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ソトノバ・ラジオ#05 | 馬場正尊さん|OpenA/公共R不動産

ソトノバ・ラジオ#05を紹介します.

5/20のゲストは,公共R不動産の馬場正尊さん。 ウィズコロナ、アフターコロナで皆が考えているこれからの都市とパブリックスペースについて、馬場さんの公共R不動産的な目線で迫ります。

パーソナリティは,オンデザインの西田 司さん.

ラジオの様子は,YouTubeの「ソトノバ・チャンネル」Spotifyのポッドキャスト,この記事では書き起こしをお届けします.

YouTube:「ソトノバ・チャンネル」

Spotify:ポッドキャスト

以下は,書き起こしです.当日の様子をお伝えします.

西田:
今日は公共 R 不動産でありOpenAの馬場正尊さんにゲストでいらしていただきました。よろしくお願いします。

馬場:
よろしくお願いします。馬場です。

西田:
ソトノバラジオの西田の回は、「パブリックスペースと都市」の関係が今後どうなっていくのかを根掘り葉掘り聞こう、という企画になっています。今コロナということもあり、考える時間ができたり、制限されることで、次何しようかなと妄想も膨らむ時期だと思うんですけど、今日はその辺りを馬場さんに聞いてみたいと思います

馬場:
お願いします。

西田:
馬場さんここ1ヶ月、制限されたstay home生活だったと思うんですけど、どう捉えていますか?

馬場:
いくら国が働き方改革だ何だって言ってても全然進まなかった改革が、否応無く一気に進んだっていう、早送り感みたいな、加速感みたいなものを感じました。人間ってそういう状況の中になった瞬間に、めっちゃくちゃ工夫するし、すごい順応性を見せるし、それをきっかけに新しいことをやる生物なんだなーっていうのを改めて再認識したみたいなそういう1ヶ月でしたね。

西田:
その工夫するとか順応性を持つってどういう時に感じました?

馬場:
例えば今ですよ。こういう30分ぐらいのラジオをやろうっていうような企画って、もしもコロナ以前だったら大分考えてやったかもしれないんだけど、今だったら「ちょっとやらない?」って感じで始めたんじゃないですか?西田さんなんかも。

西田:
そうです、この時期だったら(ラジオに)出てくれる人もいるかなと思い。

馬場:
僕も今日「いいよ夕方なら開いてるよ」みたいな感じで出ていて、みんな、移動が少なくなった分こういう隙間が作りやすくなってますよね。ラジオだって、「スタジオ行きます!」とか「映像セッティングします」とかあったら、出る方も「ヨイショ」って感じで頑張らなきゃいけないのを「ちょっと頼む」ってメールがきて、「あ、OK」って感じで今日を迎えるっていうことは、変化ですよね。「リモートでいい」っていうコロナの免罪符があったせいで、こういうコミュニケーションのハードルがガツンと下がりました。僕らは、リアルにあった face to faceのコミュニケーションの厚さとか熱量みたいなのは失っているかもしれないけど、ライトなコミュニケーションを開始するっていう手軽さみたいなのを逆に得た気がしています。

馬場:
例えばクライアントさんもそうで、会社とかでミーティングする時も、今までだったら最初のミーティングを「じゃあ最初からミーティングをリモートで」なんて、とても言えなかったんだけど、今は仕方ないねって始められますよね。一回もリアルで会ったことない人たちと普通に仕事を始めることができるんだってことを知ってしまったので、社会のコミュニケーションのスタンダードが完全にズレたような気はしてますね。

西田:
なるほど。確かに「会ったことない人と仕事始める」みたいなことって今までは考えられなかったですね。今回のラジオのテーマは、パブリックスペースと都市がテーマなんですけど、ライトなコミュニケーションってすごい良い表現だと今思ったんですね。日本人と、欧米の人を比べると、日本人って、公共空間におけるコミュニケーションが下手みたいに言われ、欧米の人は「Hi」とか言っていきなり自分の話を始めるみたいなことでパブリックスペースの使い方が上手いって言われますけど、今の馬場さんがいうライトなコミュニケーションが高まっていくと都市空間の中でのコミュニケーションも、もしかしたらデジタルとかオンラインのこういうことを通してしてハードルが下がっていくのかなって思いました。先ほど言われた、今の時期に起こっている順応性とか工夫みたいなことが今後どういう風に活かされていくかって考えたりしますか?

