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ウォーカブルとは何か|ソトノバTABLE#37レポート

2020年6月、「都市再生特別措置法等の一部を改正する法律(令和2年法律第43号)」が成立、同年9月に施行され、日本国内で「居心地が良く歩きたくなるまちなか」が進められるようになりました。

成立から1年が経った2021年6月、「ウォーカブルとは何か」というトークイベントが開催されました。なぜいま、あらためて「ウォーカブルとは何か?」と問い直す必要があるのでしょうか。

ウォーカブル政策が生まれるきっかけとなった、国土交通省都市局の「都市の多様性とイノベーションの創出に関する懇談会」の委員であり、東京大学大学院特任助教の三浦詩乃さんと、ソトノバ共同代表で日本大学助教の泉山塁威によるトークで話された、上記の問い直しの理由と「ウォーカブル」の本質についてレポートします。


なぜいま「ウォーカブルとは何か」を問い直すか?

そもそも、なぜいま「ウォーカブルとは何か」と問い直す必要があるのでしょうか。

Googleの検索トレンドを見てみると、「walkable」というワードは、世界的には継続して議論されている様子がうかがえます。

スクリーンショット 2021-12-26 7.23.22「walkable」のトレンド検索結果(2010年12月〜2021年12月)

一方、日本における「ウォーカブル」は、上述した国土交通省都市局の「都市の多様性とイノベーションの創出に関する懇談会」が行われた2019年頃からようやく使われはじめたことがわかります。

スクリーンショット 2021-12-26 7.24.17「ウォーカブル」のトレンド検索結果(2010年12月〜2021年12月)

日本で使われはじめてからまだ日の浅い「ウォーカブル」という言葉は、日本各地でさまざまな意味で使われています。

ウォーカブルとは、歩きやすい環境を指す言葉なのか、歩きたくなる街を指す言葉なのか、あるいはパブリックスペースを活用するための手法として使われるのか。さまざまな検討が進められるなか、国レベルで「ウォーカブル政策」に取り組むために、明確な定義を行ったうえで、その可能性と課題を議論する必要があるのです。

今回レポートするソトノバTABLE#37「ウォーカブルとは何か?」では、三浦さんと泉山さんそれぞれのトークとディスカッションから、公開勉強会のようにウォーカブルについて議論されました。

ウォーカブルを再考するための3つの問い

イベントは、まず三浦さんのトークからスタートしました。都市デザイン、パブリックスペースのデザイン・マネジメントの研究を行う三浦さんは、「ウォーカビリティ再考」というタイトルで、街路空間の活用について話しました。

walkability(walk-ability)は、walk「歩く」ことの ability「能力」を指す言葉です。三浦さんは、この言葉を考えるにあたって、そもそも「歩く」ことが「測る対象」になっていることに着目します。それは、歩くこと自体に価値があると捉える視点に立つことを意味します。

そこで三浦さんは、次の3つの問いについて考えることで、ウォーカブルであること、歩くことの価値について再考することができるとして、順に解説されました。

1.どんな価値があるのだろう?
2.どんな空間だろう?(測り方)
3.どのように創ればいいだろうか?

スクリーンショット 2021-12-01 17.24.04ウォーカブルを再考するための3つの問い

ウォーカブルにはどんな価値があるか?

三浦さんはまず、世界で歩くことの価値がどのように発見されてきたかの歴史を紹介されました。大きく、18世紀の前後で、自然(18世紀以前)と都市(18世紀)に分かれるとします。

カントら哲学者は、自分との向き合いや思考、健康に価値を置き、散歩の普及につながります。他方で都市化が進むことで店舗が並ぶ街並みができ、遊歩の出現につながります。思考→健康→出会いという変遷から、市民が主役の社会における歩くことの価値の発見がなされてきました。

