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日本のウォーカブル手法の現状と可能性|ウォーカブルシンポ2023#2

近年、ウォーカブルを取り巻く様々な政策や取り組みが、全国各地で見られます。さらに、2020年6月には、都市再生特別措置法等が改正され、日本国内で「居心地が良く歩きたくなるまちなか」が進められるようになり、新たな都市再生の1つの概念として定着しつつあります。

ソトノバでは2023年6月30日、日本における「ウォーカブルシティの姿」を考える機会として、「ウォーカブルシティ・国際シンポジウム2023」を開催しました。そこで繰り広げられたスピーチやディスカッションの様子を、全4回にわたってレポートします。

第1編:ウォーカブル・シティ理論とアメリカの経験からの教訓
第2編:日本のウォーカブル手法の現状と可能性(本記事)
第3編:ウォーカブルシティに向けた公民連携と経済性
第4編:日本のウォーカビリティの戦略と評価

本記事では、太田裕之さん(国土交通省都市局 ※当時)、大藪善久さん(SOCI)、三浦詩乃さん(ストリートライフ・メイカーズ/東京大学)、宋俊煥さん(山口大学)が登壇し、制度的な紹介から各地の実践に至るまで議論された「日本のウォーカブル手法の現状と可能性」について紹介します。

Cover Photo by Takahisa Yamashita


ウォーカブルシティ推進に向けた国の動向、自治体へのメッセージ

最初に、太田さんより、国の政策がウォーカブルシティ推進に至った経緯や背景について紹介がありました。

街路と道路、各々で都市インフラとしての役割が異なり、空間特性が異なります。1919年に旧道路法の制定とともに、街路構造令、道路構造令と、それぞれに種別等を定める規定が取り決められました。しかし、戦後のモータリゼーションに伴い、1958年に道路法が改正され、街路構造令は、新しい道路構造令に統合されることになりました。

太田さんは、それに伴い、法律上の街路における思想が消えていってしまったと話します。

また、ストリートが持つ2つの機能としての「リンク&プレイス」については、移動・交通のためのリンク、目的地としてのプレイスの両方が、本来、まちなかのストリートが担う役割だと強調します。

B20230630-142709ウォーカブルの概念を歴史・空間の視点から紐解き解説する太田さん Photo by Takahisa Yamashita

このことから、国土交通省では、「居心地がよく歩きたくなるまちなか」(ウォーカブルなまちづくり)を掲げてさまざまな施策を推進しています。その実現に向けて法の特例、補助金、税減免、融資、手続きの簡素化等様々な取り組みを進めているところです。

その結果、着実にウォーカブルなまちづくりに共感する都市が増えており、ウォーカブル推進都市は、2023年7月時点で352都市に上ります。

一方、地方都市を中心に、ウォーカブルなまちなか形成を実現していくのに不安を抱えている自治体が多いとも話します。そんな自治体に向けて、太田さんからメッセージがありました。

短期間で一気に実現することは難しいです。まずは、少し滞留場所をつくる実験をしたり、マルシェを開催してみたりと、少しずつ試行してみてください。長い期間をかけて徐々に人中心の歩きやすいまちにしていくことが重要と考えています。

国では、「居心地がよく歩きたくなる」まちなかづくりを掲げてはいますが、「自分自身が行きたくなるまち、大切な人にオススメしたくなるまち」と、ご自身の主観的な観点も大切にしてほしいです。

リンク& プレイス理論を用いたウォーカブル手法の実践

大藪さんからは、リンク&プレイス理論の基礎概要とこれを用いた沼津市の実践手法について、紹介がありました。

リンク&プレイス理論とは、イギリスのPeter Jones氏により提唱された考え方で、リンク(交通)とプレイス(空間)の2つの機能を両輪とする新たな街路の機能の考え方と解説します。

ロンドンでは、市内の様々な街路がリンクとプレイスの状況に応じてに応じて分類され、位置づけられています。この考え方こそ、ウォーカブルシティのベースとなる考え方だと解説します。

大藪さんは、日本におけるウォーカブルシティに大きく2つの方向性があるといいます。

1つ目が、「地区全体の戦略づくり」です。街路を面的に捉え、役割分担・戦略的な施策展開が必要で、これをベースにまちづくりのシナリオをつくっていきます。

2つ目が、「道路単体のウォーカブル化」です。街路を線的に捉え、再整備を考える必要があります。そのような時に、移動と滞留を可視化するマトリックスは、みちづくりを進めるうえで住民参加ツールとして活用できます。

