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暮らしの中に散りばめられたアート ロンドンと日本のストリートからみるまちの違い
みなさんが生まれ育った街や住んでいる地域にパブリックアートはありますか?また、旅行先で見かけたり、SNSで話題になったりしていて印象に残るパブリックアートはありますか?
筆者にとって印象的なパブリックアートは、今回のカバー写真でもある「ロンドンのコヴェントガーデンでのストリートパフォーマンス」です。
この写真の撮影時には、ミュージックエンターテイナーの男性がパフォーマンスをしており、レストランで食事中の人々だけでなく地上階で買い物をしている通行人も思わず足を止めてしまうほど、彼の歌声とコメディーによってその空間全体が引き込まれたことを覚えています。
この記事では、「パブリックアート」の定義やその役割を考えながら、コロナ禍に国内でより多様化している公共空間や路上の利用のなかで、いかにして日常レベルでパブリックアートが取り入れられるかという点について考えていきたいと思います。
(ソトノバ・スタジオ|ソトノバ・ライタークラスの卒業課題記事です。)
Contents
パブリックアートとは?
みなさんはパブリックアートと聞いた際にどのようなアートをイメージするでしょうか。壁画、彫刻、銅像など様々な形態が頭に浮かぶと思います。筆者が生まれ育った仙台市を例に取ると、中心部に位置する定禅寺通りにある彫刻や、仙台駅で多くの人が待ち合わせ場所として利用するステンドグラスが挙げられます。普段の生活の中で意識的にアートとして楽しむことは少ないものの、帰省する際にそれらのアートが、エリアのブランド力向上やシンボルとしての意味合いを持っているのではないかと感じることがあります
仙台駅のステンドグラス。仙台七夕まつりや伊達政宗といった地域にゆかりがあるデザインが取り入れられています。Photo by Midori Dobashi「アート」とは何を指しているのか?
筆者が大学院生としてイギリスで生活するなかで驚いたことの一つに、街の至る所に溢れるアートの多さが挙げられます。これは前述した壁画や彫刻だけではなく、ストリートパフォーマンスや公園で演奏する芸術大学生やアマチュアパフォーマー、壁に描かれた「落書きアート」といった、より様々な形態のアートを含んでいます。実際に、ロンドンにあるテート・ギャラリーの「パブリックアート」の定義では、
モニュメントや記念碑、市民のための彫像や彫刻は、最も確立されたパブリックアートの形ですが、パフォーマンス、ダンス、演劇、詩、グラフィティ、ポスター、インスタレーションなどの形で、パブリックアートは一過性のものであることもあります。(筆者訳)
と説明されています。
落書きが容認されているロンドンのリークストリート。訪れるたびに落書きが更新され、撮影時も画面右で学生アーティストがスプレーを使い新しい作品を仕上げていました。Photo by Midori Dobashiこのような一過性のアートの意味での「パブリックアート」は、少しの散歩のつもりが街でクラシックを楽しむことになったり、大道芸に目を見張ったりと、日常を豊かにする効果があると筆者自身感じることが多々あります。また、音楽を聴きながら手拍子したり曲を口ずさんでいたりする際に、まちやエリアでの一体感や温かさを感じることがあります。
ロンドン・ピカデリーサーカス付近での一枚。画面右下で演奏するミュージシャンの演奏に合わせて立ち止まる人や踊り始める人で賑わっています。楽しみ方は違えど、多くの人がアートを楽しんでいます。Photo by Midori Dobashiしかしながら、私自身、パブリックアートに関して「エリアのなかでどのような役割を担っているのか」や「私たち自身にどのようなインパクトがあるのか」など改めて考える機会があまりありませんでした。パブリックアートがストリートをはじめ、まち(ソト)にあることで、暮らしに豊かさが加わります。
その「豊かさ」とは一体どこからやってくるものなのでしょうか。これらの問いを、一過性のアートも含めた広義的な意味での「パブリックアート」の定義をもとに考えてみましょう。
私たちの暮らしとアート:パブリックアートの3つの役割
それでは、パブリックアートとは一体なにを目的としていて、どんな効果があるのでしょうか。イギリスの芸術団体は、パブリックアートには「経済への効果」「社会的不公正の是正への貢献」「シンボルとしての意味」の意味・目的があると述べています。ここまで登場してきたアートの例やみなさんの街にあるパブリックアートを頭に思い浮かべながら、実際に照らし合わせてみましょう。