スクリーンショット 2021-12-01 10.44.47歩くことの価値の変遷

歩くことが測られる(walkableという言葉が使われる)ようになったのは、1980年代からだと説明されました。当時の「walkability」は、90年代の都市における「Livability」(住まいやすさ)の一部として扱われ、その背景には80年代の世界的な都市住民の増加、「市民社会」研究の進展などがあると話されました。

スクリーンショット 2021-12-01 10.45.03書籍内でのWalkable使用頻度(Googleのツールを用いて集計)

歩くこと自体は、昔から価値を認める人がいましたが、歩くことを普及すれば地域へさらに価値が波及していくのではないかという考えが、J.ジェイコブスらアメリカの研究者や実践者から生まれます。個人にとっての価値から社会的価値へつながる、という視点です。

そうした流れから、2000年代から歩行者空間や自転車空間をつくる都市が現れます。コロナ後に展開が加速していることも、三浦さんは指摘していました。

では、歩くことから地域へ価値を波及させるためには、どのようにすればいいのでしょうか。三浦さんは、「身近な住まいから」「空間が見出だせるところから」「人の集まる場所から」の3つのパターンで施策が考えられているといいます。

「身近な住まいから」では、住宅の周辺を変えるニューアーバニズムによる新規開発や、パリの「15 minute city」のように既成市街地をつくり変える取り組みがされています。

「空間が見いだせるところから」は、アメリカにおける「コンプリートストリート」の考え方で、自動車に依存した社会で、全ての交通手段ユーザーのための空間づくりを模索しています。

「人の集まる場所から」は、近年みられるストリートデザインの領域も含まれ、都心で歩いたり滞在して楽しい空間を体験してもらえるようにことから自らの住む地域の状況に関心をつなげることを検討しています。

スクリーンショット 2021-12-01 10.45.52歩くことの価値を地域に広げるための方法

国内のウォーカブル政策は、3つ目の「人の集まる場所から」考えようとしていると話されました。平面的な交通手段についての思考だけでなく、沿道空間まで断面でとらえた「居心地が良く歩きたくなるまちなか」形成へつなげようとされています。

日本では、規制緩和によりオープンカフェやほこみちなどが生まれ、それらを活かしながら自治体の自立的施策として中心市街地のエリアマネジメントなどが進んできました。他方で、Livability (暮らしらしさ)につなげるためには、一部エリアにとどめない展開が必要で、幅員が日本の街路でどう柔軟な道路占用許可基準を条例等で規定していくか、またそのガイドが必要だと、三浦さんは指摘しました。

ウォーカブルとはどんな空間だろうか?

つづいて、2つ目の問いとして、ウォーカブルの空間性、その測り方についてお話されました。

過去取り組まれてきたウォーカブルへの研究や取り組みは、経路=Linkとしての歩きやすさ、目的地までのアクセスをいかに安全に行えるかについてのものが多くありました。一方で、歩きやすさだけでなく、歩く選択をひきだす需要を生みだすにはどうすればいいかという視点から、目的地を魅力的に、近くに、多く設けるような取り組みが、都市計画などの分野で行われてきました。

スクリーンショット 2021-12-01 10.46.55ウォーカブルの空間性の変遷、フェーズ1・2(上部2点)からフェーズ3(下部)へ

これらをフェーズ1から2への変遷だとすると、3つ目の考え方として、経路周辺の環境があると、三浦さんはいいます。プレイスメイキング的な視点から、経路自体の魅力から沿道やほかの道へのつながり、想定していなかった目的地が生まれ、目的地が増えたり変わったりする。結果として、ウォーカビリティが高まる、という考え方です。

こうした考え方は、ゆっくりと移動し、気分にしたがって行動を変更する柔軟さをもっている歩行者ならではの視点だと、三浦さんは話されました。また、既存のウォーカブル評価指標も、この3つの視点をもっていると指摘されました。

ウォーカブルな環境はどのように創ればいいだろうか?