馬場:
選択肢がすごく増えたなって気がするんですよ。うちの事務所は「屋根のある公園で働く」がコンセプトだったので、事務所自体が公園みたいな空間で、来ても来なくてもいいと。それで、ずっと開けておくっていうパブリックスペースみたいな感じにしたら、みんな来たり来なかったりっていう感じになって、いい感じの粗密感が生まれました。用事があれば行くっていう感じで、行くことの必然性みたいなのがあるし、行ったら行ったで行った人同士の独特の熱量とかがあって、それはそれで良い感じで、「should」だったオフィスが「let’s」に変わったんだよね。それでコミュニケーションが気楽になったような気がする。

馬場:
今、僕は事務所のことを言ったけど、例えば公園とかそういう所に行ったとしても日本人って美徳だと思うけど礼節を重んじるし、失礼があってはいけないとか、色々しっかり物事を捉えがちだったりするから、公園とかの使い方も、なんかこう形式化が強い気もするんだよね。ルールも含めて。でもとりあえず行って、ああ居た!みたいな、もっとラフに、コミュニケーションのハードルを下げながら、ラフな感じのコミュニケーショ始められる、みたいなそういうきっかけが作られている感じはしてますけどね。だから、うまくなるんじゃないですか?日本人の公共空間の使い方が。

西田:
今おっしゃってたように、確かに馬場さんのオフィスってPark as an officeみたいなものじゃないですか。オフィスような公園なのか公園のようなオフィスなのか…

馬場:
どっちでしょう、もはやわかんない笑

西田:
今パブリックスペースだけじゃなくてオフィス空間の話を聞いて、パブリックセンスとか、ラフなコミュニケーションって、まさにオフィスでも必要になるな、そこで育まれそうだなと思いました。オフィスの日常でパブリックを育んで都市に還元するみたいな。…Open Aはすでに創造していたかもしれないけど、これから拡がる考え方だなと。可能性ありますよね。

馬場:
そう思いますね。なんとなくオフィスは行かなければいけなかった、いけないところである、オフィスに行かないと若干の後ろめたさがある、みたいな変な固定観念があって、フレックスタイムだったとしてもそうだったんじゃないかって思うんです、企業は。だけどその圧力が強かった大企業ほど出社するな!って今回なったわけですよね。でこれでまあまあ仕事ができて、マネジメント層も「あれ?結構いける」ってなった瞬間に、「should」ではなくなるということは、すごく大きい気付きですよね。働き方改革というよりも気づいちゃったっていう感覚なんじゃないかな。

馬場:
なので、オフィスに行くも行かないも、どっちでもいいよ、その選択肢があると思うし、裁量労働制が進んだり副業が OKっていうか、副業が推奨されたりしている大企業も多いじゃないですか。逆に多様性を持てば持つほど企業は強くなるって言うようなことを、皆わかってはいるんだけど実行できなかったってことが、一気に後押しされたよね。働く空間も含めて、自分がどこで何をするかの選択を、今までより自分の意思でやるっていう事ができる、逆にそうしなきゃいけないっていうような社会に一気に変わった感じがしないですか?西田さんとこってどうしてました?

西田:
オンデザインも2019年ぐらいから副業とか、自由研究って名前の業務時間内の自分なりの仕事や、仕事だけじゃなくて興味関心とかもあるんですけど、その個人の興味に時間を使うのをOKとしてます。むしろそれを推奨することによって組織としてのチャンネルが増えるなって思ってるんですよ。同じ環境で、一つのプロジェクトをみんながやっていると何となく目線が偏りがちですよね? 対して、副業とか自由研究とかの取り組みを各々がやっていると、そこから普段浴びない風みたいなものが流れてきて、一人一人が色んなチャンネルを持つことの価値が、互いに及ぼす影響があると気づいてから継続してます。

