ソトノバTABLE
ポートランドに学ぶウォーカブルシティ形成手法│ソトノバTABLE#45レポート

コロナ禍によって都市や社会の姿が大きく変化しています。それに伴い、人々は以前に増して人間中心の生活を志向するようになり、都市はそれに呼応するように都市の魅力向上を打ち出しています。
その手法の一つとして注目されているのが「ウォーカブルシティ」です。
日本でも2020年のまちなかウォーカブル推進プログラム制定以降、居心地が良く歩きたくなるまちなか創出に向けて、まちなかウォーカブル区域指定の自治体が主導する取り組みが進んでいます。
また、ソトノバでは2023年6月30日に、日本における「ウォーカブルシティの姿」を考える機会として、「ウォーカブルシティ・国際シンポジウム2023」を開催しました。
今回のソトノバTABLE#45では、山口大学で米国オレゴン州のポートランド市の都市施策を研究する宋 俊煥さんをゲストに迎え、「ポートランドに学ぶウォーカブルシティ形成手法」をテーマに、日本のウォーカブル推進に向け、既存の制度の活用法や、まちづくりに関わる組織間の連携について議論しました。
ソトノバからは、泉山塁威さん(日本大学理工学部建築学科 准教授/ソトノバ 共同代表理事)と森本 あんなさん(日本大学大学院理工学研究科建築学専攻(当時))が登壇し、先進事例から学ぶ日本らしいウォーカブルシティのあり方について意見交換をしました。
Cover Photo by sotonoba
Contents
ポートランドにおけるウォーカブル政策、4つの視点
今回のゲストである宋 俊煥さんは、山口大学大学院創成科学研究科建築学コースの准教授として、建築をベースにしながら、都市計画や都市デザイン、エリアマネジメントに携わっています。
宋さんは大学院生だった頃からポートランドの魅力に惹かれて、毎年のように通い詰め、研究を重ねてきたそうです。
宋さんはポートランドにおけるウォーカブル政策を次の4つの視点から解説しました。
- 公共交通システムとウォーカブル
- コンパクトシティ政策とウォーカブル
- 市民参加の特徴
- 近年の動き

移動だけじゃない。ウォーカブルを支えるポートランドの公共交通
ポートランドの交通システムは5つの公共交通で構成されています。MAXライトレール、トライメットバス、路面電車(Street car)、自転車専用道路、ケーブルカー(Portland Aerial Tram)といった、移動速度や移動範囲の異なる交通機関が連携し、市民の移動を支えています。
トライメットバスやケーブルカーには自転車を持ち込めますし、路面電車が完成したことによって、まちの骨格が見えるようになり、安心感につながっています。

路面電車はポートランド州立大学(PSU)のキャンパスの入り口を突っ切るような形で走っていて、公共交通が身近なところに存在している、非常によい風景も見られます。
このことによって、道路空間や公共交通と沿道が一体的な空間となって、いるポートランドのまちの空気感を生み出しています。

さらに、ポートランドの特徴として街区の大きさがあります。ポートランドの街区は全米一小さいといわれていて、60m×60mが標準的な大きさです。ニューヨーク市では220m×100mくらいであることを考えると、とてもコンパクトな街区になっています。ジェイン・ジェイコブズが示した都市的多様性を生成する条件にも、「街区は短くなければならない」とあり、街区が長く先が見通しづらいほど、人々は歩く気がなくなるという問題があります。
偶然かもしれませんが、ポートランドは歩きやすい街区を持っていたのですね。
街区を小さく保った上で、さまざまな速度の公共交通がうまく連携し、システム化されていくと、やっぱり歩きやすくなっていくのだろうと思います。
この交通システムを差支えているのがメトロ(Metro)という組織です。
メトロは、オレゴン州特有の広域地方政府組織として州と市をつなぐ中間組織で、市域だけでは解決できない広域連携を実現しています。

