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プレイスからはじめる都市開発とは?プレイス主導型開発について語る PWJ 2021 #5

12月2日から6日までPlacemaking Week JAPAN 2021 vol. 2が開催されました。そのなかでは、セッション5 Global Session “Place-led Development” – Urban Development Projects Starting from a Place ~The connection between urban development and placemaking〜 (日本語タイトル:プレイスからはじめる都市開発プロジェクト”Place-led Development” ~都市開発とプレイスメイキングの接続を考える~)では、都市開発プロジェクトにどのようにしてプレイスメイキングを活かすことができるのかを海外の実例をもとに議論しました。

はじめに、Placemaking Japanの田村康一郎さんからテーマであるプレイスメイキングと都市開発プロジェクトのコンセプト等についての導入の説明があり、ゲストからのプレゼンテーションへ移りました。本プログラムには、Placemaking X / Placemaking EuropeからHans Karssenberg氏、Design JamからValli Morphett氏に参加いただき、ヨーロッパとオーストラリアの事例についてのプレゼンテーションをしていただきました。その後、田村さんと3人でのパネルディスカッションが行われました。

本記事では、その様子をレポートします。当日の様子は、Twitterテキスト中継からもご確認いただけます。


プレイスメイキングと都市開発プロジェクトの関係とは?

はじめにプログラムのテーマである「プレイスメイキング」と「都市開発プロジェクト」についての解説がありました。プレイスメイキングは、パブリックスペースや公共性と関連して話されることが多くあります。そんなコミュニティや地域性などといったソフトな開発というイメージがあるプレイスメイキングに対して、都市開発プロジェクトは民間によって行われ事業性が求められるように考える方も少なくないのではないでしょうか。

image6プレイスメイキングと都市開発プロジェクトは、「公共と民間」「情緒的なものと事業」といったように対立するものとして語られることが多くありますが、決してそうではないと田村さんは説明します。

このプログラムでは、2者が対立しているのではなく親和性のある形を目指せるものだということを伝えながら、「どのようにプレイスメイキングの中に都市開発を取り入れていくのか」「都市開発に携わる人々はどのようにプレイスメイキングに関わっていくことができるのか」という点について考えていきます。田村さんは

「プレイスメイキングと都市開発プロジェクトが交わるプレイス主導型開発(Place-led development)の方法や事例に触れながら、どのように実践できるのかに迫っていきたい。」

とお話ししました。「プレイス主導型開発」という言葉は耳慣れない印象がありますが、日本でも実践されている例はあります。

例のひとつとして挙げられた吉日楽校・ACTO日吉では、マンションが建設され実際に住む前から、住民同士のコミュニティを形成するための取り組みが行われてきました。また、マンションができた後もそのエリアを楽しむための取り組みが行われています。

(カット済み)image1吉日楽校・ACTO日吉では、「地域とつながるまちづくり」を目指してプレイス主導型といえるような開発が行われてきました。

小さな介入から共に創り上げるアイレベルシティ:Hans Karssenberg氏

オランダを中心にプレイスメイキングやリサーチを手がけているHans氏は、まずはじめに都市開発の理論について話しました。都市開発について考える際に、建物だけでなくパブリックスペースやソーシャルネットワークや経済的ネットワークなどといった面についても考えなくてはならないため、常にエリアを統合的な見方をするようにしているそうです。そのうえで、

「パブリックスペースというのは、持続可能な開発の骨格となる最も重要なもの(Public Space is the backbone for sustainable development)」

と話しました。一度構築されたパブリックスペースは、その土地に長い期間留まるということもわかっているそうです。

image191899年、1931年、1976年のサンフランシスコの一区画の建物の変化と開発の歴史を見ると、パブリックスペースの位置がほとんど変わっていないことがわかります。

次にHans氏は、パブリックスペースの定義について説明しました。パブリックスペースと聞くと、ストリートや公園のみをイメージすることが多いと思いますが、そうではないそうです。歩いているときに見える建物の外壁や、道路に面しているカフェのテラス席なども含めて

「歩行者として歩いているときに目に見えるもの全てがパブリックスペースです」

とHans氏はパブリックスペースを定義しました。

image8パブリックスペースには、私たちが主に活動する地面だけではなく、目に見えている範囲全てが含まれています。プライベートの敷地との境界線などについても考える必要性がありそうです。

そのうえで、Hans氏は、歩いている際によく見える建物の1階や2階の高さを「アイレベルの都市」と定義しました。「アイレベルの都市」は、建物でいうと20%程しか占めていないかもしれませんが、それはそのストリートを歩く人の体験の80%を決めるそうです。

image9私たちが歩いている際に目に入る風景のほとんどは、この「アイレベルの都市」の範囲(画像ではオレンジの線で囲まれている範囲)に含まれています。これらが、私たちの街での体験の大半を決めているとHans氏は話します。