「経済への効果」「シンボルとしての意味」の2点は、その効果がわかりやすく目に見える形で現れる印象があります。その一方で、アートが「社会的不公正の是正に貢献している」といわれると、パッとしないことが多いかもしれません。しかし、このポイントこそが、私自身がイギリスのパブリックアートに感動し学びを得ているポイントであり、日本のパブリックアートをより豊かにするために必要であると感じる点なのです。
「社会的不公正の是正」というとどこか小難しい響きがしますが、前述したエリアの一体感や温かさもこれに含まれると考えます。また、何かメッセージを持ったアートが公園や路上などの公共の場で一時的にでさえ存在し、その場所を豊かにするその寛容さこそ、不条理や不平等への抵抗であると考えることもできます。これらの「温かさ」や「寛容さ」というポイントに絞り、イギリスのパブリックアートを取り巻く環境についてより深くみていきたいと思います。
イギリスのパブリックアートの「温かさ」と「寛容さ」
パブリックアートに関するイギリスと日本との違いは枚挙にいとまがありませんが、ここでは「パブリックアートを巡る制度」と「投げ銭文化」の2点に焦点を当てたいと思います。
パブリックアートを巡る制度
イギリスではパブリックアートがまちなかに溢れている一方で、それらのアートはほとんどがガイドラインに従って存在しています。実際にロンドンのストリートパフォーマンスを例にとってみると、バスク・イン・ロンドン(Busk in London:Buskは大道芸の意味)というホームページ上では大道芸人のパフォーマンスに関するガイドラインが公開されています。ガイドラインの内容をみてみると、場所や時間などストリートでパフォーマンスをする際に留意するべきポイントがリストアップされています。しかしその内容以上に、このガイドラインで注目するべきポイントは冒頭に書かれています。
このガイドラインは、ストリートパフォーマー、ロンドン市長、議会、企業、警察が、良好な関係と活気あるストリートカルチャーを促進するために作ったものです。(筆者訳)
このガイドライン作成の過程では、管理方法をそこに関わる人みんなで考えているのです。どのように規制するのかを、規制を実行する側のみで考えるのではなく、「エリアやストリートを盛り上げるためにはどのようにすればいいのか」という問いを全員で考えていく姿勢にこそ、パフォーマーへのリスペクトの気持ちやエリアへの寛容さの答えがある気がします。また、パフォーマー自身もルール作成に携わったからこそ気持ちよくルールを守ることができるのではないでしょうか。
8月のとある日の金曜日の夜、シンガーの歌声に多くの人が足を止め、演奏を楽しみアンコールを求めるものの、彼は「ルールである時間を守らなくてはならないから、また明日聞きにきて欲しい」とパフォーマンスを終えていました。Photo by Midori Dobashiパブリックアートの醍醐味!? 投げ銭文化
規制ルールだけではなく、実際にパブリックアートを享受する人々が行う投げ銭にもイギリスの特徴があります。投げ銭文化が広がっている背景には、チャリティ文化が根付いているという歴史背景やアートへの興味関心などといった国民性に依存する面もありながら、「投げ銭のスマート決済の導入」が挙げられます。
実際、ロンドン市長は2018年にスマートフォン決済のプラットフォームと提携することを決めました(参考:BBC)。これには、電子化が進むなかで現金を前提とした投げ銭への危惧やストリートパフォーマーやアートへの保護が背景にあります。筆者自身もキャッシュレスの投げ銭文化の恩恵を被る場面が多々あり、お財布の中身をみて小銭がなく申し訳ない気持ちでその場を立ち去ることが無くなり、自身が応援したいアーティストに対して自身の好きな額を簡単に払うことができるようになりました。
ここでポイントなのは、先程のガイドライン同様に、アーティストだけでなく行政や投げ銭文化を支える人々といった別のアクターが関わっているという点です。アートやアーティストが寛容に受け入れられる制度や社会、また彼らを受け入れる人々こそが、アートを「社会的不公正の是正へ貢献している」という効果につながっているのではないでしょうか。
キングスクロス駅の前で歌を披露するシンガー、手前にはキャッシュレスで投げ銭のできる機械が完備されています。Photo by Midori Dobashi日本のパブリックアートは?