メトロは、単に公共交通システムを管理するだけではなく、都市機能の全体最適化や地域経済活性化のための施策、都市開発や利用促進のためのデザインガイドライン策定などを行っています。
スプロールを止めて、コンパクトに住もう
メトロは州よりも小さく、市よりも広範囲で公共サービスを提供していますが、その中でまちづくりに大きく寄与するのが、TOD Program(公共交通指向型開発事業)です。TODは、公共交通機関を充実させることによって、自動車に依存しない都市開発手法です。
メトロでは都市成長境界線(UGB=Urban Growth Boundary)を設定し、境界線の外側では開発を制限しています。こうすることで、市街地をコンパクト化して中心部をTODによって開発していきます。

このようにして成立したセントラルシティやリージョナルセンターを優先して開発し、全体の人口密度を管理しています。
民間デベロッパーが駅周辺を開発する際にも、メトロがアドバイスや補助金などの支援、あるいはインセンティブを提示して、人口密度を高める開発を促しているようです。
一方で、市民に対しても都市政策への参加を促し、コンパクトに住むことを目指しています。
それが「20分圏ネイバーフッド」です。
20分圏ネイバーフッドのほうが、パリの15分都市よりも少し先に登場したようですが、大きな違いは、20分圏ネイバーフッドが行政発案なのに対し、15分都市は大学の先生の提案を市長が公約に取り込んだという点です。
これはポートランド独自のコンセプトで、「自転車で20分で行ける範囲」で日常的なサービスへアクセスできることを目指しています。ここで特徴的なのは、「徒歩20分」ではなく「自転車20分」という点です。この施策を推進するためには、自転車道の整備も不可欠です。

スライドに示すような7項目の評価指標の整備の8割以上が充足されると「コンプリートネイバーフッド」と認められます。ポートランドでは市域の多くが認定されるように整備を進めています。
アメリカの賃貸物件情報サイトなどでは、このような指標による「住みやすさ」が掲載されているケースがあります。
歩いてさまざまなサービスにアクセスできるか、いかに歩きやすいかということが家賃に直結しています。
一方で、コンプリートネイバーフッドになって、地域の質が上がっていくと、それに伴って家賃や資産価値が上がり、低所得者層や人種的マイノリティなどが住めなくなって出て行ってしまうジェントリフィケーションも引き起こしてしまいます。
行政としては、丁寧にコンプリートネイバーフッドを目指す一方、そうした問題にいかに対処するかも考えながら少しずつ進めています。
若い人ほど参加する。NAってなんだ?
このようにコンパクトに住むためには、UGBを守り、無秩序なスプロールを防ぐ必要があります。そこで、1973年に当時のポートランド市長が、地域の意見集約や合意形成のための組織が必要であるとして95のネイバーフッドアソシエーション(NA)を公認しました。
NAは、日本でいう町内会のような自治活動も行いますが、地域土地利用や交通計画にも関与し、また、新たな施設ができるときには、そのデザインレビューなどがきちんとできるような仕組みになっています。

ポートランドではこのようなNAへの参加率が3割を超え、アメリカの他のまちに比して非常に高い傾向にあります。日本では家庭単位での参加になりますが、ポートランドのNAは個人での参加となっています。そのまちに住んでいればテナントでも誰でも参加できることが特徴です。
ただしまた、富裕層が居住するエリアは、年齢構成が高めということもあり、NAへの参加率が低い傾向があるようです。やはり、加齢とともに足腰が弱ると車中心の生活になるので、20分圏ネイバーフッドにはなじまないのかもしれません。
イベントや美化活動など、日常的な活動がたくさん行われてる地域ほど、都市政策や交通政策に対する認知度も高いように感じます。やはり参加意識が高く、自分の意見がきちんと反映されてると考える若い人も多くて、日常的にいかに活性化させるかというエリマネ的発想も重要かなと思っています。

地域の活性化には、特に若い人のリーダーシップが欠かせません。今後はそのような役割を担う人材育成が課題になっていくと思います。
ダウンタウンにどう人を取り戻すか?これからのまちづくり
ポートランドでは、20分圏ネイバーフッドによって完結した生活圏がどんどん広がっています。その意味では、7項目の指標に基づいた生活ができるまちを分散してつくることが、人間性の面でも災害対応の面でもよいことだと感じます。

