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『PUBLIC HACK』からパブリックスペースの使い方を考える|リーディングクラブ#1
2019年には多数のパブリックスペース本が出版されました。
その中でも、ソトノバメンバーが注目したのが笹尾和宏著『PUBLIC HACK 私的に自由にまちを使う』でした。
増加するパブリックスペース本の出版数から分かるように、パブリックスペース活用が勢いづく昨今、本書の帯は
「公共空間の過度な活性化でまちは窮屈になっていない?」
と問いを発しています。
パブリックスペースの活用が声高にうたわれる今だからこそ、なぜそれをするのか考えるため、ソトノバリーディングクラブは本書をピックアップしました。
2020年2月13日に読書会を開催し、『PUBLIC HACK』を手がかりに展開した議論をまとめます。
ソトノバ・コミュニティでは、読書を通じてパブリックスペースや都市に関する知見を得たり、議論することを目的としたクラブ活動「ソトノバリーディングクラブ」が2019年に発足しました。2019年年末にはキックオフイベントとして「2019年のパブリックスペース本を振り返る会」を開催し、2020年から2か月に一度テーマ本を取り上げ、読書会でディスカッションを行っています。
Contents
『PUBLIC HACK 私的に自由にまちを使う』の概要
本書の紹介文を見ると、どのような問題意識で書かれているかが端的に分かります。
規制緩和、公民連携によって、公共空間の活用が進んでいる。だが、過度な効率化・収益化を追求する公共空間はルールに縛られ、商業空間化し、まちを窮屈にする。
経済的な論理が絡んでくることで変質する公共空間と、それに対する人びとの関わり方に対して、本書が提示しているのがPUBLIC HACK、すなわち
公共空間において、個人が自分の好きなように過ごせる状況が実現すること。賑わいづくりとは異なる、そのまちらしい魅力をもたらすアプローチ。(カバー裏)
です。
5章構成となっている本書には、18のPUBLIC HACKの実践例やPUBLIC HACKのコツ、パブリックスペースのマネジメント側から見た6つの事例紹介が記されています。
PUBLIC HACKとはどのようなものか
もう少しPUBLIC HACKとはどのようなものかに触れておきましょう。
「地域活性化や事業のためではなく、・・・『ただ自分たちがそうしたいから』まちを私的に自由に」(p.35)
使う方法として、たとえば水辺にテーブルをセットしてたのしむ「水辺ランチ」や「水辺ダイナー」、路上にこたつを設置する「流しのこたつ」、あるいは落下防止の柵などに簡易な工具を使って即席のテーブルをしつらえる「クランピング」などが紹介されています。
すぐにでもできそうなものや、こんなこともできるのかといったものまで、写真付きで紹介されています。
本書は事例の紹介にとどまらず、どうしたらPUBLIC HACKが受け入れられ、持続するのかというコツを、関連法規の解説も交えて7つにまとめています。
ここで詳細は述べませんが、「3つの立場」を意識することの重要性を本書は説いています。
実践者が増えていくことによって、また傍観者・管理者が実践者としての当事者意識をもって振る舞えるようになること・・・がPUBLIC HACKの持続性を高める基本的な要件です。(p.109)
PUBLIC HACKが提供する視点
第5章は、タイトルで「PUBLIC HACKがまちの価値を高める」とうたっています。
しかし、ここでいう「価値」とは、一般に地域活性化で期待されるような価値とは違うようです。
[PUBLIC HACKのような]私的で自由な行為は、地域活性化に役立つかというと、一義的には役に立ちません・・・でも、「それでもかまわない」といいたいのです。私たちの自分本位な行為はそれをやっている本人が満足している限りまちに表出し続けます。その行為を何に波及させるか、活用するか、ではなく、その行為が行われているまちの現場そのものが価値になります。(p.200)
行政や民間が努力してパブリックスペース活用の動きが成熟してきた今だからこそ、ややもすると不在となってしまいかねない使い手の立場から、その意義を問い直しています。
また、使い手としての個人に対しても、思い込みに縛られずに身の丈にあった活動のススメをしているところが、本書の意義でしょう。
PUBLIC HACKを通してみた「まちと人」との関係について、著者は「おわりに」でこう述べています。
「まちがどうあるべきか」に加えて、「私たちがまちにどう関わるのか」という、まちへのリテラシーを高め関係性をアップデートすることが、まちの価値を高める上で必要不可欠なプロセスのはずです。(p.205)
実体験を持つ著者だからこその内容
著者の笹尾さんは、「水辺のまち再生プロジェクト」で、大阪市内の水辺空間の活用を実践するほか、路上や公園、公開空地を対象とした活動も行っています。
本書に収められたPUBLIC HACKの事例でも、著者自身が試行錯誤した経験が数多く紹介されています。