馬場:
同じようなことを同じようなタイミングでやってる気はしてる。僕も、会社ってパブリックドメインみたいな存在かなって思うこともあって、OpenAってオープンアーキテクチャって名前をつけているぐらいなので、もともとひらいた思想の元にあるから、OpenAに所属しながら起業したりとか、他の会社に行ったりとか、若いとそんな余裕は全然ないと思うけど、ちょっと歳をとって少し余裕ができたらそういう人たちも何人かいたり。でもがっつり屋台骨支えるOpenAだって人もいたり。なんか組織に対しての所属の仕方もいろんな形態があると思います。なのでOpenAっていう会社自体は公園みたいな存在を、アナロジーとして持ってるような気がしてて。関わり方への濃淡とかが、広く薄くもあるし、垂直に深くもあるし、なんかその体制があるのが良くて。そのいろんな風景の中にいろんな方向を向いていい雰囲気があって、それが全体として調和してる感じってのが心地いいんだよね。自分の風景と組織の風景が重なってる感じが。

西田:
馬場さんの話を聞いていると、パブリックは、パブリックスペースのことだけで考えるんじゃなくて、普段の日常の働き方さえも、パブリックな風景や視点を持つと、実際の公共空間の振る舞いと似たようなものが組織の中で起こるということですよね。

馬場:
そんな気がする。会社自体が、ある種パブリックドメインで、その中に個がどういう風に関与するかって、どこに貢献して、どうその調和の中に自分を置いておくか、逆に時には目立ってみようかみたいな選択肢が個々の自分たちにあるっていう状況が僕は幸せな状況なんじゃないかって思ってて。公園って公共空間の代表選手のような存在で、公園=パブリック空間なんだけど。そこでさえ、小さなプライベート空間が、粒のようにたっくさん細胞のように、粒子のようにたくさんある感じだと思うんだよ。公共空間の中にマイパブリックでもいいしプライベートでもいいんだけど、それがばーっとある。それが多様で調和している。なんかそんな感じが風景が、社会の理想像のようなイメージがあるんだと思う。

西田:
それ面白いですね。ちょうど馬場さんに用意いただいた写真「INN THE PARK」。あの公園の中に泊まれる球体みたいなのも今の話と繋がってますね…写真をお見せします。

fig.1 泊まれる公園「INN THE PARK」 撮影:TAKAYA SAKANO

馬場:
これね。公園の中にこういう球体の宿が浮かんでて、そこで皆思い思いの時間を過ごしています。なので、公園の中に究極のプライベート空間が浮いてるっていう構図になってて。もちろんこの粒は宿泊というキャラ立ちした粒なんだけど。その周りには寝転んでる人もいれば、犬の散歩してる奴もいれば、カップルでイチャイチャしてる奴もいる、みたいな多様な粒な感じ。でもまあ夜になると独り占め感はあると思う。そういうセルみたいなものを、公園の中に圧倒的に見せる存在になったというか、イメージづけたなというのはあるかな。

西田:
最近、思うんですけど、公共空間もただ広いだけだとなかなか自分の場所を確保できないなと感じていて。セルみたいなものがあると、もっと自分好みに自由に使えますよね。公園を使うときにセルみたいな場所が、自分の領域になる感覚ですよね、その守られている感じとかは、これまで日本の公園になかった新しい考えですね。

馬場:
そうかもしれませんね。何か公共空間て、公共空間は公共だから閉じたプライベートがあっちゃダメみたいな、見えないところがあっちゃだめ、みたいなそういえば同調圧力、強すぎる公共圧力っていうかな、そういうものが働いていたような気がするんですよね。でも、何もない手がかりのない空間って、人間って何していいか分かんないし、どこにカバンを置こうかなっておどおどしてしまうから、芝生に石や縁があるとか、ちょっとした起伏になっているとか、木が生えているとか、なんかこう僕らって空間に拠り所がないと何かができないなーと思ったりしますね。南池袋公園とか見てても面白いなあと思ったのは、だだっ広い芝生の空間が、広がってるんだけど。案外日影の動きによって人が移動して行ったりするんだよね。日陰の場所が案外拠り所になってるなと思ったりとか。

fig.2 南池袋公園 提供:株式会社nest

西田:
(写真を見ながら)ここですね。

馬場:
そうそう、こんな感じで(日陰の線があるところに)人の溜まりがポツポツあるんだ。例えば、誰かが居て領域を作ったとすると、そこの真近でもなく超離れてもなく、まあまあな距離感に居たくなるとか。

