レポート
マイク・ライドン本邦初講義!|タクティカル・アーバニズム アカデミックサロン #TUJ2019 #2
2021年6月、日本初となるタクティカル・アーバニズム本『タクティカル・アーバニズム: 小さなアクションから都市を大きく変える』が刊行されました。
本書は、タクティカル・アーバニズム・ジャパンと一般社団法人ソトノバが主催した「Tactical Urbanism Japan 2019」の登壇者が中心となって執筆されています。
そこで今回、2019年に開催された「Tactical Urbanism Japan 2019」のレポートを一挙公開します!
レポートの内容を振り返りつつ『タクティカル・アーバニズム: 小さなアクションから都市を大きく変える』を読めば、個人と都市の関係についてより深い洞察を得られるはずです。ぜひ合わせてお読みください。
- 都市を都市として機能させるための戦術|タクティカル・アーバニズム ウェビナー&オープントーク
- マイク・ライドン本邦初講義!|タクティカル・アーバニズム アカデミックサロン
- 日米のパブリックスペース実践者が集結!|タクティカルアーバニズムサロン 前編(6/16公開)
- 小さなアクションを実践せよ!|タクティカルアーバニズムサロン 後編(6/17公開)
- 小さなアクションから長期的変化につなげる——日本のパブリックスペースの現在地|タクティカル・アーバニズム国際シンポジウム(6/18公開)
- 神田が生まれ変わる小さくて大きな一歩?!|マスタークラス+神田サロン(6/21公開)
Contents
イントロ:開催の経緯や意図について
2019年12月9日(月)18:30-20:30
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「1人のアクションから広がるパブリックスペースの未来」をテーマに2019年12月に開催されたタクティカル・アーバニズム・ジャパン2019国際シンポジウムシリーズ。
日本のアーバニストたちに熱い興奮をもたらした1週間は、東京大学での「タクティカル・アーバニズム アカデミックサロン|市民が関わる都市計画とパブリックスペース」からはじまりました。
これは、タクティカル・アーバニズム提唱者のマイク・ライドンが初めて日本で講演した記念すべき日でもあります。
(タクティカル・アーバニズムの概要については、ソトノバ記事「『タクティカル・アーバニズム』とはなにか。アクションから始まる仮設空間指向のプロセスとは?」をご覧ください。)
道路のペイントのような目を引くアクションのイメージが先行しがちなタクティカル・アーバニズムですが、それは理論的にどのような意味を持つのか?これまでの都市計画とどのようにつながるのか?
現在の日本のまちを変える考え方としてタクティカル・アーバニズムの可能性を探るべく、日本のアカデミックをリードする研究者らとマイクたちの間で交わされた、刺激に満ちた議論をお届けします!
タクティカル·アーバニズムのはじまりと発展
戦術的な都市のつくり方は何も新しいものではなく、人類がこれまで行ってきたことで、私たちはそこに「タクティカル・アーバニズム」という名前を与えただけ。
マイク・ライドン、そして彼とともに都市計画コンサルティング会社ストリート・プランズを立ち上げたトニー・ガルシアが、タクティカル・アーバニズムが生まれた背景について、彼らの言葉で語り始めました。
2009年マイアミ、リーマンショック後にさまざまなプロジェクトが停滞してしまったことが、自分たちの活動を通じてタクティカル・アーバニズムについて考えるきっかけになったといいます。
当時、都市計画コンサルタントだったマイクと建築設計に携わっていたトニーはマイアミで出会い、いくつかの想いを共有しました。
・アイデアをきれいな絵で示すことはできる。でも実際にはそこから何か起こっているのだろうか?
・旧来の大型プロジェクトには時間と費用がかかるうえ、それに付随する公共参加のプロセスは柔軟性や透明性が低い。もっと創造的にまちをつくれないのだろうか?
・政治的な環境はなかなか変わらない。現代ではコンピューターのシステムのように、プロトタイプからバージョンアップを重ねていくことが一般的な中で、どうして都市にもその考え方が適用されないのだろうか?
・変化に対して反発する人々に、どのようにポジティブな面を伝えられるのだろうか?
彼らの都市計画に対する疑問に呼応するような、ハーバード大学のカプランらによる研究があります。いわく、
タクティカル・アーバニズム提唱者のマイク・ライドン。本邦初の講演に熱が入ります。80%の計画は実行されない。
このような課題と現実に向き合いつつ、都市へ長期的な変化をもたらす方策はあるのか?
