!
コミュニティプレイスメイカーとはどんな人?
プレイスメイカーのマインドが分かったところで、それが具体的にはどのような人なのか、ライアンさんは日米で出会った10組の人物をもとに紹介してくれました。
そこには、コミュニティの夢のために規制や手続きの壁を打ち破っていくような「陽」のキャラクターもいれば、人々が安全に落ち着ける場所をつくったり、人と機会をつなげるような「陰」のキャラクターもいます。
また、何十年も地元で活動している人もいれば、外から移ってきた人もいます。
そのような違ったタイプの人たちをプレイスメイカーたらしめている共通のもののが、ライアンさんが説明してくれたふるまいかたの原則のようです。
世界と日本をつなげるプレイスメイカーとして、ライアンさんはソトノバの2人にも触れてくれました。いかに成功を測るのか?
パブリックスペースをよくする効果をどう示すかは、非常に重要ながらなかなか確立した方法がないテーマです。
ライアンさんはプレゼンテーションの最後に、このテーマについて触れてくれました。
「単に人の数を数えること、多くの人がいて混雑していることがよしとされているなら、私はここで語るのにふさわしくないと思います。」
そう切り出すライアンさん。データからはいかようにもストーリーがつくれるといいます。
彼が数字自体よりも重要視している評価の観点は、次のようなものだそうです。
- 物事がよくなっていると感じられているか?
- 人々がつながって支えられていると感じているか?
- 人々が互いに公平性と敬意を感じられているか?
- 人々が新しいことを試しつつ、古いことも支えているか?
より深まったプレイスメイキングとプレイスメイカーへの理解
1か月前の横浜でのプレゼンテーションからほとんど内容を入れ替えて臨んでくれたライアンさん。
今回はプレイスメイキングの考え方について、より具体的なポイントと例を紹介してくれました。
日本滞在中に見た場所へのきめ細かなまなざしや、多くの人とつながって彼自身が学んだことが詰まったプレゼンテーションから、プレイスメイカーのマインドの一端が垣間見えたのではないでしょうか。
レポート後編では、保井先生からの日本のエリアマネジメントの現在についての解説を受けて、いよいよプレイスメイキングとエリアマネジメントの関係について掘り下げます!
ライアンさんから泉山さんに手作りの軍艦巻き(食品サンプル)をプレゼントする場面も。人柄が表れています。Photo by Takahisa Yamashita