京都の鴨川で、ある一定間隔にカップルが並ぶっていう有名な話あるじゃないですか。あの適度な距離感を気を使いながら取る「距離感の美学」みたいなものがやっぱこの公共空間の中にはあって。それもなんか手がかりだと思うんだよね。

公共空間を作るときも、本当にただ広いだけとか、何となくつくるよりも、そこに何かついしたくなる手がかりを作れるか、みたいなそういうデザインがめっちゃ大切かなと思ったりするなぁ

西田:
「距離感の美学」って良い表現ですね。今 Social Distancingって言われていて、ただ集まるだけだとやっぱり3密になってしまうから、距離を取って振舞いましょうって言われてるじゃないですか。お互いの対人距離を、適度な距離になるようにってコロナだから言われていますけど、今の馬場さんの話は、別にコロナだからあるわけじゃなくて、鴨川のように元々ありますよね。

馬場:
ありますよ。あれはあると思う。なんかみんな体の中に持っていたことが、今回こういう形で言語化された感じがあって。南池袋公園の風景を見てても綺麗に Social Distance が取られてますよね(笑)そこが心地よさなんだと思う。どっかにぎゅっと集まっている感じじゃなくて。。こういうことが良いと思われる現在は、理想の都市の風景のイメージみたいなものが、少し変わったかもって思います。

西田:
それは、具体的にはどんなことですか?

馬場:
例えばこの写真は池袋なんで、このぐらいの密度なんだけれども、地方都市なんかに行くと、今までは、都市政策で都市に賑わいを取り戻すみたいな感じとかがあって、「いや人口も減るし、賑わいを取り戻そうという目標を立てること自体…なんか痛いな」って思うことが多かったんだけど。

西田:
無理してる感じですよね。

馬場:
うん。でも今回、賑わっちゃダメ、賑わない、賑わいはなくてもいい。賑わいがない方がいい、っていう選択肢を見た時に、適度に人がまばらで、いい感じの距離感で、ゴミゴミもしてなくて心地いい、ぐらいな。その密な賑わいじゃなくてスカスカの賑わいみたいな、適度に距離感のあるスカスカの状態を都市の理想の風景って再定義した瞬間に、だいぶ気が楽になる地方都市の都市計画があるんじゃないかって思ったりとか。

なんで今までそんな賑わいたかったんだろうって思ったりしますね。

西田:
その良いスカスカ感って、大事ですね。「スカスカ」って悪い事みたいに捉えられることもあると思うんですけど、頑張って人集めて賑わいましょうというより、そのスカスカ感みたいなことが、住人たちの日常風景として、密度が丁度良いよねって話じゃないですか。

馬場:
うんそうそう

西田:
その方が、地に足がついてる感じで、頑張ってないことがむしろ公共空間の持続性に繋がるなって、今聞いて思いました。

馬場:
まさにそんな感じです。理想の都市の理想の風景のイメージを、ちょっと冷静に考えてみる機会を僕らは得たという風に思うんですよね。適度な距離感で、ブラウン運動みたいな感じで、調和してるっていう。それを何という言葉でどう表現するかっていうところまでは辿り着いてないんだけど。共通感覚として持つ機会を得たんじゃないかなって。で、それぞれの行動がちゃんと担保されてるって言うか、公共の中にプライベートが粒のように点在しているっていう世界観?が、今までも上手く言葉で表せてなかったんだけど、このコロナでソーシャルディスタンスみたいな単語が、感染予防的な意味で生まれて、それをポジティブ転換できるような、そんな機会な気がしてるんですよね。

西田:
その話は面白いですね。今言われている、公共の中に小さな粒が点在するって、先ほどの INN THE PARKのところから馬場さんが言われていることだと思うんですけど、その距離があることの効果としては、始めに話に出ていた「自分のパブリックセンス」もちょっと離れてるから発揮できるって感覚もあると思うんですよね。

馬場:
そうかも、そうかも。

西田:
自分が居る場所と、他者が、距離がとれているからこそ、自分もバランスをとって振る舞おうみたいな、見られてはいるけど自分も相手も好きなように時間を使って、それがある種、各々がみんな違うことをして、風景が多様になる、みたいなそういうのって面白いですよね。