最後に、3つ目の問いとして、ウォーカブルな空間のつくり方についてお話されました。

そのヒントとして、アメリカの「コンプリートストリート」の失敗があると、三浦さんはいいます。コンプリートストリートは、「すべての移動手段のための空間」をつくるという視点ですが、車は重要なアクセス手段と捉えられている地域では結局車優先の議論になってしまう

これを見直すには、強く優先順位の変更を訴える必要があります。似たような意見として、パークレット社会実験の批判報道があったと話されました。現状で車中心だった空間に対して、路上での歩行安全性や今いる歩行者を大事にして居心地を高める空間づくりを試すものでしたが、車を使う人の目線に重点をおいた評価、たいしてパークレットの利用者が多くない、車の渋滞が起きたなどという批判でした。世論のコンセンサスとしてウォーカブルに対しての「当たり前」をつくらないと、面白い取り組みをしても足を引っ張られるような事態が各自治体で起きてしまうのではないかと指摘しました。

ウォーカブルを大胆に進めるためには、今後の車両の機能進化も含めて「道の円滑性」(移動をスピーディに行えること)の指標を見直す必要があると話されました。スローにできれば、安全性も高まり、歩車共存も歩行者天国も可能になります。

これまでは自動車のピーク時に問題を起こさないために道路がつくられてきましたが、24時間の利用を包括的に考える必要があります。つまり、時間の価値を見直すことから、ロードデザインがストリートデザインへと変わり、ウォーカビリティの再考へつながる、一人ひとりの生活の変化からウォーカブルを考える必要があるとまとめられました。

ウォーカブルの海外トレンド

泉山さんからは、海外と国内、それぞれのウォーカブルに関連した動きについて報告されました。

2021年、フランスのシャンゼリゼ通りが歩行者中心のストリートに変えていくと発表しました。シャンゼリゼ通りはオープンカフェのイメージが強いですが、意外と車道が広い道路です。この道路の街路整理を行い、歩行者のための空間にデザインするといった内容です。

この発表のなかで、車から人へ、という流れのなかに、市民農園が項目として入っています。これは、

1)車から歩行者中心の空間整備という流れと同時に、2)観光客を中心にしたまちづくりから市民を中心にしたLivable City(住みやすい都市)へという風潮があるのではないか。また、3)車を減らすことでCO2を削減し地球環境に配慮することも加え、これら3点が世界的な潮流としてあるのではないかと話されました。

スクリーンショット 2021-12-01 12.06.11シャンゼリゼ通りの空間整備から考えるウォーカブルの世界的トレンド

日本のウォーカブルの流れ

つづいて、日本国内のウォーカブルの流れについてお話されました。この10年でパブリックスペースの活用が規制緩和とともに盛んで、東京だけでなく地方都市でも社会実験や道路整備がされています。そのなかで、ウォーカブルという言葉が使われるようになりました。

国交省の規制緩和が進められ、この10年でパブリックスペース活用が進んできたなかで、キーワードとして2020年に「居心地がよく歩きたくなるまちなか」が出てきました。このなかに「ウォーカブル」が使われています。こうした流れで見ると、ウォーカブルという言葉が唐突に現れたような印象を持ちます。パブリックスペース活用なのかウォーカブルなのか、明確な違いが見えにくいと泉山さんはいいます。

また、同時期に道路局から歩行者利便増進道路(ほこみち)が政策として打ち出され、ウォーカブル政策との一体的な促進が進められようとしています。2020年を境に、歩行者中心のストリートへの政策転換をしているのではないかと指摘されました。

スクリーンショット 2021-12-01 16.26.25ウォーカブル政策における「居心地がよく歩きたくなるまちなか」とは

一般に、Walkable=歩くことができる、Walkable City=歩きたくなるまちなか、というように捉えられますが、「居心地が良く歩きたくなるまちなか」を考えるには、Walkableに「Place」の概念が加わる必要があるのではないかと、泉山さんはいいます。都市再生特別措置法の条文に「滞在快適性等の向上」と述べられいて、「居心地が良く歩きたくなる」という概念は、法では「滞在快適性等の向上」という言葉で定義されています。「滞在快適性」には「居心地がよくなる」という思考が強いのではないかと想定されますが、ウォーカブル政策は国交省の政策なのでハードに落ちてきて、歩きたくなる空間の創出がアウトプットになっているため、パブリックスペース活用との違いがわかりにくいのではないかと指摘されました。