失敗も含めて蓄積されたまちの使い方の「作法」が、本書では余すところなく記されており、リアリティがあります。
一方で、著者には別の一面もあります。
著者はかつて、大阪で民間主導のまちづくり形態であるエリアマネジメントに携わっており、管理者の立場でもパブリックスペースに関わっていました。
その経験があるからこそ、マネジメントの目線からも自由な使い方にどう接するかに迫ることができたのでしょう。
結果、本書にもバランス感と奥行きがもたらされています。
読書会ではオンライン参加者も交えて、踏み込んだ議論が繰り広げられました
議論① 現在のパブリックスペースの流れとPUBLIC HACK
読書会の議論では、PUBLIC HACKを手がかりに、「パブリックスペース活用の意義と向かう先」を探るべく、2つの論点を扱いました。
そのひとつ目は、現在語られる様々なパブリックスペース関係のアプローチや概念を、PUBLIC HACKと相対化して整理し、特徴を把握しようというものです。
いくつかの候補から選んだ評価軸は、「自由」と「マネジメント」、そしてアクションが「自己完結」的なものか「大きな変化」を志向しているか、という二軸。
これで考えたときに、PUBLIC HACKは「自由」で「自己完結」的なものと分類されそうです。
では、PUBLIC HACKは他のどのような概念と近く、または遠いのでしょうか。
PUBLIC HACKとの類似概念
PUBLIC HACKの近くに位置するものとして、まずは「ゲリラアーバニズム」が思い浮かびます。
自由に、アクション自体を目的にしている点では同じように見えますが、少し違うようにも見えます。
ゲリラアーバニズムはアート的な表現を志向する傾向があるのに対し、PUBLIC HACKはそれとは別の位相で、背後に「まちへのリテラシー」を見ている点が、違いを生んでいるのかもしれません。
その意味では、個人の能動性に目を向ける「マイパブリック」の考え方と、PUBLIC HACKは親和性が高そうです。
個人の自由な活動というと、ソトノバが注目する「タクティカル・アーバニズム」もそのような側面を持っています。
ただし、タクティカル・アーバニズムは自由なアクションからスタートしつつ、長期的な変化につなげることを意図したもの。
この点は大きく異なっています。
PUBLIC HACKと違いが大きい概念
逆に、PUBLIC HACKの対極には何が位置するのでしょうか。
マネジメント志向であり、地域の大きな変化を目指すものとしては、「エリアマネジメント」がそれに当たりそうです。(海外では、エリアより小さい範囲を対象とした「プレイスマネジメント」という言葉もあります。)
本書は過度なマネジメントによるパブリックスペースの「施設空間化」に懸念を表明していますが、一方でマネジメントについて1章をさいて論じています。
PUBLIC HACKはマネジメント側の領域にも関わる面がありそうです。
事例としても、エリアマネジメントされている場でありながら、PUBLIC HACKの受け皿となっているものが紹介されています。
そう考えると、PUBLIC HACKとエリアマネジメントのような仕組みは必ずしも二律背反ではないことが見て取れます。
両者が併存する関係性のつくり方のヒントが本書では示されていて、その可能性を探っていくことが重要となりそうです。
議論② パブリックスペースでのふるまいのリテラシーとは
見方によっては自由過ぎるようにも感じられるPUBLIC HACKは、「まちへのリテラシー」を高めていくことによって成り立つ、ある意味、性善説的なもののようにも見えます。
ここで肝となるリテラシーとは一体どういうことなのか、いかに高められるのか、が次なる問いです。
本書では、実践者・傍観者・管理者という3つの立場があり、人びとはそれらの間を時々によって行き来しているという構造が示されています。
リテラシーといったときに、それぞれの立場でのリテラシー、あるいは論理がありそうです。
そこをつないで異なる立場を想像できるようにするには、より立場を行き来する機会を持つ(管理者が休日に一市民としてPUBLIC HACKをしたり、市民がパブリックスペース活用の運営管理グループに参加したりする)ことや、それが可能となる利用と管理の歩み寄りを進めることが、手だてとなってくるでしょう。
パブリックスペースと個人の関係を捉えなおすきっかけに
読書会の限られた時間の中では、議論しつくせない論点を提示してくれたのが『PUBLIC HACK』でした。
勢いが増すパブリックスペース活用に本書が別の視点を投げかけたことで、様々な考え方を相対的に把握することができました。
パブリックスペースのワクワクするような使い方も、その背後にあるルールや仕組みも、我が事目線で書かれているのが本書の特徴で、そのような目線で考えることの大事さを感じさせられます。
非常に読みやすくもなっているので、個人的にパブリックスペースで何かをやってみたい人にも、管理運営で悩んでいる人にも、ぜひ手に取ってもらいたい一冊です。
読書会は板書と並行してグラフィックレコーディングも行いながら、議論を視覚化していきました。