馬場:
そうね、その自由が担保されていることが本当に都市の理想かなーと思ったりとか。あとプライベートとパブリックって、ついつい「プライベート」「パブリック」って感じで、二項対立的に語ってしまいそうになるけれども、冷静に考えてみると、パブリックの中にプライベートが内包されていたり、逆にプライベートな自分自身の中に公共的なサービス精神みたいなことが内包されていたりして、プライベートとパブリックが横に並ぶのではなく、内になったり外になったりするような関係性なんじゃないかなと思うんだよね。以前、「RE:PUBLIC」の本を書いた時にPublic と Privateの2つの丸を書いて、その間にCommon という空間を作って、そのCommonが僕ら空間を作る際のテーマで、そのCommonのことを5,6年前からずっと思ってて、Commonや、中間領域ってなんだ?みたいなこと一生懸命に考えてた時期とかもあったから、今でも大きいテーマでもあるんだけど。ただちょっと見え方が少し今回のコロナで変わってきたと思うのは、パブリックの中に内包されたプライベートの全体性…みたいな違う構図が頭に浮かんで。そこをどう表現していいかは今の課題なんだけど、イメージのパラダイムシフトが起こった1ヶ月だった気がする。

西田:
それ、空間の図式としても面白いですね。昔から、建物にインテリアがあって外にエクステリアがあって、その間に軒先みたいな中間領域があってと、PublicとPrivateとCommonみたいなものをレイヤーで捉えていたのが、今の話はPrivateの粒が内包されたり、関係性自体がスイッチしたりと、全く違う現れ方をしていくと思うんですよね。

馬場:
うんうんそうそう、そういう感じ。なんかそのダイアグラムの空間ってどんな風景なんだろうっていうのは、ここから追求したい感じなんだけど。なんか、この1ヶ月で、その構図みたいに意識させられる瞬間がたくさんあったなっていう気はして。しかも、パブリックの中のプライベートの楽しみ方みたいなものや、気持ち良さみたいなものを今回気づいた人ってたくさんいると思うんですよ。

馬場:
だから20世紀って室内化のベクトルが強い100年だったかなって気がするんですよね。オフィスも室内で働かなければいけないってなんとなく思ってたし、家もとにかく室内化、エアコンをガっとつけてガラスで区切って。「快適な室内」と「暑い外」っていう、そこの二項対立が、一気に空間の細分化として進んでしまった世紀だったような気がするんだけど。それが、ちょっと疑わしくなったんじゃないのかな。なんでみんなあんなに一箇所で集まって並んで仕事とかしてたんだろうっていう。逆にずっと長い先に、今を振り返ってみた時に、あの頃って何だったんだろうって、特殊な時期として語られてしまう100年だったかもとか思うことも…ちょっと想像できますよね? 今から先、外でいろんなことみんな始めそうかな、みたいな。

西田:
なるほど、確かに「室内化」の話って、移動もそうじゃないですか。満員電車って室内で移動したいって言う欲求ですよね。あんなに密集して乗っていて、エアコンかけて快適さを保つって、ただ、今はリスクだから、自転車通勤にしている人増えてますよね。むしろ安心感があるから。

馬場:
増えてますよね

西田:
でも冷静に考えれば、そんな二酸化炭素を出すような移動ばかりじゃなくて、歩いたり、自転車とかに変えて行った方が移動は明らかにエコだし良いんじゃないかって、特にヨーロッパとかではシフトしてますよね。それって、まさに今言われた、室内が快適だっていう幻想?からの脱皮というか、同じマインドセットに感じます。

馬場:
そうですね。人工的に作られた環境が、なんとなく良いと思っていたし、僕らはテクノロジーによって様々なものをコントロールしよう、できるんだと思い、エアコンとかで実際コントロールできる技術を手にしたと思って、嬉しくなって、どんどん空間をコントロールしようコントロールしようっていう風に思ってたんだけど。

そのコントロールしなくてはならないという「Should」からも解放されるかもっていう気もするんですよね。人間が次どういう行動を取るかってことだと思うんだけど。

この先に、都市を自然化したいって思うベクトルが一気に働くような気がしてます。

西田:
コントロールする空間っていうのが、20世紀につくってきた室内空間であり、ビルディングだったりするとしたら、そこから解放された時の、外や自然との共生とか、その中で豊かさをどう感じるかっていうことが重要ですね。