大藪さんが実際に取り組まれた沼津市を例に挙げた紹介がありました。

沼津市では、連続立体交差事業をきっかけに、沼津駅南側を人中心の街にする計画が進められました。その計画の中でリンク&プレイス理論を用いました。

行政が取り組むアクションプランとして「沼津市公共空間再編整備計画」、民間と行政が取り組むまちなみづくりのガイドラインとして「沼津市都市空間デザインガイドライン」を策定しました。この両計画を進めていくエンジンとしての役割として「OPEN!NUMAZU」に取り組んでいます。

OPEN!NUMAZU」は、公共空間をひらくことで見える未来の沼津のまちなかの風景を日常へとつなげる取り組みとして位置づけています。まちなかの実証実験を通して、計画実現に向けたアジャイル的な検証システムを構築しています。

B20230630-144241沼津市を例に挙げ、リンク&プレイス理論による計画立案から実働までを紹介する大藪さん Photo by Takahisa Yamashita

地方都市ならではのウォーカブルな取り組み

山口に住みながら様々なまちづくりに関わる宋さんより、地方ならではのウォーカブルの課題とともに、自身が取り組まれた事例について紹介がありました。

山口県宇部市にある常盤通り(幅員40m程度の国道)は、もともと道路整備を計画していましたが、ウォーカブルシティの考え方に合致する設計となっていませんでした。2018年より歩行者天国による芝生広場の創出を通して、ウォーカブルシティの大切さが浸透し、ウォーカブル施策に合う形で道路整備を再考していく動きとなりました。

常盤通りの整備にあたっては、「宇部市常盤通りウォーカブル推進協議会」と、併せて道路空間をクリエイティブに活用を検討する「にぎわい創出検討部会」を同時に立ち上げ、政策面と実働面で両輪で進めてきました。

B20230630-144917宇部市の取り組み体制を丁寧に解説する宋さん Photo by Takahisa Yamashita

車が主要交通手段である地方都市において、まちなかウォーカブルエリアを検討するうえでは、駐車場の配置が重要と解説します。

常盤通り周辺のウォーカブルエリアは、居心地の良い空間と駐車場の関係性を踏まえて、検討を進めています。

その中で、2022年に実施された「ときわいこっと。」では、幅35mある道路幅員を19mに縮めて、実際の整備空間に近い形で滞留空間を創出しました。その際に、周辺の金融機関に協力を仰ぎ、営業時間外の駐車場を開放するなどして、来場者用駐車場を確保していました。

ウォーカブルシティの実働による市民の反応

最後に、登壇者と三浦さんによる「日本のウォーカブル手法の現状と可能性」をテーマにディスカッションが始まりました。

その中では、主にウォーカブルシティの実現に向けた市民の反応や関わり方や評価について、議論がありました。

B_20230630-151403-2登壇者からの話題を受け、三浦さんが議論を深堀りしていきました Photo by Takahisa Yamashita

三浦さん
ウォーカブルシティを取り巻く施策は、主に中心市街地をより良いものにしていく取り組みであると思うが、より広い市民からどのような声がありましたか?

大藪さん:
行政計画の場合、周知したとしてもなかなか興味をもって見てくれる方が少ない傾向にあります。いかに計画した内容と実際のアクションを紐づけながら、未来の姿を体験できるかが重要と考えています。沼津市の場合では、「OPEN!NUMAZU」で面的ビジョンを見据えながら取り組んでおり、参加された方には好評でした。このように参加された方を中心に体験を通した説明を少しずつおこなっています。

宋さん:
ストリートを活用したウォーカブル空間を創出する上では、沿道商店街との調整が重要と考えます。宇部市では、沿道商店街にとって路側帯にある路上駐車スペースがなくなることは、集客低下につながると主張します。しかし、実態を見ると、前面駐車場を長時間利用している人は、客ではなく周辺の従業員であったことが調査により明らかとなりました。いろんな声に対して定量的なデータによって対話することがよいと考えます。

宋さん
ウォーカブル推進にあたっても快適性という言葉も出てきています。三浦さんの立場でストリートライフを評価する上で、どのような視点が重要だと考えますか?

