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リチャード・フロリダが語る ウォーカブルな地域は安全、健康、民主的なプレイス
国内では、ウォーカブルシティの議論に注目が集まります。2023年6月には、ウォーカブルシティ国際シンポジウム2023で、これからのウォーカブルシティについて議論をしたところです。
国内では、ウォーカブルシティは、2020年以降、急速に議論が始まっていますが、海外都市では、その前から継続的にウォーカブルシティについての議論や実践がありました(データ参照)。
創造都市(クリエイティブシティ)で著名な、リチャード・フロリダさん(トロント大学都市学部教授、ロットマン経営大学院教授、Bloomberg CityLab共同創設者)が、Bloomberg CityLabで、ウォーカビリティについて語っています。この記事は、2014年に書かれたものですが、今、日本でウォーカブルシティを実践する人にも役立つものでしょう。
そこで、翻訳記事として、紹介したいと思います。
CoverPhoto by Flickr/Heath Alseike
(以下は、”Walkability Is Good for You”、By Richard Florida、Bloomberg CityLab、2014年12月11日の翻訳記事です)
Contents
ウォーカビリティはあなたにとって良いものです。ウォーカブルな地域は、より安全で、より健康的で、より民主的なプレイス(場所)です。
ジェイン・ジェイコブスの名著『アメリカの大都市の死と生』以降、都市論者たちは、密集地域や用途が混在する地域、ウォーカブルな地域が理想であると讃え、自動車中心の郊外とは対照的であると語っています。
ウォーカビリティが「理想」とされている最近の研究の多くは、ウォーカブルな地域が住宅価格や犯罪、健康、創造性、さらにはより民主的な都市に至るまで、多くのプラスの効果をもたらすという、ますます説得力のある証拠を示しています。
重要な研究の進展としては、ウォーカブルなコミュニティの基準となる「Walk Score(ウォーク・スコア)」という指標が開発されました(以前、このサイトでも紹介しています)。ウォーク・スコアは、グーグルやオープンストリートマップ、米国国勢調査のデータを用いて、歩行者の利便性や、食料品店、レストラン、公共交通機関などのアメニティへの距離に基づき、各住所に0から100までのウォーカビリティのランクを割り当てています。
ウォーカビリティと住宅価格の関係についての研究も増えています。2014年初めには、経済学者のクリストファー・ラインバーガーさんが、「ウォーカブルな都市」に関する先行研究をさらに発展させ、ウォーカブルな都市が経済に大きな影響を与えることを明らかにしています。アメリカの都市圏上位30都市において、このような「ウォーカブルな都市部」は全体の1%しか占めていないにもかかわらず、オフィスやホテル、アパート、小売店の面積の50%を占めているのです。
最近、『Cities』誌に掲載された研究では、Walk Scoreを用いて、これらの調査結果を補強してます。ルイビル大学のジョン・ギルダーブルームさん、カリフォルニア工科大学サンルイスオビスポ校のウィリアム・リッグスさん、ジョージア州リージェンツ大学のウェスリー・メアレスさんによるこの研究では、ケンタッキー州ルイビルの170の国勢調査地区を対象に、サブプライムローンに端を発する経済危機後の住宅価値と差し押さえに対するウォーカビリティの効果を検証しています。その結果、ウォーカビリティは地域の住宅価値を予測する上で統計的に有意であり、地域の差し押さえとも有意かつ負の相関があることがわかりました。2000年から2006年、2000年から2008年の間では、ウォーカビリティは不動産価値の上昇を予測していましたが、2000年から2010年はアメリカ住宅バブルの崩壊のため同じことはいえませんでした。ウォーカブルな地域は、2004年から2008年にかけても差し押さえ件数が少なく、ウォーカブルな地域は差し押さえ件数が11件少なかったのです。
ギルダーブルームさんたちによるルイビルで最もウォーカブルな場所の地図です。最もウォーカブルな国勢調査区域は黒で示されています。都市学者は、ウォーカビリティと犯罪には関係があると長い間考えてきました。ジェイコブズさんは、歩きやすくて密集した地域は、「路上の目」、つまり人々が頻繁に出入りすることで生まれる自然な監視の恩恵を受けていると主張しています。逆に、犯罪学者たちは、密集度と犯罪、社会病理との間に関係があると考えています。
ギルダーブルームさんと彼のチームは当初、ウォーカビリティと犯罪の間に全体的な関係はほとんどないと考えていました。しかし、研究者たちが人種の影響を考慮に入れたところ、その関係が明らかになりました。社会学者たちは、都市部での集中的な貧困、人種、犯罪の関係を長い間指摘しています。この研究では、マイノリティが全住民の半数以下を占める地域では、ウォーカビリティが財産犯罪、殺人、暴力犯罪の減少と関連していることがわかりました。白人が75%を占める地域でも同様でした。
他の研究では、ウォーカビリティと健康との関連性が調査されています。医学的な研究によれば、歩くことで心臓病や糖尿病から、精神・認知機能の改善まで、さまざまな健康上の効果が改善されることが示されています。しかし、ウォーカブルな地域に住むことが、本当にこのような恩恵をもたらすのでしょうか?