一方で、自分の生活圏で事足りてしまうと、ダウンタウンに出向く必要がなくなります。分散型都市をつくることが、ダウンタウンの過疎化を引き起こしかねないのです。ダウンタウンにどう人を取り戻すかが、今後のポートランドの大きな課題になっています。
このような状況に対して、まちなかの賑わい創出のために、コロナ特例のような形でパークレットのようなものができていますが、ルール化もされていないような状況です。

また、歩く人たちへの配慮のため、建物内に視線が通るようなガラス張りにして、建物内のアクティビティが見えるようなアクティブユーズという制度もあります。建築物の事情でガラス張りにできない場合は、ただ壁面を連ねるのではなく、アート作品やディスプレイを掲示するなどの配慮も求められています。

このような取り組みも、日本のウォーカブル制度の参考になるのではないでしょうか。
登壇者によるオープントークと質疑応答
ここからは、宋さんと泉山さん、森本さんによるオープントークによって、ポートランドのウォーカブル政策を深掘りしていきます。
森本さんは大学院でウォーカブルの研究をしています。その森本さんから宋さんに色々な質問が投げかけられました。

森本さん:
日本とポートランドのウォーカブルに対するアプローチの違いはありますか。
宋さん:
日本では、高齢化が一番の社会問題になっていますが、アメリカでは肥満などの健康問題がウォーカブルを進める大きな要因の一つになっています。外出の機会を増やしたり、新鮮な食料が手の届く範囲にあることがポイントになっています。
アメリカの高齢者は車をよく利用しており、ウォーカブル政策への関心が低い傾向にあります。それがNAへの参加率の低さにもつながっているわけです。
森本さん:
私自身が今研究している国内事例でも、ウォーカブルなまちづくりにおいては駐車場に関する施策が重要だと感じています。例えば駐車の配置や出入り口の規制をすることは可能であったとしても、駐車場事業者に協力を求めるようなインセンティブやボーナスはあるのでしょうか。
宋さん:
ウォーカブルを考えていく上で、車の出入り口が非常に重要なポイントになることは間違いないと思います。さきほどお話ししたように、歩行者配慮のためのアクティブユーズラインを明確に設定して、そこに駐車場の出入口をつくらないことが基本的な規制になっています。
泉山さん:
日本でいうところの一体型滞在快適性等向上事業やウォーカブル推進税制のように、グランドレベルをアクティブにしようとする動きと、 駐車場集約化における駐車場出入口設置制限を重ね合わせて実現する動きを、「アクティブユーズ」という2つを合わせたような政策になっていると思います。その上で、その1階部分をどういうふうにアクティブにしつつ、駐車場の出入口をつくらないようにするかが鍵だと思います。
そこはやはりゾーニングすることが大切ですね。
まだまだ議論は尽きませんが、日本とアメリカの制度、国民性、都市や住まいに対する考え方の違いや、それに基づく、ウォーカブル政策の違いも明らかになりました。
日本は海外事例から何を学ぶべきなのか。
最後に登壇者のみなさんから、今日の学びについて一言ずつまとめてもらいました。
宋さん:
ポートランドは学生のころから好きで色々勉強しており、非常に魅力的なまちだと思います。そのようなまちをどうやって日本に応用していくか、特に宇部市や山口市、竹原市といった地方都市や少し大きい広島市でそれらを応用するお手伝いをしています。
興味のある方はまた色々お話しましょう。
森本さん:
日本でも制度がどんどん新設され、まちづくりのメニューが増えてきたと思いますが、ポートランドが行っているような交通政策や福祉政策などを含めた総合的な観点で整理することが、今後、重要になってくると感じました。
泉山さん:
ポートランドの街区が小さいという話がありましたが、アジア的な路地空間であったり、区画整理でできた地区であったり、すでにできている基盤の中で、どうすれば歩行者にやさしい街区や優先エリアをつくっていけるのかを考えることは非常に重要だと感じました。

ウォーカブルなまちづくりに関する議論はますます重要性を増しており、今後もさらなる研究や取り組みが行われることが期待されます。ウォーカブルシティの概念を理解し、それを実現するための具体的な施策を検討することが、よりよい都市環境を築くための重要なステップとなるでしょう。