City at eye levelのリサーチを通じ、Hans氏は、パブリックスペースとプレイスは違うということに気付いたといいます。パブリックスペースは機能性があるものである一方で、必ずしもそこに暮らす人が慣れ親しんだものではありません。一方で、プレイスとなると人々がその場所を使うことで笑顔になり、リラックスすることができます。それでは、どのようにしてプレイスを創出することができるのでしょうか。

プレイスをつくるためには、ユーザーや不動産オーナー、市町村などが共創することが大切であるとHans氏は言います。そのプレイスを共創するメカニズムを探していくと、素晴らしいプレイスをつるためには、使い方に関する「ソフトウェア(Software)」、デザインに関わる「ハードウェア(Hardware)」、そして仕組みに関する「オーグウェア(Orgware)」の3要素が不可欠であることがわかりました。

image12プレイスがつくられるまでには時間が必要なため、ソフト面とハード面だけではなく、長期戦略やマネジメントなどといった「オーグウェア」が欠かせません。

それでは、プレイスが主導する開発はどういったものなのでしょうか。Hans氏はまず、先程のプレイスの話に関連付けて、プレイスメイキングについて話しました。そして、プレイスメイキングによってその土地や建物の不動産価値が向上することやコミュニティの構築などといった様々なメリットがあると述べました。

image17不動産価値の向上といった直接的なメリットだけではなく、文化や経済、環境などといった幅広い範囲への影響があるプレイスメイキング。

そのうえで、プレイスメイキングとエリア・不動産開発、そしてそこにコミュニティ開発の3つが合わさったものこそが「プレイス主導となったエリア開発」であると言いました。3つの活動が重なったときにのみ達成されるものです。

image18不動産開発とコミュニティ開発が重なった範囲は「協力体制にある開発」、コミュニティ開発とプレイスメイキングが重なった範囲は「コミュニティプレイスメイキング」、そしてプレイスメイキングと不動産開発が重なった範囲は「プレイス基準の都市デザイン」と定義されています。

それでは、実際に具体例をみていきましょう。Hans氏は、計画のフェーズにある「メルヴェー・ユトレヒト(Merwede Utrecht)」というユトレヒトの再開発の事例と、開発のフェーズにある「ラインハイゼン・エリア協同組合(Area Cooperative Club Rhijnhuizen)」の2つの事例を挙げました。

一つ目のメルヴェー・ユトレヒトでは、コンパクトなエリアの再開発においてどのようなパブリックスペースを開発することが好ましいかについて検討します。一般的には、はじめにはどの位置にどの建物を設置するのかということから考えますが、その代わりにそこのエリアが本当に求めているアメニティやプレイスの検討やそれを実現、最大化するための建物のデザインのガイドラインの決定などから始めるとHans氏は言います。これらのフレームワークを全て満たしてはじめて、デベロッパーなどによる開発の着手が始まるそうです。

image20デベロッパーやプレイスメイカーが最後の最後までフレームワークについて話し合います。開発に着手するまでも長い時間がかけられます。

二つ目のエリア協同組合では、ビル・不動産オーナー、プレイスメイカー、住人など様々なアクターが一緒になって、コミュニティメイキングのためにどのような活動ができるのかを皆で話し合います。下の写真のように使われていなかったスペースからアクティビティを始めてみたり、皆で食事をしたり、具体的な開発計画を会議したりなど、小さくても活動を重ねました。

「その結果、開発プロセスそのものの加速に繋がり、最終的にはエリア自体の価値向上へとつながった」

とHans氏は話しました。

image11コミュニティの再生をするために小さなステップからはじめていきます。様々なプログラムアクティビティを行うことで、より大きな夢が達成できるとHans氏は言います。

人々の行動と経済を回復させていくプレイス: Valli Morphett氏

続いてオーストラリアを中心に活動されているValli氏は、オーストラリアにおけるポストコロナのプレイスメイキングの進化についてプレゼンテーションをされました。約18ヶ月という長い期間ロックダウンを経験しているメルボルンでは、コロナ禍の前後ではその都市の姿が一変したそうです。そこで、メルボルンのプレイスメイカーたちはまず「どのように人々の生活は変わったのか」という点についてリサーチを始めたそうです。

image16以前は住民や観光客で賑わっていた街並みも、このように一変してしまいました。長期間のロックダウンにより、人々の生活だけでなく街の姿も大きく変容しました。

