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都市の自然とタクティカル・アーバニズム|ソトノバTABLE#44レポート

昨今、日本各地で取り組まれる社会実験は、長期的な政策の中の初期段階として取られる手段として定着しつつあります。

ソトノバでは、そのような手法をタクティカル・アーバニズムであると捉え、2021年6月に日本初のタクティカル・アーバニズムに関する書籍『タクティカル・アーバニズム: 小さなアクションから都市を大きく変える』と『タクティカル・アーバニズム・ガイド 市民が考える都市デザインの戦術』を出版しています。

日本でもタクティカル・アーバニズムの方法論が導入されるなか、特に短期の社会実験フェーズでは“にぎわい”をつくることが意識されるケースが多いかもしれません。一方で、都市のランドスケープや環境などの視点で長期的に考えると、“ゆとり”や“みどり”をつくることが必要な場合もあるでしょう。

海外におけるタクティカル・アーバニズムの代表例として、米国オレゴン州・ポートランドで市民主導の道路上ペイントからストリートの変革を生んだ団体、The City Repair Project(以下、City Repair)の活動もその一例です。

ソトノバTABLE#44では、City RepairのMatt Bibeau(マット・ビボウ)さんをゲストに迎え、City Repairの活動を中心に紹介してもらいました。

ソトノバからは、造園・緑地計画等の研究や実務に精通する山崎嵩拓さん(ソトノバ・パートナー/東京大学 総括プロジェクト機構 特任講師)と秋元友里さん(ソトノバ ディレクター)、逐次通訳として田村康一郎さん(ソトノバ理事/株式会社クオル)が登壇されました。

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日本における都市の自然とタクティカル・アーバニズムの親和性

Matt Bibeauさんのスピーチに先立ち、まずは山崎さんより、「都市の自然」と「タクティカルなまちづくり」をどのようにかけ合わせていけるか、研究から得られた発見について話題提供がありました。

IMG_2519.CR3国内外の研究から都市の緑の重要性を語る山崎さん(右から3人目) Photo by Kohei YONEDA

日本で取り組まれるタクティカル・アーバニズムがどのようなものであるかをリサーチするために、「社会実験」というキーワードで検索をかけてみます。すると、パブリックスペースのにぎわいに寄与するような画像が多く出てきます。

一方で、山崎さんは、パブリックスペースが担う役割としては、”にぎわい”だけではなく、”ゆとり”を感じさせることも役割の一つであると解説します。

その一つを立証する研究として、コロナ禍に実施された東京都民を対象にしたアンケート調査研究があります。その調査は、在宅勤務者の緑地利用が増加し、その目的の多くがストレス解消であったことを明らかにしていました。この調査からもわかる通り、緑地利用がウェルビーイングの改善に寄与していると山崎さんは話します。

また別の調査では、公園よりも農園での活動のほうがウェルビーイングの改善につながることが明らかとなっており、緑の形態によってもその効果が異なるといいます。

さらには、都市の緑がもたらす健康的影響は、イギリスの複数の科学的研究からも明らかになっています。例えば、自宅周辺の緑被率がうつ・不安・ストレスの解消につながることを明らかとした研究や、週に120分以上の時間を緑の中で過ごすとウェルビーイングのスコアが高まることを明らかにした研究が発表されています。

このような事実を踏まえると、都市の緑の中でゆとりのある時間をつくることが、都市生活者が抱えやすいストレスの解消につながると山崎さんは解説します。

日本においても、東京都国立市のくにたちはたけんぼや兵庫県神戸市のSANNOMIYA HEALING GARDENのように、都市の中で緑やゆとりを感じられるプロジェクトや社会実験が見られるようになってきており、タクティカル・アーバニズムとの親和性があると語ります。

City Repairが取り組むタクティカル・アーバニズム

現代の生活は消費者の視点からすると「完璧」すぎます。消費行動からは一時的な満足感は得られるものの、その満足感は持続するものではありません。これに対して、体験したり、何かに帰属するほうが、精神的で持続的な満足感を感じることができるでしょう。

Mattさんは、自分の経験からそう語り始めました。

City RepairにおけるVillage Building ConvergencePermaculture Designのトレーニング等の様々な取り組みは、そのような満足感が得られる機会を提供してきたと言います。

City Repairの取り組み中でも、最も注目を集めた「Street Paintings」という取り組みを中心にスピーチが始まりました。

IMG_2580.CR3自己紹介とともに自身の活動理念を語るMattさん(左) Photo by Kohei YONEDA

Street Paintingsのきっかけとなる政治的背景

1960年代、ポートランドにおけるPioneer Courthouse Squareをめぐる論争が「Street Paintings」の活動のきっかけであったと語ります。

