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ディビッド・シムさんと探る地上3メートルの景観と快適性

世界的に有名な建築家でアーバンデザイナーでもあるディビッド・シムさん(David Sim)は日本の街並みに熱い視線を送っています。

2023年2月に小泉隆さん(九州産業大学教授)との共著「北欧のパブリックスペース 街のアクティビティを豊かにするデザイン」を上梓し、北欧のまちづくりを通して日本のまちについての考察をしてみせたシムさんが3月下旬に来日し、その際に話を聞くことができました。

本稿では、シムさんとの対話を通して、日本のまちづくりや景観、まちを使いこなすためのヒントなどをお伝えします。

なお、この企画は、特定非営利活動法人景観デザイン支援機構(TDA)と共同で実施し、TDAの理事であり、芝浦工業大学教授の鈴木俊治さん、および同大環境設計研究室の協力をいただきました。

TDAが発行する機関誌「景観文化」(Vol.59)にもシムさんとの対話の様子が掲載されていますので、あわせてご覧ください。

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シムさんが見る日本のまち

このインタビューは2023年3月20日、東京・神楽坂にある新宿区立白銀公園で行われました。桜の咲く明るく暖かな公園の一角に、シムさんと鈴木さん、芝浦工業大学の学生たちが陣取り、対話する形式で和やかに進みました。

神楽坂の持つ独特の風情や歴史を感じる街並みや路地、公園で若い人と対話するという雰囲気がシムさんの目にはどう映ったのでしょうか。

シムさんは日本滞在の折には頻繁に神楽坂を訪れているそうです。この日も、メインの神楽坂通りを通った際には、沿道のお店を飽きることなく楽しそうに観察していました。

本稿の筆者は、シムさんの2冊の著作をソトノバにおいてレビューしました。

これらの書籍に通底するシムさんのまちづくりに対する基本的なスタンスは、都市スケールを人間に合わせる、歩行者優先、公共空間の拡大や活性化といった「ウェルビーイング=生活者の健康や幸福度」の向上であることが明確に示されています。

実際に神楽坂通りを歩くシムさんは、青果店の前で足を止め、果物の香りを確かめたり、オープンテラスでコーヒーを飲む人を観察したりしていました。

シムさんはこのような神楽坂の風景を

まちを歩くことは、美的好奇心の満足といってもいいですが、私はそれをもっと広く、官能的な経験と言いたい。 神楽坂通りには青果店や八百屋があって、それは洗練されている店ではないかもしれませんが、とても素敵です。果物のよい香りがするし、通りに面していて、店はきれいではないかもしれませんが、商品がとても素敵に映ります。

52857921378_0fda9d934a_o鈴木さん(左)、シムさん(中央)、芝浦工業大学の学生たち(奥)

なぜ神楽坂を評価するのか

シムさんが神楽坂の街並みを評価する理由の一つとして、非常にヒューマンスケールな建築ファサードで構成されていることが挙げられます。

重要なものは、歩いているときの目線でとらえられる、地上3メートルまでの部分にあります。店のウインドウや商品、カフェの家具など、この範囲にあるものはすべて重要です。

建物の2階で何が起こっているかはそれほど重要ではありません。 一般的に言って、雑踏の中を歩く際は足元を見ていることが多く、上を見上げて歩くことはありません。人の普遍的な行動を理解するためには、歩くことから始めるのがよいと思います。

IMG_3159神楽坂を歩くシムさん(黄色いバッグ)と鈴木さん(右)、ソトノバメンバーの矢野拓洋さん(左)

もちろん、建築ファサードの上層部までデザインされて、手入れが行き届いていればよいのでしょうが、たとえそうであっても、気が付きにくいので効果は大きくないということなのでしょう。シムさんはこの「上を向いて歩かない」ことは、人間の本能的な行動だと説明していました。つまり、遠い過去、道は舗装されておらず、穴があったり、蛇がいたりして危険だった。それが、人間が上を見ながら歩けない理由だ、と。