それらのリサーチによると、メルボルンの人々の間で、車中心から「アクティブトラベル(徒歩や自転車などの移動手段)」への移行や、屋外空間をより好む傾向へのシフトなどが明らかになったといいます。それらに加え、価値観や健康意識、働き方などといったものにも変化がみられたそうです。それでは、このような様々な変化が起きる中で、オーストラリアではどのようにプレイスメイキングが変化していったのでしょうか?

image14リサーチの一例。コロナ禍のパブリックスペースの利用などにまつわる人々の変化についてまとめられています。

コロナ禍のプレイスメイキングの変化について紹介するために、Valli氏はまず、プレイスメイキングの定義と、様々なプレイスメイキングの種類について説明しました。Valli氏は、自身が所属するDesign Jamの定義を引用しながら

「プレイスメイキングは、共同的にエリアを再生していくプロセスであり、社会的、文化的、経済的、環境的、そして政治的に恩恵をもたらすものです。」

と話しました。この中でも特に政治的な恩恵は大切であるそうです。そのような定義のプレイスメイキングには、いくつかの種類があるそうです。Valli氏は以下のスライドを用いて説明しました。それらの異なる種類のプレイスメイキングの中には、コミュニティプログラムなどから文化的なもの、経済的なものなどが含まれます。

image15画像では、右側の種類になるにつれて、そのプロジェクトはビジョンを明確化する必要があり戦略的なものになっていくとValli氏は説明されました。

コロナ禍がはじまった当初の2020年は、ほとんどのプレイスメイキングのプロジェクトは、上の画像で最も左に位置している戦術的なもの(Tactical Placemaking)だったそうです。ポップアップやパークレットなどを通じ、手探りでの活動が行われていました。その中でも屋外の飲食に関するものが多かったそうです。

その後はポップアップなどだけにとどまらず、コロナ禍での生活が続いた2021年には、経済的な開発のプレイスメイキングが主流となったとValli氏は話しました。その背景には、新しいプロジェクトを始めれば必ず人が来るという時代はもう終わったということや、戦略的に行動経済学のリサーチに基づいてエリアの経済を支えなくてはいけなくなったということがあるそうです。

経済的な開発のプレイスメイキングを通じ、コロナ禍での経済的な負のサイクルをどうにかして成長のサイクルへと変換することを狙い、プロジェクトを行いました。そうすることで、投資家の自信が回復したりコラボレーションの事例も増えたり、人の訪問数や支出なども増えたりしたという良い結果が得られたそうです。

image2プレイスメイキングを通じて負のサイクル(Cycle of Decline)を成長のサイクル(Cycle of Growth)へと変換させるために、経済的開発の戦略に基づいたプレイスメイキングが行われました。

続いて、Valli氏はバニュール郡(Banyule Council)の「改めて地元の良さを知ろう(Rediscover Local)」というプロジェクトケースを例として紹介しました。バニュール郡は、人口およそ13万人ほどの小さなエリアですが、プレイスをベースにした経済開発のプロジェクトを導入することで、経済の回復を目指しました。具体的には、「バニュール郡に住む住民(子供を除く)が毎週エリア内で5ドル使うことによって地域経済に計1500万ドルが地域経済に注入され、新たに316の雇用を生む」という目標が掲げられました。

その目標を達成するために様々な取り組みが行われました。その中には「買い物できる窓(Shoppable Window)」という事例もありました。これは、コロナの影響もあり空きのテナントが増えてきたストリートの活性化と、地元の小さなビジネスを支援するという目的のもと、空き区画の店頭を有効活用し、下の画像のような商品の展示とそれが購入できるQRコードの掲載を行いました。これは、コロナ禍の街の風景を賑やかにするだけではなく、コロナ後にも継続した顧客となるための基盤をつくり出すという効果が期待されます。

image5このような「買い物できる窓」がロックダウン中にも街の景色を明るくしました。お店に入らずストリートを散歩しているだけでもワクワクですね!

このような小さな取り組みをいくつもやることによって、エリアには大きな変化がありました。例えば、対前年比で35%地元での支出が増えたり、10万ドルのスポンサー費がプロジェクトをより加速させたりなど、数値化されたものに着目するだけでも明らかに大きな変化がありました。Valli氏は、エリアを変化させるために大きなプロジェクトは必ずしも必要ないと考えます。その上で、このバニュールの例のように、小さくてもスマートに街に変化をもたらすプロジェクトが今後より増えていくことに期待しているそうです。

image4Valli氏が撮影したメルボルンの教会の写真。礼拝がある日曜日以外は画像のように、地元のレストランが屋外シートを設置しています。「パブリックスペースを異なるアクターが共有する」というのも小さなプロジェクトの一つですね。