マイクたちは、長期的なビジョンや施策からさかのぼって考えて、その実現を助ける3つのステップが必要であることに気付きました。
1日~1か月の間でやる小規模なデモンストレーションから始めて人々を巻き込み、1か月~1年程度のパイロットでデータを集めて効果を実証し、1~5年間にわたる暫定デザインを経る。このステップがタクティカル・アーバニズムにあたるのです。
つまり、タクティカル・アーバニズムの定義は次のようになります。
意図的に長期的な変化を触媒する、短期的で低コストかつ拡大可能なプロジェクトを用いたコミュニティ形成のアプローチ
目の前のニーズに対して短期の小さなアクションをとる一方、長期のことも常に考えながら進めていくことがタクティカル・アーバニズムのポイントだといいます。
いいアイデアを10年も20年も実現させないままでなく、プロトタイプとしてやってみて自信と学びを得る。そして多くの人が関わり始め、政治的な意志も形成される。これによって、小さなアクションだけで終わらずに発展していき、より早く公共の利益がもたらされるのです。
彼らはこのような考え方をベースに古今東西の事例学びつつ、自らの実践やオープンソースでの発信を重ね、タクティカル・アーバニズムの体系化が進み、世界中に拡散していきました。
そして、2015年に出版された書籍Tactical Urbanism: Short-term Action for Long-term Changeは、都市系ウェブメディアPlanetizenが選ぶ2010年代を代表する都市計画本にもノミネートされるほどの影響力がありました。
トニー・ガルシアは、自分たちがどのように考え、行動してタクティカル・アーバニズムを形づくっていったかを語ります。タクティカル·アーバニズムを実装するには
タクティカル・アーバニズムをやるということは、単に三角コーンや人工芝を持ってくることではないと、マイクたちは明言します。
彼らが実践を長期の計画に接続するために、しっかりと効果を示すことに注力しているといいます。例えば、道路のペイントによって車の通過速度と事故数が減り、かかった費用に対して大きなリターンが出ていることをきわめて定量的に示しているのです。
リアリティの高いプロジェクトをやることで、バージョンアップをしながら次のステップへ進めていくことも大事な点です。
典型例として紹介されたのが、車中心の都市であるマイアミのビスケーン・グリーンでのプロジェクトです。駐車場に1週間芝を敷き詰め、30を超えるパートナーと様々なプログラムを行い、人中心の場に変えていくポテンシャルを示したものでした。
芝生やファニチャーは寄付を受けることができたため、これにかかった費用はなんと駐車場を貸し切るための約100万円だけ。限られた期間や費用でも、大きな可能性を現実として感じることができたため、このプロジェクトは次のバージョンへと発展しました。
マイアミでプロジェクトの対象地となった、まちと隔絶された駐車場続くバージョンでは期間が1か月間に延び、中心市街地に足りない遊び場をつくることをコンセプトに、駐車場が使い倒されました。その結果、2万人以上が訪れ、終了時には周辺住民が怒ってやめないように声を上げるほどだったといいます。
ここでコンセプトが浸透し、議論が喚起されるようになって、政治的意思決定者に声を届けやすくなるのです。
1か月間のアクションでは、駐車場に昼夜それぞれの時間帯で様々なアクティビティが生み出されました。タクティカル·アーバニズムは何を目指すのか?
アカデミックサロンはここから、日本側の研究者らからマイクたちへの問いかけをもとにしたディスカッションに移ります。
まず東京大学の中島直人准教授から、次のような話題が投げかけられました。
タクティカル・アーバニズムが目指す長期的変化の「変化」はどこへ向かっているのか?
ニューアーバニズムとは、1990年代以降に有名になった、脱自動車社会を長期的なビジョンに据えた都市論の動きで、タクティカル・アーバニズムもこの流れを汲んで生まれています。
都市論の潮流を追ってきた中島先生は、ニューアーバニズムとタクティカル・アーバニズムの関係性をより理解したいという関心から、それを示した4つものダイアグラムを用意してきてマイクたちにぶつけました。
はたして、タクティカル・アーバニズムの位置づけは次のうちどれなのでしょう。
- タクティカル・アーバニズムはニューアーバニズムの一部(方法)なのか?
- タクティカル・アーバニズムはニューアーバニズムの対極を成すのか?
- タクティカル・アーバニズムはニューアーバニズムのビジョンを修正するのか?
- タクティカル・アーバニズムは「新しいニューアーバニズム」を生み出すのか?