ウォーカブル政策のツールとしては、民有地の活用、公有地の活用などがありますが、大きなポイントとして駐車場出入口の設置制限等への言及があると話されました。ウォーカブル活用には、駐車場の位置がネックになるため、長期的に見た際に、駐車場の適正配置や交通戦略などと連動させてウォーカブル空間をつくることが重要です。

ウォーカブル政策は2020年にはじまったばかりなので、まだ大きな成果は出ていませんが、都市再生整備計画に「滞在快適性等向上区域」を位置づけて具体的に動き始めている自治体が2021年7月時点で52自治体あります。中身を見ると、ウォーカブルエリアの整備範囲を自治体ごとに決めているため、各自治体がどう区域設定しているかは重要だと指摘されました。

「居心地よく歩きたくなるまちなか」を生みだすにあたって、都市再生特別措置法、税制、予算は手段であるので、ウォーカブルな街を自治体がどうつくるかという思想こそが重要なのではないかと、泉山さんは指摘します。現在邦訳が進んでいるという、ウォーカブルについて書かれた書籍『Walkable City Rules』で取り上げられている項目は101あり、そのうち66が交通に関するものだと紹介され、ウォーカブル=パブリックスペース活用と捉えると誤読を生む可能性があるのではないか、新たにウォーカブルをはじめなら交通政策とセットに考えるべきだと指摘されました。

海外のウォーカブル政策の事例

アメリカ都市は車社会ですが、日本の都市は公共交通が中心(TOD)になり、他方で地方都市では車社会になります。都市ごとにシチュエーションが違うので、それぞれの事例について考察することが重要になります。

メルボルンは「Laneway」が代表されるようが、交通戦略では道路ごとに速度制限を設け、ウォーキングプランでは歩行者優先エリアのストリートを規定して、道路と歩行者中心の道路を明確に塗り分けています。ウォーカブルストリートも5種類に分けていて、公共交通が発達したストリートや、人の居場所としてのストリートなど、ウォーカブルなストリートと一言でいっても、多様な捉え方があると紹介されました。

スクリーンショット 2021-12-01 16.48.29のコピーメルボルンでは交通戦略により、道路ごとに速度制限が設けられている

他方で、主にパリで議論されている「15 minute city」では、「職場」が15分圏外にあるので、通勤の捉え方が変わってくるだろうとお話され、自転車やeスクーターなどのパーソナルモビリティが発達し、歩行だけに注目するのでは足りない状況になるのではないかと指摘されました。

スクリーンショット 2021-12-01 16.51.37「15minute city」の概念図

「居心地よく歩きたくなるまちなか」を生みだすために

トーク後のディスカッションと質疑では、日本とメルボルンの都市構造の違いへの着目や、日本のウォーカブル政策が行政主体であることの背景などについて議論されました。

「歩く」という人の行動からまちを考えるとき、三浦さんが時間の捉え方の再考をうながしていたように、まちで人がどのように過ごすか、そのときに街路をはじめとしたまちを構成する要素がどのようにあるべきか、という議論が必要なのだと思います。泉山さんはディスカッションのなかで、日本のウォーカブルな取り組みは商業を中心としたものが多いと指摘されていましたが、その一方で、まちで時間を過ごす私たち自身が「ウォーカブル」であることをどのように捉えるか、どのような状態を「居心地がよい」と感じるかを考え、実践することも求められているのだと感じました。

まだ議論しはじめられたばかりの「ウォーカブル」。今後もさまざまな議論の展開が期待されます。

グラフィックレコーディング:古谷栞

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