三浦さん:
まず、快適性の評価は、誰にとって必要なものでしょうか。一番重要なのは、自ら取り組み、関わっている方々、その場を利用する当時者の方々だと思います。これは主観的に「よかった!」と思えれば良いのです。日本の場合、予算や法的な都合により、欧米のように長期間での行動変容をもたらす社会実験の形は取りにくい状況にあります。短期的なアクションの中で集まる実感の声、その毎年の積み重ねが重要と考えています。

一方で、リンク&プレイスは定量的に調査・評価をする視点です。行政の方々にとって、アクションを支援する予算を用意するアカウンタビリティのために、客観的な評価が重要になります。リンクの需要については、これまで交通量を取得する技術、解析手法の研究が進められ、一定の評価が可能となっています。一方で、プレイス需要については測ろうともされず、指標もありませんでした。今なら、画像解析など技術的にも解像度をあげられます。今後積み重ねが必要と感じ、研究を進めています。

また、視聴者からの質問を抜粋した議論もありました。

大藪さんへ質問です:沼津ではどうやってリンク&プレイスの調査をやっているのでしょうか?

大藪さん:
リンク&プレイスのマトリックスを区分していくうえで、スマート・プランニング等、交通量的な調査は、現況分析の中で実施しています。

しかし、大切な視点は、街としてどのようなネットワークや滞留を促していきたいかであり、定量的な基準によってマトリックスを定めたものではありません。

国土交通省の方へ質問です:ウォーカブルシティをつくるための制度の活用を促進させるためにどのような取り組みを考えられているのでしょうか?初めての人には馴染みのない概念と制度で、精度を活用するにはハードルが高いと感じます。

太田さん:
ウォーカブルの概念そのものの難しさについては、社会実験やワークショップを通してまちを少しずつ変えていくことで、徐々に浸透していくものであると考えています。一方で、制度面については、国土交通省でもミズベリングやほこみちを進めている他部署との連携強化に努めています。現場で取り組まれている方については、是非具体的に取り組みたい内容を教えてください。それに対してどのような制度を活用できるか一緒に考えていきたいです。

宋さん:
宇部市のウォーカブル推進にあたっても、国道の計画であったことから、徐々に国土交通省からの協力を得ることができました。やりたいことを持って、国土交通省に相談することは良いことだと思います。

日本でウォーカブル手法を展開する目的とは

最後に登壇者から「日本でウォーカブル手法を展開する目的」について、各々の立場の視点で語られました。

image6登壇者のディスカッションに会場全員が聞き入ります Photo by Takahisa Yamashita

太田さん:
国土交通省の立場としては、施策に掲げている通り「居心地のよい歩きたくなるまち」を目指すことが目的です。一方で、個人的な視点としては、自分にとって楽しいと感じられる空間とすることが重要だと思います。いかに一人ひとりが主体性をもってジブンゴトとして取り組むかが大切だと思います。

大藪さん:
日本独自の滞留・移動の仕方があると感じており、これを大事にしていきたいと思っています。例えば、現状の定量的な調査では、早歩きとそぞろ歩きが同じ1としてカウントされてしまいます。単なる定量性だけではない、日本独自の空間評価を確立する必要があると感じています。

三浦さん:
いろんな人が考えるウォーカブルがあると思います。目的地になる居場所をつくっていくこと、経済的に充実することであったり、多種多様な解釈があると思います。私は、これらの違いを議論し、理解し合うプラットフォームをつくれれば、日本独自のウォーカブル実現につながると考えます。

宋さん:
地方都市にとっては、普段家に籠り、街にでてきてもらえず、経済的に寂れていく実情があります。そのためにも、公共空間を中心に質を高めていく必要があります。

また、海外では気候変動への対策として、CO2削減など環境配慮を前提にウォーカブルシティを推進しています。日本においても、ウォーカブルシティが都市政策の策定から都市開発事業の実施まで、何事においても基本となることを期待しています。

今回のシンポジウムでは、制度面から実働に至る話題までの紹介があり、全国各地で実験、研究が進んでいると感じることができました。keynote Speechで登壇したジェフさんがいう「日本はすでにウォーカブルだと思う」と評価される中で、日本のウォーカブル手法を確立し、目的をもって推進していく必要があると感じました。

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