複数のダイアグラムを用いた問いかけに、マイクたちは驚きつつも、刺激を受けた様子。
実際に、タクティカル・アーバニズムはニューアーバニズムからの延長となっている部分が多く、歩きやすい都市を目指すところや枠組み、人々を巻き込むやり方は近いそうです。
なので、4つのダイアグラムのうちふたつのアーバニズムを対極に置くものは当てはまらないというのが彼らの回答でした。逆に、それ以外の3つはそれぞれ当てはまるところがあるということです。
タクティカル・アーバニズムとニューアーバニズムの関係を理解するためのダイアグラム(作成:中島直人)タクティカル・アーバニズムが目指す「長期的変化」について、中島先生の問いは続きます。
タクティカル・アーバニズムが目指す”long-term change”はニューアーバニズムが目指すものと同じなのか?
タクティカル・アーバニズムにおいて、”long-term change”に関わるビジョンの役割は何か?
不確実性の時代に私たちが目指すべき”long‐term change”とは何か?
この問いに答えたマイクはまず、タクティカル・アーバニズムの特徴はニューアーバニズムを含めた都市計画論に欠けていた「小さく始める」点であることを再度強調しました。
そして、何を誰のためにデザインするのかというビジョンや絵姿は、実際にアクションをしながら描いていき、マスタープランに組み込むものだといいます。これをトニーは“Living rendering”と表現します。
一方のニューアーバニズムでは、きれいなCGレンダリングがビジョンとしてアクションの前に示されることが多いのと対照的です。時の変化とともに価値観などは変わっていくため、やっていきながらフィードバックをかけて長期のビジョンを少しずつアジャストしていく。
このようにビジョンを必ずしも固定的に扱わないところに、タクティカル・アーバニズムの特徴があるようです。
中島先生(写真右)の問いかけに、タクティカル・アーバニズムへの理解が深まっていきます。市民の活動と都市計画のつながり方
続くパネリストは東京大学の村山顕人准教授。早い時期からタクティカル・アーバニズムに注目し、名古屋市の錦二丁目長者町での「都市の木質化プロジェクト」で自ら実践に取り入れていました。
このプロジェクトは、都市面積のおよそ4割を占めるストリートを公園のような空間にするべく、名古屋大学のチームが地元コミュニティがビジョンを描いて実現するのを助けた事例だと、村山先生は紹介します。
地場材のウッドデッキをストリートに設置するアクションは、初めは市民団体が非公認で試してみたものでした。
プロジェクトを市の計画に関係づけたり、着脱可能な設えで6か月間やってみてフィードバックを反映したりという工夫があったといいます。
名古屋市錦二丁目長者町での戦術的アプローチ(作成:村山顕人)この経験を踏まえて、村山先生はマイクたちに「市民団体等の短期的なアクションと(公式な)都市計画との関係」について問いかけます。
日本ではパブリックスペースを使う事に対して法的な制約が大きい中、いかに次のような点を考えればいいのでしょう。
市民団体等のアクションは行政の都市計画をどう変えられるか?
逆に、行政の都市計画や他の政策は、個々のアクションをどうサポートできるか?
マイクたちは、地元の議員などと関係のある市民団体らを巻き込み、複数の賛同者を得ながら自治体から信頼も得て、意思決定に市民もより関わっていくことが重要だ、と応答します。
政策とアクションをつなぐプロセスがスケールアップするための鍵ですが、彼らも困難に直面することがあるそうです。
それを乗りこえるために、市民の小さなアクションへの障壁を下げてサポートすると同時に、市民が自治体にはたらきかけやすくするという、市民・自治体双方の橋渡しが求められるのです。
では具体的にはどうするのか。
活動や計画に関わる人たちは「ストーリーテラー」であるべきだ、と彼らは説きます。
プロジェクトで何が機能して何が機能しなかったのか、そしてどこにみんなの望んでいることがあるのかを、ストーリーとして語る。そこからポジティブなムードが生まれれば、活動が続いて変化につながっていくといいます。
その中で、どんな便益があったかを数字で定量的に語ることが欠かせません。
市民活動と自治体の距離感は日米で違うかもしれませんが、マイクたちからのアドバイスは非常に実践的なものでした。
村山先生(写真右から2人目)の実践例から、マイクたちもインスピレーションを受けて議論が活発化します。楽しさと使命感をもって、エコシステムをつくる
東京大学の山崎嵩拓特任助教がタクティカル・アーバニズムを理解するために描いたダイアグラムも、興味深い議論を喚起します。
山崎先生のダイアグラムは、次の3つの軸でできる三次元の領域からタクティカル・アーバニズムを捉えようとするもの。
公的団体のアクション vs. 市民や団体のアクション
オンサイトの変化 vs. オフサイトの変化(※個別プロジェクトのサイト上かそれ以外か)
楽しむアクション vs. 使命感あるアクション
このダイアグラムを見たトニーが一言目に発したのは、「楽しむのと使命感は同時にある。一緒であるべき」ということ。
オンサイトとオフサイトの変化も同時に起こりうるといいます。
公的団体と市民は別の立場にあるかもしれないが、場のアクターを呼び込み、たくさんの人が関わって異なるフェーズをマネージしていくような、エコシステムとして動くこと。これが市民の小さな活動から発展するうえで大事だというのが彼のメッセージです。
3つの軸でタクティカル・アーバニズムの特徴を捉えることを試みたダイアグラム(作成:山崎嵩拓)深まるタクティカル·アーバニズムの議論
議論はフロアへと広がります。
タクティカル・アーバニズムの実像をより具体的に知りたい参加者から、多くの質問が集まってきました。
マイアミで彼らはどのように始めて、多くのプロジェクトへと発展させたのか?