それでは、日本におけるパブリックアートやそれを巡る環境はどのようになっているのでしょうか。
まずはじめに、その起源については自治体が彫刻作品をパブリックスペースに展示することにあるとされています。しかし現代では、パブリックアートは彫刻にとどまらず様々な形態があり日本国内の建築や都市空間と同じ文脈で語られることも増えてきました。
国内のパブリックアートを取り巻く環境
ただその一方で、ストリートパフォーマーなどといった一過性のパブリックアートはまだまだ少ないような印象を受けます。実際に調べてみると、日本国内のパブリックスペースには、道路交通法や公園の利用に関する規制などがあり、イギリスの例でみられるように個人のアーティストがストリートパフォーマンスをすることは容易ではありません。
しかし近年では、道路をはじめとしたパブリックスペース活用やウォーカビリティなどに関するトピックは国内でも活発な議論が進んでいます。また、一過性のイベントや公共性が認められるものに対して許可が認められる場合も多々あります。
一例として、仙台市中心部では毎年9月に「定禅寺通ストリートジャズフェスティバル」というイベントが開催され、市内の至る場所でミュージックパフォーマンスが行われ、老若男女が音楽を楽しんでいます。実際にこのイベントは、道路使用許可等のもとで有志による実行委員会が中心となり開催されています。
定禅寺通ストリートジャズフェスティバルでは、開催に合わせ毎年交通規制が行われます。ジャズの音色に包まれるだけではなく空間的にも非日常を楽しむ機会となっているのではないでしょうか。Photo by (公社)定禅寺ストリートジャズフェスティバル協会とはいえ、一時的なイベントではない日常的なストリートパフォーマンスに対する規制やガイドラインの作成や投げ銭文化を一例にした市民のアートに対する意識は、決して高いとは言えないと思います。それゆえ、イギリスの例でみられるようなアートを通じた温かさや寛容さ、ひいては「社会的不公正の是正への貢献」への道のりはまだまだ長そうです。
日本国内におけるパブリックアートの今後
日本において、より「温かさ」や「寛容さ」を含んだアートがうまれるには、またそれらのアートを受け入れるまちづくりをするには、どのようなことができるのでしょうか。もちろん、アートへの関心や国民性、またそもそもの芸術と生活の距離といったような違いがあるなかで、イギリスのパブリックアートのあり方から日本のパブリックアートは何が学べるのでしょう。筆者自身が考えるポイントをまとめていきたいと思います。
アートを取り巻く環境への配慮
パブリックアートに関する議論の多くは、「公共空間とパブリックアートをいかにして両立させるか」という点に焦点が置かれがちです。この問いには、公共空間とアートが対立するものであるという視点が含まれてしまうという危うさがあります。実際に、日本国内では既存の制度をみても、パブリックアートを許容していくのかというような「取り締まるか(両立するか)、どうか(両立しないか)」というような二元論で語られている印象を受けます。
ロンドン・コベントガーデンでの一枚。画面右上のレストランで飲食をしている人や広場で座り休憩している人、そして通行人が同じ場所でそれぞれの方法で場所を楽しむように、パフォーマーもアクティビティを行いそのエリアを楽しみます。Photo by Midori Dobashiしかし、公共空間を含めた「まち」のなかにある「パブリックアート」という視点で考え直すことで、「エリアと既存のパブリックアートの親和性をより高めるためには」「エリアに暮らすアーティストにとって快適な環境をつくるには」という新たな問いがうまれます。
その問いを考えるなかで、前述の「パフォーマーを巻き込んだガイドラインの作成」や「投げ銭のキャッシュレス化への支援」のようなパブリックアートを取り巻く環境に対するより幅広い支援がうまれてくるのではないでしょうか。エリアの豊かさを支え、わたしたちの暮らしの温かさを生み出すパブリックアート。これから外を歩く際には、意識してパブリックアートを探してみてはいかがでしょうか。