馬場:
そうだと思う。なんか本当にミース・ファン・デル・ローエが定義した、グリット空間でその秩序で20世紀のオフィス空間とか住居空間って大分構成されたと思うけれども。そこはインフラとしてしっかり残っていくと思うけど、そこから解放されていく感じ、みたいなのは感じたりしますけどね。

西田:
その話は時間をかけて深掘りしたい、というか、もっと、都市の動きを検証していきたいとこですね。

馬場:
西田さんも、公共空間の仕事もずっとたくさんしてるし、ずっと考えてきたじゃないですか。一緒に考える機会も多かったけれども、この一か月で、何か、ハッとさせられたこととかあったりした?なんかその辺り聞いてみたいです。逆に僕がインタビュアーになって。まだ、時間大丈夫?

西田:
僕は、最近、町田の芹が谷公園っていう公園とその中の美術館の設計をやってるんですけど。その時公園の風景に興味があって、風景の記憶とか愛着とかと、これから公園を使っていく主体とかのやりたいことを、どう同じ風景の中で重ねられるかずっと考えてるんですよ。さっき話に出てたみたいに、公共空間ってコミュニケーションが初対面だと難しいじゃないですか。それが、オンラインになった瞬間に、オンラインの中だと、属人性が出るんですよ。今まで公共空間だといきなりその場で話すのにすごいハードルがあったのに、オンラインの中だったら手軽なコミュニケーションのハードルが下がって、初めて会った人と会話ができたりして、その属性とか繋がり方とかを上手く公共空間にインストールできないかなって最近考えてます。

馬場:
なるほどなるほど。オンラインの中だからちょっと自分と違う振る舞いができる…

西田:
始めに馬場さんが言われていた、オンラインで会ったことのない人と仕事を始められる感覚って、リモートトラストって言うらしいんですけど、その感覚でつながってから、公共空間で会うみたいな流れをつくったりすると、実際の空間での振る舞いが、もっと変わって、繋がっていけるかなって考えています。

馬場:
確かにそうね。オンラインになった瞬間に背景に面白いのをいきなり上げるやつが出たりとか、面白い振る舞いをする人が出てきたりして、こいつ意外な一面あるなと思ったりとかして。面白いことありましたね、結構。

西田:
そうなんですよ。だから今の時期は、僕も家から出られないので、じっとしてるんですけど、ここでの気づきとか、実験的にオンラインでやったこととかと、どうやってオフラインを繋げていくかとか考えますね。

馬場:
そこの関係性を考えるのって面白そうだなあ。確かに。

西田:
そういう気づきは、結構ありました。しかし、もう時間がきてしまいました。

馬場:
あっという間〜

西田:
あっという間の30分…最後に馬場さんの今日の言葉を、僕がかなり乱暴にまとめた、今日の視点みたいなのを紹介しても良いですか。全部馬場さんの言葉なんですけど。

「Todays perspective 〜これからの都市を探る視点〜」ということで

西田:
1)手軽なコミュニケーションのハードルが下がってる。
2)オフィスがパブリックスペースみたいな場所。
3)適度な距離感を取る、心地よい距離感の美学。
4)スカスカな調和を都市の共通の理想としてもつ。
5)公共の中にプライベートの粒が存在している。
6)コントロールする空間から解放される。

馬場:
すげーな、このインタビューをしながらこれを的確にまとめているんだ。笑

西田:
いやいやいや、これ馬場さんの言った言葉で、良い言葉は10個以上あったのを、ただ、僕はピックアップしただけで。あっという間の30分でした。

馬場:
良い時間。30分って良い時間のセルですね。

西田:
そうですね。話の中で「問い」を共有して、終わってからまたしばらく考えようと、そういう時間になったと思います。本当に、馬場さんありがとうございました。

馬場:
ありがとうございました。

西田:
ソトノバラジオはまた来週も続きますので、引き続きよろしくお願いします。今日はありがとうございました。

Photo by OpenA
テキスト:秋元友里(東京都市大学大学院/ソトノバライター)

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