レポート
プレイスメイカーに聞く!梶原伸介さん|クラフトビール店を営み姫路の大通りを変える
ソトを居場所に、イイバショに!
ソトノバが掲げるこのコンセプトを体現するために欠かせないのが「プレイスメイキング」という概念および手法です。その実践者であるプレイスメイカーが、全国各地に魅力的な場を生み出していますが、そのあり方は実に多種多様。そこで、日本のプレイスメイキングの現在地を可視化しようと、先進的なプレイスメイカーを紹介する連載を始めました。
兵庫県姫路市のシンボルロード「大手前通り」(姫路市道幹第1号線)は、JR姫路駅から姫路城に抜ける全長約800mの道路。
この通りをきっかけに、まちを明るくするチャレンジを続けている人たちがいます。
その一人が、大手前通りに面するクラフトビール専門店とレストラン『CRAFT BEER & RESTAURANT KOGANE(コガネ)』を営む梶原伸介さん。
お店を運営しながら、目の前の幅広い歩道に特徴的なストリートファニチャーを設置し、公道とは思えないようなワクワクする「プレイス」を生み出しています。
梶原さんがどのようにまちに関わり始め、何を感じて、お店のオープンにいたったのか、そのストーリーと思いをお聞きしました。
<プロフィール>
梶原伸介(かじわらのぶゆき)さん
1976年、兵庫県神戸市生まれ、一級建築士。合同会社hyphen代表社員、はりま家守舎株式会社代表取締役、コガネブリュワリー株式会社代表取締役。一般社団法人コワーキングスペース協会理事、国立明石工業高等専門学校非常勤講師。コワーキングスペースmocco姫路/加古川を運営。建築を軸に据えながら、コミュニティを地域で育てつつ、まちをおもしろくしていく活動を行っている。
Contents
事務所をまちに開いたコワーキングスペース
— 出身は兵庫県神戸市だそうですね。
梶原さん:
はい、中学のとき姫路市へ移って来たんです。兵庫県ってエリアによって文化が違っていて、姫路市は「やんちゃ」なところもあるんですよ。特に海沿いの地域は祭り文化が盛んで、秋祭りのために年に1回、市外へ出ている人たちが帰ってくるほど祭りが好きな人が多いんです。実は、10代の頃はそんな姫路市があまり好きではなくて、「早く出たいな」と思っていましたね。中高の6年間を過ごしてから、近畿大学へ進んで大阪へ出たんですけど、製薬会社に就職したら営業部へ配属され、姫路市へ帰ることになって。ちょうどその頃、以前から抱いていた「建築に携わりたい」という気持ちが日に日に強くなり、ついに3年半で会社を辞め、また大阪に行き、夜間の建築専門学校で建築の勉強をしました。
— 少し遅めの、セカンドキャリアのスタートだったのですね。
梶原さんがまちに深く関わるきっかけとなった『mocco姫路』(『mocco姫路』ウェブサイトより)梶原さん:
大阪で27歳から10年ほど建築の仕事をしていたんですが、父から「ある程度したら姫路に帰ってきてほしい」と言われていたので、2012年に30代半ばでUターンしたんです。独立して設計事務所(合同会社hyphen)をつくりました。
長いこと大阪にいて姫路市には友達がいなかったので、人とのつながりが欲しいなと思い、市内のバーによく足を運んでいました。そんななかで知ったのが、コワーキングスペースです。設計事務所での仕事は人間関係が閉じがちで、同じ業界の人とばかり知り合います。「おもしろそう! コワーキングスペースがあれば、事務所をもっと開いていろいろできるんちゃうか」と考えたんです。
すぐにやりたくなって調べまくり、周囲に「コワーキングスペースをやりたいです」と言いまくっていたら、物件を貸してくださる方が現れ、2013年5月からコワーキングスペース『mocco姫路』を始めました。
当時はコワーキングと言っても知っている人がほとんどいない状況で、カフェと間違えられることも多くて。お客さんが誰も来ない日もあったので、毎週イベントを開催したりして、本当に楽しい仕事になりました。
道路をテラス席として活用することに可能性を感じた
— 『mocco姫路』を始めたことが、その後の活動につながっていったのですか?
梶原さん:
そうですね。姫路市は十数年前から、大手前通りを歩いて楽しい道にするための取り組みをしていたんです。以前は、僕も高校時代によく通っていましたけど、テラコッタ(素焼きのタイル)でツルツルの道だったんですよ。滑りやすいし、人と自転車が通るところが分離されていなくて、危なかったんです。2019年に舗装されてきれいになったんですが、若い人や外国人観光客にとって魅力的なお店が少なく、ほかの目的地に行くために、ただ通り過ぎる道という印象でした。
2018年に大手前通りの利活用推進計画のプロポーザルがあると聞いて、大阪を拠点とする都市デザイン事務所『有限会社ハートビートプラン』さんと、2019年から都市計画を始めることになったんです。僕は地元のコーディネーターのような立場で、僕が代表として新たに設立した『はりま家守舎株式会社』として参加しました。
— 参加した理由は何だったのですか?
