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【Book】都市再編集の実態に迫る/「アーバン・カタリスト」著:藍谷鋼一郎

アーバン・カタリストという、日本ではあまり馴染みのない概念を書名に打ち出した一冊。直訳すると「都市の触媒」、すなわち

都市再生の契機となり、再生効果を促進させる起爆剤となる要素

と冒頭で説明しています。

その対象となる範囲は幅広く、例えば建築物や公園といったハード的要素──一度つくったら数十年単位で存在するものから、1日だけの仮設建築物まで──や、イベント、お祭り、人々のアクティビティそれ自体というソフト的要素まで含みます。

それだけに、ハードに関わる建築設計者や研究者、行政関係者から、ソフトに関連するイベントプランナーや街場で活動する人々まで、対象読者は多岐にわたるはず。どうやって一冊の本にまとめ上げているのだろう、という編集者的な興味も抱きながら読み進めていきました。

重要さを増す「都市の再編集」

もちろん、建築・土木関連の書籍を専門に扱う彰国社から出版されていることからもわかるように、基本は設計者やプランナーを想定読者にしたつくりです。

著者の藍谷鋼一郎さんは米国の大手組織設計事務所SOM(Skidmore, Owings & Merrill, LLP)で、米英を拠点に巨大プロジェクトに従事するなど、海外での経験豊かな建築家。現在はテキサスA&M大学建築学部の准教授や、九州大学の客員教授を務めています。2つの大学で取り組んできた都市再生デザインに関する一連の研究をまとめた学位論文が、本書のベースとなっています。

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230ページに及ぶこの本を貫くテーマは、既存の都市をスクラップ&ビルドするのではなく、どうやって「編集」すれば、より良く変えていけるのか、ということ。特に人口減少に向かう日本において、重要さを増している視点です。欧米では30年余りの歴史を持つ手法であり概念である、アーバン・カタリスト。日本でもそれと認識されてはいないものの、結果として同様の効果を及ぼした都市再生事例は数多く見られる、と著者は指摘します。

有名プロジェクトの成立過程を描く

本編ではプロジェクト成立の過程から、そのために必要となる要素、背景にある哲学までを、現地や文献の調査と関係者への豊富かつ丁寧な取材で描き出しています。

紹介する事例は5つ。英国ロンドンの面的再開発「オリンピック・レガシー」、大ロンドン市タワーハムレッツ区の図書館再編プロジェクト「アイデア・ストア」、米国ニューヨークの高架貨物線跡地利用「ハイライン」、青森県十和田市の美術館を起点としたアートによるまちおこし「 十和田市現代美術館」、そして著者の地元、徳島県徳島市の「新町川の再生」。

ハードからソフトまで、規模も手法もそれぞれ異なるケースをバランス良く選び出しています。

事例の紹介では、それぞれの都市の成り立ちと課題を説明し、プロジェクトの鍵を握る人物へのインタビューで内容を補強する構成を取っています。

例えばロンドン五輪の項では、五輪のマスタープランとオリンピック・レガシーを手掛けた設計事務所アライズ・アンド・モリソンのパートナー、ボブ・アライズ氏に詳細なインタビューを実施。いかにして五輪開催を、その後のロンドン東部開発につなげていったかを紐解きます。

またNYのハイラインの項では、市長交代のタイミングなどの政治的な背景を押さえつつ、保存活用に向けて中心となって動いたキーパーソン2人の役割分担や、写真というメディアが果たした効果などに言及。いくつもの要素が複雑に絡み合って、プロジェクトを成立させていることがわかります。

豊富な図版や写真で読みやすく

情報がギュッと詰まった誌面ですが、見開き単位で必ず図版や写真が配されて、パラパラと眺めているだけでも楽しめます。またそれぞれの事例紹介が独立しているので、知りたいところから読み進めても大丈夫な構成になっています。

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専門の実践者・研究者である著者でしか迫れない切り口で、図版類もかなり詳細に掲載されていますので、研究書としての情報価値は高いと思います。

一方、本書は具体的なノウハウを紹介するガイドブックではないので、「明日からすぐ使える!」といったお役立ち感を求める方には不向きかもしれません。そもそも、成功事例の手法を参考にしようというスタンスは、注意深く都市の成り立ちを探り、編集点を見極め、長い射程を見据えてプログラムに組み込んでいくカタリスト的な立ち位置とは、相反するものなのでしょう。

都市に少し深めの興味を持っている方、あのプロジェクトはどんな人々が何を考えてどうやって形にしていったんだろう、と日頃から考えるのが好きな方には、その知的好奇心を存分に満たしてくれる一冊となるはずです。

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