この研究では、ウォーカビリティと健康には統計的に有意な関係がある
リッグスさんとギルダーブルームさんによる別の研究(近日発表予定)では、2000年から2010年にかけてルイビルで行われた、ウォーカビリティが健康状態に与える影響を調査しています。この結果を得るために、彼らは住民10万人当たりの「潜在的生命喪失年数」という指標を用いました。
その結果、ウォーカビリティと健康には統計的に有意な関係があることがわかりました。この効果は、マイノリティや貧困層が最も集中している地域でさらに大きかったのです。彼らが指摘するように、「歩きにくく、住みにくい環境には真の『人的コスト』がかかる」というわけです。驚くべきことに、リッグスさんとギルダーブルームさんは、健康上の結果が所得と人種の両方と密接に関連していることを発見しました。所得と潜在的生命喪失年数の間には有意な負の関係があり、非白人居住者と死亡率の増加の間には非常に有意な正の関係がありました。
カンザス大学のアルツハイマー病センターの研究によれば、ウォーカブルな都市は認知機能にも良い影響を与えます。心理学者のアンバー・ワッツさんによる研究では、軽度のアルツハイマー病患者25人と認知障害のある高齢者39人を追跡調査したところ、道を曲がる回数が少ない「統合性」の高い地域に住んでいる人は、ベースラインとなる認知テストの成績が悪く、注意力や言語記憶力の低下が見られやすいと発見しました。逆に、各住所につながる道や通りの数が多い、連結性の高い場所に住んでいる人たちは、最初の認知テストの成績が良く、注意力や言語的記憶力の低下も少なかったのです。
連結性の空間マップです。赤で示された最もつながりの強い道は、多くの通りとつながっており、歩く人に多くの道の選択肢を与えています。ワッツさんの研究では、その場所の連結性と、高齢の住民の認知テストの成績の向上との間に関連性があることを発見しました。例えば、通りを心象地図のように描く能力などです
複雑な環境に住むには、より複雑な精神的プロセスが必要かもしれません。私たちの発見は、より複雑な精神的プロセスを必要とする近隣環境に住む人たちは、時間が経っても精神機能の低下が少ないということを示唆しています
とワッツさんは述べています。
より密集していて、よりウォーカブルな都市環境は、創造性を促すような社会的な相互作用や、より高いレベルの市民参加を促進するともいわれています。私の元カーネギー・メロン大学の学生で、アーバン・イノベーション・アナリシスのブライアン・クヌッセンさん、シカゴ大学のテリー・クラークさん、トロント大学のダニエル・シルバーさんが近々発表する研究では、アメリカ、カナダ、フランスを対象に、ウォーカビリティ、創造性、市民参加の関係を調査しています。研究者たちは、地域の密度、連結性、住宅、年齢の多様性、ウォーカビリティが、芸術の雇用や「社会運動組織」(SMO)と呼ばれるものの発生率に与える影響を調査しました。(SMOには、環境問題や人権問題を提唱するグループなどが含まれます)
芸術の中を歩くことは、新しい社会的・政治的な可能性に対する想像力を高めるようだ
彼らの発見は驚くべきもので、歩くことは、より高いレベルの芸術団体、創造性、市民参加と関連しています。実際、ウォーカビリティは、密集度や住宅年齢の多様性といった変数よりも、芸術や社会運動組織(SMO)と密接に関連しています。
研究者たちは、歩くことが創造性の強力な推進要因の一つであるとの結果を出しています。さらに、歩くことが創造性と市民参加とのつながりを強めることも発見しました。
歩くこと、芸術、社会運動活動はそれぞれ別のプロセスだけではなく、互いに高め合っています。芸術の中で歩くことが、新たな社会的・政治的な可能性に対する想像力を高め、単独で歩くよりも社会運動組織(SMO)の活動に活力を与えるようです。ウォーキングは重要ですが、すべてのウォーキングが同じわけではありません。芸術活動が盛んな地域でウォーキングをすると、SMOに与える影響はより大きくなります。
ウォーカビリティはもはや単なる理想ではありません。ウォーカブルな地域は、住宅価格を上昇させるだけでなく、犯罪を減らし、健康を改善し、創造性を刺激し、コミュニティへの市民参加を促進することが、多くの調査で証明されています。
リチャード・フロリダはトロント大学都市学部およびロットマン経営大学院の教授です。彼の著書には「The Rise of the Creative Class」と「The New Urban Crisis」があります。
翻訳を終えて
いかがでしたでしょうか。
リチャード・フロリダさんは、ジェイン・ジェイコブスの言説「密集地域や用途が混在する地域、ウォーカブルな地域が理想である」から始まり、自動車中心ではない、歩行者中心の、様々なウォーカビリティ研究が展開されていることを紹介してくれました。
中でも、住宅価格などの不動産価値への影響、健康、犯罪、芸術とウォーカビリティの関係について、様々な研究からその関係性を紹介してくれています。
国内では、経済性や賑わいが重視されてきていますが、歩くことは、認知症予防、肥満対策、生活習慣病などの健康面へのアプローチ、犯罪を減らし、芸術との関係性から創造性へとつながってきます。まさに、リチャード・フロリダのクリエイティブシティにもつながるでしょう。
そういったウォーカビリティやウォーカブルシティは国内で見ている視点よりもさらに広く、多角的に見られているのではないでしょうか。
この記事は、研究成果の紹介が多く、難しい面もあったかもしれません。それらのエッセンスから、みなさんのウォーカブルシティの視野が広がれば幸いです。