社会実験「ミチミチ」で設置されたやぐら型のファニチャー(梶原さん提供) 社会実験「ミチミチ」開催時の様子(梶原さん提供) 学生とコラボして仮設したファニチャー梶原さん:
実は当時、僕は規模が大きな都市計画なんて全然分からないし、プレイスメイキングという言葉も初めて知った状況で(笑)。それでも参加したのは、「これは『やれ』ってことやな」と思ったからです。自分で10年後とかの計画をつくって実行するというより、流れやご縁があって、それに乗るうちに先の展開が次々に見えてくるパターンが多かったんですよね。それに、大手前通りに仕事で関わる機会はそうそうないとも思い、「多少門外漢やけど、行くか!」って。
2019年から社会実験「ミチミチ」として、マルシェやワークショップなどを企画・開催しました。飲食店の前にテーブルを設置すると滞在時間が伸びたというデータが出て、道路をテラス席として活用することに可能性を感じたんです。そこで、座ってくつろげる大型のファニチャーや、茶の間のように過ごせるやぐら型のファニチャー、子どもが安全に過ごせる芝生を敷いたファニチャーなどを設置しました。
ファニチャーの一部は学生とのコラボ作品で、デザインは明石工業高等専門学校、制作は神戸芸術工科大学の学生が担当。学生とのコラボは楽しかったですね。参加したある学生は「ランドスケープがおもしろい」と感じたらしくて、そういう会社に就職したんですよ。学生にそういう機会を提供できるのは、公共空間のいいところだと思います。
大手前通りを「目的地」としてのストリートにしたい
— こうした社会実験を経て姫路市は、2020年の道路法改正で創設された「歩行者利便増進道路(通称=ほこみち)制度」をまちづくりに活用しようと、2021年に大手前通りを全国で初めて「ほこみち」に指定しましたね。道路占用許可や道路使用許可を柔軟に認める制度で、占用事業者に選定されれば、オープンカフェなどを開設できます。この制度によって、大手前通りの歩道のところどころにストリートファニチャーやテラス席が常設されていますね。
『KOGANE』の前の大手前通りに設置された、個性的なストリートファニチャー 店頭の看板に書かれた「姫路の未来をよくするビール」梶原さん:
はい、『CRAFT BEER & RESTAURANT KOGANE(コガネ)』をオープンした理由の1つは、「ほこみち」の沿道活用のモデルをつくろうと思ったことです。
社会実験で手応えを感じると同時に、僕のなかに「沿道に関わりがなかったので、僕自身が活用の当事者にはなり得ない。沿道で何かをしたい」という課題と思いが出てきて、イベントの一時利用だけではなく、日常的に沿道の空間を使う事業者を増やそうと考えました。大手前通りを、日々人が楽しめる「目的地」としてのストリートにしたい。2022年2月、そんな思いで大手前通り沿いに『KOGANE』をオープンしました。
— 冬ですが、今日(週末)もお昼から多くのお客さんで賑わっていますね。
大手前通りに対する『KOGANE』の関わりが描かれた店内のドローイング 店内で醸造されたクラフトビールも提供されるタップ梶原さん:
大通りですし、やはりストリートファニチャーもあると目立つので、集客面でビジネスの可能性を感じています。運営では、ビールやお店の空間づくりを共に行っている仲間たちはもちろん、多くのお客さんにも支えられています。開店した年にクラウドファンディングも行い、681人の方から12,485,703円をご支援いただきました。
ちなみに、2019年から5年計画で始まった姫路市の都市計画には受託者側に入ってやってきましたが、今はボランティアで関わっています。姫路市の仕事を受注しながら、姫路市の仕事に絡んだビジネスをするのはいやだなと感じてお断りして、お店のオープン以降はボランティアです。
佇む人たちが思い思いに過ごせる居場所が「プレイス」
— 梶原さんが大手前通りに関わり始めた2019年頃と比べると、まちの景色や人の様子が変わってきましたか?