プレゼンでの紹介で、非常に活発な動きがあるように見えたマイアミ。
そんなプロジェクトも、トニーが自ら一市民として行政のサポートなしに活動したことが始まりだったようです。
アクションから学びつつ行政にアプローチする。そして行政の方でも体制ができてくる。未だにチャレンジはあるようですが、これはまさにタクティカルな実践といえるでしょう。
タクティカルな取り組みが模倣されて乱発されることはどう考えるのか?複数のプロジェクトを調整するような仕組みはあるのか?
この問いは、マイクたちにとって少し意外なものだったようです。
それは、彼らはよい取り組みをまねて、数が増えるのはポジティブなことだと捉えているから。サンフランシスコから世界中に広まったパークレットがその例といえるでしょう。
ただし数よりも、短期的なアクションが次のステージに進んで、いかに学びを得て長続きできるかという、持続期間により注意を払っているといいます。そこに重点があるため、彼らの実務の中ではあまり意識して他のプロジェクトと調整をつけるという仕組みはないようです。
どのようにデザインの質を担保するか?
市民レベルの小さなアクション段階でデザインをキュレーションするのは難しいといいます。
ただし短期であっても、想定する実施期間にあわせて適切な材料を選ぶことが大切なポイントだそうです。そこには建築デザインの職能も生きてきます。
そして、維持管理も忘れてはいけないというのがマイクたちからのメッセージでした。
英語で議論が進む中、コーディネーターを務める小泉教授(写真左)がマイクたちの知見を引き出していきます。タクティカル·アーバニズムを着床させる1週間、そのはじまりの夜に
タクティカル・アーバニズムが注目を集める中、ディスカッションでは「そこにアカデミックが抜けている。日本ではアカデミックが都市計画に十分に絡めていない」という指摘もありました。
そのような問題意識に根差して開催されたアカデミックサロンでしたが、ふたを開けると100名以上の参加者が講義室を埋め、タクティカル・アーバニズム・ジャパン2019の幕開けにふさわしい活発な議論が交わされました。
これに刺激を受けたマイクも、次のようにこれからの1週間の意気込みを語ります。
行政が中期的な活動をできるように、計画レベルでいかにサポートできるかということを議論することが今週の目標
英語で交わされた2時間の議論も、興奮とともにあっという間に終わりを迎え、マイクたちと教授陣はこのあと、昔ながらの居酒屋で議論の第2ラウンド。
そして翌日から、この夜の議論を下敷きに、日本でのタクティカル・アーバニズムの理解と熱はさらに高まっていくことになります。
ぜひサロン、シンポジウム、マスタークラスのレポートから、その様子を感じてみてください!
オンラインツールで参加者の質問を可視化しつつ、フロアからも発言が寄せられ、刺激に満ちた議論が繰り広げられました。(取材・構成:田村康一郎/一般社団法人ソトノバ共同代表理事)
開催概要
タクティカル・アーバニズム アカデミックサロン
キーノートスピーチ | Mike Lydon氏(Tactical Urbanism著者・提唱者/Street Plans Collaborative共同代表) Anthony Garcia氏(Tactical Urbanism著者/Street Plans Collaborative共同代表) |
パネリスト *肩書はすべて当時 | 小泉 秀樹 氏(東京大学教授) 中島 直人 氏(東京大学准教授) 村山 顕人 氏(東京大学准教授) 泉山 塁威 氏(東京大学助教/ソトノバ) 山崎 嵩拓 氏(東京大学特任助教) |
日時 | 2019年12月9日(月)18:30-20:30 |
会場 | 東京大学工学部14号館1F 141号室 |
主催 | タクティカル・アーバニズム・ジャパン(一般社団法人ソトノバ) |
共催 | 東京大学まちづくり研究室 |
助成 | 大林財団 |
後援 | 国土交通省 |
All photos by: Takahisa YAMASHITA