真実かどうかはわかりませんが、少なくとも現代社会、特に都会では、上を見ながら歩くとほかの人とぶつかってしまいますね。

身近な範囲を整えよう

しかし、シムさんが地上3メートルまでを整えようと言っているのは、「目につきやすいから」という理由だけではありません。

私たちが街並みについて考えるとき、地上3メートルまでにあるものは私たちの身体に近いわけですから、嗅覚や触覚にも影響があります。

つまり、近くにあるものは、何であれ、重要なのです。

自分のすぐ近くにあるものは、とてもよく整えられていますよね。だれでも自分の近くにあるものはよく世話をするでしょう?それはたいへんな強みだと思うんです。だから、いつも使うテーブルは清潔に保たれ、小さな花が飾られたりして、あらゆる部分が細かく丁寧に整えられるんです。

つまり、まちの中で起こっていることを自分ごととして理解するために、身近な範囲に目を向けようと言っています。自分ごととしてまちを眺めれば、愛着も沸くし、自分とまちの関係性もよくなっていきます。

筆者は、まちは行政やアーバンデザイナーがつくるものではなく、そこに住む人や訪れる人の手で成長・熟成し、育っていくものだ、ということを述べているのだと理解しました。

シムさんの新刊では、北欧の街並みが多数紹介されていますが、これらの事例は北欧の歴史や文化に根差すもので、日本の私たちにとっては、表面的なデザインを真似することはできても、そのマインドまでは簡単には真似できません。しかし、まちを自分ごととして考えることは、北欧でも日本でも、もっともローカライズされたまちづくりの手法として評価されるべきです。

自分の「近く」を整えよう、というのは、必ずしも新鮮な考え方というわけではありませんが、普遍的で温かみのあるユニークな考え方だと言えるでしょう。これからのまちづくりにも大いに生かしていきたいと感じました。

IMG_3125手元にメモをつくりながら丁寧に対話を積み上げていきます

まだまだ終わらないシム講義

公園内での対話を終え、みんなで昼食に向かう道すがらでも、シムさんのアドバイスは止まりません。シムさんにとっては、まち全体が教材なのです。

IMG_3158_editedまちなかで学生たちに解説をするシムさん

シムさんは、左官職人がつくりあげた店舗のファサードと工業製品で組み上げられた住宅の外壁を比較してみたかと思えば、飲食店の厨房が窓越しに見えることで商売自体がまちのアクティビティとなり、店舗とまちが互いの魅力を共有しながら溶け合っている様子にも関心を向けていました。店舗ファサードを「建物の外壁」ととらえず、街並みと人々の営みとの「あいまいな境界線」としてとらえている視点が非常にユニークでした。

さらに昼食を食べた店の座敷でも、学生たちに実例に基づくレクチャーをするなど、熱心に指導と意見交換をしていました。シムさんはスウェーデンの大学で教鞭を執ったこともあるそうなので、このような若い世代との交流を望んでいたのかもしれません。

IMG_3160この熱意には頭が下がります

シムさんはまちの景観や快適性は手の届く範囲にあると話します。もちろん、根本的な安心・安全を前提として考えなければなりませんが、それでもやはり、まちはそこに住む人や訪れる人が作り上げていくものなのでしょう。

都市は建築の一部ではありません。それはプロセスであり、絶えず変化しています。都会での生活はすべての混合物であり、誰もが利害関係者なのです。

神楽坂は毎日5万人が通りを歩いています。車に乗っている人の10倍です。車に乗っている人々は、止まらず、何も費やしません。

と語ったシムさん。手の届く範囲でスローな変化を始めることが、街の景観や快適性を向上させる手段なのだと感じました。

シムさんとの対話は2時間にもおよび、話題も多岐にわたったため、本稿ですべてお伝えすることはできません。TDAの機関紙である「景観文化」には、違う視点からの記事が掲載されていますので、そちらもぜひご覧ください。

All Photos by NAKANO Ryo

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