当時、ポートランド市では、現在のPioneer Courthouse Squareのある街区に、大規模な駐車場を建設する計画がありました。当計画の推進にあたっては、多くの市民から反対の声がありましたが、当時の都市計画には市民の意向を聞き入れる制度や仕組みがありませんでした。

そこで、市民らは広場を赤くペイントし、計画への抗議を形として表しました。その結果、当初の計画はなくなり、Pioneer Courthouse Squareは市民のための広場として再整備されました。

AMTT_2赤くペイントされたPioneer Courthouse Square(Matt氏スライドより引用)

この抗議・対立をきっかけに、ポートランド市政では、市民の意見に耳を傾けるようになっていったといいます。

これ以降、コミュニティ参画を促進する部署の設立、市民主導によるプレイスメイキングへの行政的支援等、トップダウン志向な政治からの脱却を遂げています。

Mattさんは、この一連の流れにタクティカル・アーバニズムの片鱗を感じるとともに、「Street Paintings」の活動のきっかけになったと語ります。

タクティカルアーバニズムとしてのStreet Paintings

次に、City Repairの取り組んだプロジェクトの中で、ポートランド市の考え方を最も大きく変えるきっかけをつくった「Share-It Square」について紹介がありました。

個々の市民にとって、パブリックスペースを人々が集まる場としてデザインすることは、決して容易ではありません。その一つの要因は、パブリックスペースでの活動に市の許可が必要になってくることです。

Share-It Square」は、1990年代に市民やコミュニティが許可なしで活動できるきっかけをつくった例であると話します。

Share-It Square」では、交差点をコミュニティの活動の場として可視化するために、路上にペイントを施しました。その過程でコミュニティが形成され、日常的にゆとりを感じながら過ごせる場を創出することができました。

当初、このプロジェクトに後ろ向きであったポートランド市でしたが、市の財源を使わずに市が本来達成したかったコミュニティ組成を実現できていることが明らかとなりました。このプロジェクトをきっかけにこの場所では、市の許可なしで活動ができているようです。

AMTT_3コミュニティ組成に寄与したShare-It Squareのペイント(Matt氏スライドより引用)

また、非常に印象的で人気のあるデザインとしては、「Sunnyside Piazza」が挙げられます。

ここは、ひまわり柄のペイントが地域にとってアイデンティティとなっており、周辺の景観を意識したデザインとされています。

ポートランド市には、地区やコミュニティによってデザイン等が異なる「Street Paintings」が多く分布しています。いずれも、地域住民によって折々に塗り直され、中にはそのたびにデザインが新しくなるものもあります。

IMG_2627.CR3Street Paintingsと住宅の色が呼応して、地域らしさが生まれていると説明するMattさん Photo by Kohei YONEDA

Mattさんは、「Street Paintings」を通して、場所のアイデンティティや帰属意識をつくることは、単なる路上ペイントに留まらない新たな戦略(タクティカル・アーバニズム)としての可能性を感じるものだったと振り返ります。

City Repairが大切にしているプロセスと帰属意識

City Repairでは、人数や地域が異なったとしても実行できるガイドラインとして、アイディアから実行までのフローをまとめています。

Mattさんは、このフローでもっとも重要なのは、ただ真似をするのではなく、状況等に合わせながら作り上げていくことであり、会話や食事をしながらアイデアを共有することであると強調します。

AMTT_10City Repairが大切にしているプロセス(Matt氏スライドより引用)

筆者は、視覚的にわかりやすいペイントのような結果ではなく、そこに至るまでのプロセスそのものが重要な要素であり、そこから生まれる帰属意識が持続的なコミュニティ形成につながると感じました。

おわりに

ソトノバtable#44に参加して、コロナ禍で浮き彫りになった都市生活者が抱えやすいストレスを解消するために、ゆとりある緑地空間が重要であると学びました。

さらに、山崎さんが説いた「都市農園はウェルビーイングの改善に特に寄与する」という考え方は、緑が本来持つゆとりある印象とともに、潜在的にはMattさんが説いた「消費ではない、何かに帰属する意識」にも通じるのではないかと感じました。

また、タクティカル・アーバニズムが達成すべき対象は、ハード的な空間やデザインではなく、プロセスの中で組成されるコミュニティであると感じました。

山崎さんが冒頭に触れたように、日本の社会実験は、形態やデザインばかりが絵や画像として拡散されやすい傾向にあり、にぎわっている様子ばかり注目されがちです。これは、社会実験にかかわる都市プランナーたちが、それを成功の証と見なしているからだと想像されます。

これからは、経済的な活性化だけではない、パブリックスペースが保有する“ゆとり”についても、タクティカル・アーバニズムに組み込む必要があることを学ぶ機会となりました。

IMG_2744終始笑顔で語るMattさんと楽しく深みのある会でした Photo by Kohei YONEDA

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