日中にはストリートファニチャーで子どもが遊んでいく光景も珍しくないそう梶原さん:
ストリートファニチャーが、大手前通りに馴染んできている気がします。特に季節がいい春や秋には、地元の方が犬の散歩の途中で寄ったりするなど、日常的な使い方をする人が増えました。「ほこみち」という言葉も浸透してきていますし、道路に対する関心が昔より少し高まっていると感じます。
社会実験のときに関わってくれた人たちが、就職などを経て、またこの通りに帰ってきてくれるケースも出てきています。そういう意味ではこのエリア全体が「プレイス」になっているのかもしれません。ただの空間であるスペースと、プレイスは違うんですよね。僕にとってプレイスとは、自分を地域につなぐことができ、そこに佇む人たちが思い思いに過ごせる居場所。それをつくっていくことが僕の仕事の1つになっています。
— 歴史あるまちの第一線に継続して関わっていくのは、きっと大変なこともありますよね。
苦労話に触れながらも、明るい笑顔で目標を語る梶原さん梶原さん:
この約5年の間に、いろいろな波は何回もありました。正直に言えば、自分が何かを「やるか!」となっても思い通りにならないこともあるので、気持ちが折れてシュンとすることの繰り返しです(苦笑)。それでもここまでこれたのは、「どうせ姫路におるんやったら、楽しくしたいな」という思いと、負けず嫌いだから、ですかね。
ちょっとずつトライ&エラーを積み重ねていくのは意外と好きなんです。「積み重ねんと、何もならん。根を張ろう」と。飛び道具ばかり使っていても、しょうがないですから。うち(KOGANE)がだめになってしまったらこの通りは今後どうなるんだろうという危機感もありますし、支えてくれる人がいっぱいいるので、スタッフの生活も守りたいし、お返しもしたいんです。
建築に関わる人間としての思いもあります。建築業界は徒弟制が多く、ピラミッド構造なところがあります。だけどそういうのが僕はけっこう苦手で、「建築業界で自分がどの立場にいたら一番おもろいのかな」って、ずっと探し続けていたんですよ。自分の立ち位置を微修正しながら、何者になりたいのかを探し続けていました。
だから大手前通りの話を聞いたときに「やるか!」って思えたのは、「そこのポジションだったら、僕自身が楽しめるし、唯一無二の建築家像を追求できる気がする」と直感したからです。とはいえ、今は『KOGANE』の仕事が忙しいのでこちらに集中していています。建築の仕事はまたいつでもできると思っていますから。
根を張ると、自分の目線や言えること・できることが変わる
— 今の目標は何ですか?
梶原さん:
理解ある仲間を大切にしながら、『KOGANE』で良い商品や場をつくり、提供し続けていくことです。資本力を高めて体力をつけ、ストリートの質を高めることにちゃんと投資していこうと考えています。パブリックスペースの運営と『KOGANE』のビジネスを、ちゃんとセットにしていきたいです。
個人的には、『KOGANE』の隣にある空き地で何かできたらとも考えています。沿道のファニチャーで小休止はできますけど、もう少し時間をゆっくり使える場が他に欲しいなと。「私もお店をやりたい」と言ってくれている人も数人出てきて、2024年中に新店舗が近隣にできそうな予感がしています。いい動きになってきていますよね。
あとは50代に近づく僕の世代交代も考えていかな、と。うちのスタッフが外に出ていけるような仕掛けをつくりたいんです。「ここ自由に使えるから、いろんな人たちを呼んでイベントとかしていいよ」と声をかけ、スタッフがいろいろな人とつながれるような取り組みも始めています。
— 地域で活動している人、しようとしている人へのメッセージをお願いします。
梶原さん:
僕は自分でお店をやることで、自分の肝が据わったところがあるんですよ。1つ根を張ることで、自分の目線が変わり、言えること・できることも変わってきます。自分のやりたい場所で、やりたいことをするのが一番いいですよ。
— ご活動、応援しています。今日はありがとうございました。
『KOGANE』で販売される10/1(テンパーワン)シリーズのビールは、販売額の10分の1がストリートの管理運営に還元される仕組みお話を聞いて
さまざまな人が活動を試す社会実験のフェーズから、常設的なストリートの活用とマネジメントに進んでいる大手前通り。その持続発展のために最前線で奮闘する梶原さんからは、気さくな人柄と親しみやすい笑顔の中にも、お店を持って「肝が据わった」という強い想いを感じました。梶原さんの例を通して、フェーズの変化とともに、プレイスメイカーとしての立場や目線が変わっていったという点はとても印象的でした。
また、建築家という職能を身につけながら、その業界の枠にとどまろうとしない梶原さんのスタイルに、「プレイスメイカーらしさ」の一端があるように感じられました。固定的なやり方からはみ出して新しいチャレンジに踏み出してきたからこそ、新しいストリートの景色を生むことができたのではないでしょうか。
その一方で、特定の一人だけがリードし続けるのではなく、次の世代につないでいくことを意識している梶原さん。これからも続く大手前通りのプレイスメイキングにおいて、梶原さんが張った根からどのように場所や人が育っていくのか、楽しみです。
話し手:梶原伸介さん
聞き手:田村康一郎(一般社団法人ソトノバ)、小久保よしの
写真:田村康一郎(一般社団法人ソトノバ)
執筆:小久保よしの
インタビューは2024年2月3日、KOGANEにて実施
本記事は、官民連携まちなか再生推進事業(普及啓発事業)のPlacemaking Japanの活動・支援により公開します。