パネルディスカッション

お二人によるプレゼンテーションのあとは、田村さんを進行役にパネルディスカッションが始まりました。お二人のプレゼンテーションでは、プレイスメイキングやプレイス主導の開発のエリアへの効果を数値化することやデータとして記録することが共通していました。その数値化することはどのような背景があるのか、それによって期待されることはどのようなことなのでしょうか。

Hans氏は、デベロッパーやビジネスオーナーなどにプレイスメイキングについて知ってもらう際に必要なことは3つあると紹介しました。それらは、「相手の心に訴える愛」「より具体化するための事例」「数字」です。

「これまで多くのプレイスメイカーは情熱や事例について語ることはできても、数値化されたデータを用いて説明することがあまり得意ではなかった。」

とHans氏はいいます。しかし、プレイスメイキングをより長期的に安定したプロジェクトにするためにオーグウェアが必要なように、より多くの仲間を見つけ、プロジェクトをビジネスケース化するためには、数字を使うことが不可欠であるそうです。

同じように、Valli氏も競合優位性を示すために数字は必要不可欠であると考えます。特に、メルボルンのように開発のマインドセットが成熟している都市においては、プレイスメイキングがよりハイレベルなアクティビティとして関心を集めているため、多くの人はソフトデータだけではなくハードデータを求めてくることが多いそうです。そのような背景から、プレイスメイキングにおける数字データが益々重要な役割を担うことになったそうです。

image7前半のValli氏のプレゼンテーションでも、プロジェクトによってそのエリアにどのような変化があったかを数字を用いてより具体的に説明されているのが印象的でした。

数値化に関することだけではなく、パネルディスカッションでは「プレイス主導型開発」におけるコミュニティの巻き込み方についての議論も行われました。田村さんは、まずはじめに開発やプレイスメイキングのあらゆる場面において、常に人々の巻き込み方が重要であることを確認されました。その上で、プレイス主導型開発で特に意識するべきことや特徴的なコミュニティの巻き込み方があるかどうかをお二人に尋ねました。

Hans氏は、住民や不動産デベロッパーは常に隣り合わせでなければいけないという点と、コミュニティは開発のあらゆるプロセスへ介入する必要がある点を強調しました。その上で、

「異なるアクターがいる中で、プレイス主導型の開発においてはトップダウンとボトムアップをどちらも行う「ミドルアップダウン」という進めをとることが望ましい。」

と説明しました。開発の計画に関しての真面目な会合だけではなく、「どのクラブチームが好きか」「休日はどんな過ごし方をするか」などといった人間ベースの付き合いが大切だそうです。また、Valli氏も

「全てのエンゲージメントを関係と信頼の構築のために大切にしてほしいです。お互いにとってウィンウィンで、共創していくことができるプロジェクトがベストです。」

と述べました。大きなプロジェクトであったとしても、どんな立場のアクターであれ、一人一人との関係構築がプレイス主導型開発において最も大切であるということが分かりました。

image10Hans氏のプレゼンテーションで紹介されたプレイス主導型の開発プロジェクトメンバーでの食事会の様子。真面目な話をするだけでなく、美味しいご飯を囲みながらそれぞれの「エリアへの情熱」を語り仲良くなっていくそうです。

終わりに

Placemaking Week JAPAN 2021 vol. 1などこれまで様々なプログラムに参加する中で、筆者自身どこかでプレイスメイキングとエリア開発は対立するものであるという印象を持っていました。というのも、はじめに田村さんの解説でもあったように、プレイスメイキングはコミュニティベースで行われ、エリア開発は不動産会社などといった大きなプロジェクトを実行できる資金を持った事業主が行っているイメージがあったからです。しかし、今回のプログラムを通じ、それらの異なるアプローチが同じ方向を向くことで、エリアの暮らしやすさや魅力、価値などが相乗的に向上していくということを学びました。


その一方で、「プレイス主導型開発」のプロジェクトの実践には、不動産開発とコミュニティ開発、そしてプレイスメイキングが重なることが必要であるというのは容易ではないという印象を受けました。パネルディスカッションでHans氏とValli氏が強調していた「信頼し合う関係構築」の大切さ以上に、日本国内でプレイス主導の開発を実践するためには過去や現在の事例から学び、「まずはやってみよう」という姿勢が必要であるように感じました。まずは、あなたの暮らす街で「プレイス主導型開発をやってみたらどうなるだろう?」と考えてみることから始めてみませんか?

image3プレイスメイキングのディスカッションはまだまだ続きます。今後も様々なプロジェクトが世界各地で行われていくのが楽しみです。登壇された皆さん、ありがとうございました!

グラフィックレコーディング  by 千代田彩華さん

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