ワールド・トレンド|海外
世界で唯一のプレイスメイキング専攻課程! ニューヨークで学ぶパブリックスペース学
プレイスメイキングのことをもっと知りたいけれど、何を学べばいいのかよく分からない、と感じている方もいるかもしれません。
実は、ニューヨークにある大学院プラット・インスティテュートには、世界で唯一となるプレイスメイキングに特化した専攻が設置されています。
同専攻に在籍する筆者が、プレイスメイカー育成の先端プログラムについて紹介します!
「プレイスメイカー」を目指すには?
大学でパブリックスペースを中心にして教育・研究するプログラムはなかなかありません。それは1960年代にプレイスメイキングという概念が生まれたアメリカでも同じです。
その一方で、パブリックスペースへの関心は世界的に再び高まってきています。
そんな中、ニューヨークにあるアートスクールのプラット・インスティテュート(以下、プラット)は、2015年に世界初となるプレイスメイキングの修士課程(MS Urban Placemaking and Management)を開講しました。
プログラムアドバイザーのデイビッド・バーニー教授は、設立の経緯をこう語ります。
ニューヨーク市ではブルームバーグ市長の時代に、パブリックスペースに関する動きが盛りあがりました。しかし、当時市に勤めていて、パブリックスペースをより良くしていくための訓練を受けている職員が少ないことに気づいたのです。そこで、2012年からプラットでのプログラムづくりをはじめ、開講に至りました。
プレイスメイキング教育の体系とは?
プラットのプレイスメイキング専攻では何を学ぶのでしょうか。
2年間のプログラムで扱う主なトピックには、パブリックスペースの「理論・歴史」、「調査技法」、「デザイン」、「社会的課題」、「マネジメント」、「経済」などがあります。
これらのプログラムは、単に空間やイベントをデザインするだけにとどまらない、プレイスメイキングの多様な側面をカバーするよう構成されています。
プレイスメイキングというと日本では新しい概念のように聞こえるかもしれませんが、世界でのパブリックスペースについての研究は都市学、地理学、社会学、環境学といった様々な分野で何十年もの積み重ねがあります。
最初の学期は「パブリックスペースとは何か?」ということについて、近代化以前からさかのぼって多様なパブリックスペースのあり方・考え方を紐解きつつ、議論を深めていきます。
パブリックスペース活用のこの分野をリードしているProject for Public Spaces (以下、PPS)やゲール事務所の手法を参照しつつ、プレイスメイキングの技法として、さまざまなアプローチを学びます。
デザインについては、都市デザインとランドスケープデザインの双方を学びますが、空間単体にとどまらず、アクティビティやプログラムについても考えていきます。
また、ニューヨークのパブリックスペースをとりまく重要なテーマとして、公平性や市民参加といった話題にも力点が置かれています。
見た目がよい空間をつくったとしても、それが本当にすべての人々に開かれたものになっているのか、徹底的に議論が行われます。
そのほかにも、パブリックスペースの経営・運営、健康とパブリックスペースといった、さまざまな個別のクラスが用意されています。学生はそれぞれの関心にあわせて、母体であるプランニング研究プログラムで開講されているものも含めてクラスを選ぶことになります。
ニューヨークは学びの宝庫
プラット・インスティテュートのもつ大きな強みは、ニューヨークという立地です。
すぐれたパブリックスペースの事例や、実務者のネットワークがあり、プログラムはそれらを最大限活用しています。
例えば、講義はニューヨーク市の公園局長や第一線で活躍するランドスケープアーキテクトなど、プレイスメイキングにかかわるプロフェッショナルの人々が担当しており、リアルタイムな事例から学ぶことができます。
ニューヨークといえば、ブライアントパークやハイラインといったパブリックスペースの事例を思い浮かべる方もいるかもしれません。それらの事例を取り上げて、批判的な目からも議論を掘り下げていくことも、この専攻の特色です。
また、スタジオ演習はウェートが大きく、今期は市内でのプラザ新設を題材に、Business Improvement District (BID)への提案を練っています。
(ニューヨークのプラザプログラムについては過去記事『まちの主役を歩行者に変えたニューヨーク市「プラザ・プログラム」のこれまで、これから(前編・後編)』参照)
このスタジオには、ニューヨークを拠点とするPPSから講師が参加しており、PPS流のパブリックスペース調査方法を実際に用いながら、フィールドワークと分析・提案を行います。
授業は夕方に設定されており、外部でのインターンが奨励されていることも特徴といえるでしょう。PPSやゲール事務所といったプレイスメイキングをけん引する組織をはじめ、設計事務所やBIDなどが学生のインターン先となっています。
グローバルに考えるプレイスメイキング
プレイスメイキング専攻はまだ3期目ですが、世界各地から多様なバックグラウンドの学生が集まってきています。
1学年約15名のなかで、半数以上が留学生です。日本のほかにインド、中国、ブラジル、キューバ、イランなど、実に様々な顔ぶれが揃っており、それぞれの地域でのパブリックスペースの実例を持ち寄りながら、日々議論を交わしています。
さらに、スタジオ演習としてキューバや日本などの国際スタジオも組まれており、ニューヨークの事例だけではなく、世界のパブリックスペースを題材に学ぶことができるプログラムも魅力です。
プレイスメイキング専攻の今後について、バーニー教授は「それぞれの国・都市に帰った学生が、プレイスメイキングをより大きなムーブメントとして盛りあげていくことを思い描いている」と語ります。
形だけではないプレイスメイキングのために
プレイスメイキング専攻は、純粋な都市計画でも建築でもなく、分野横断的でユニークな構成となっています。また、プラットではニューヨークの事例に根差した実践の技法だけでなく、理論面にも力を入れています。
そこには、これまで多くのプレイスメイキング的な取り組みが行われてきた中で、必ずしも肯定的な反応だけではなかったことも背景にあります。
表面的なデザインやイベントのような形だけのプレイスメイキングではない、より深い意味でのプレイスメイキングへの理解が求められているのです。
「形だけではないプレイスメイキング」とは、プレイスメイキングを行うことで逆に阻害される人はいないか、将来的に負の影響をもたらさないか、持続的な運営が可能か、地域のアイデンティティに根差しているか・・・ということまで突き詰めて考えるものだと、著者はニューヨークの事例から学びました。
プラットではその答えを探して、様々な角度から日々議論が交わされています。このようなプレイスメイキングの問いへの答えは、プロジェクトによって様々かもしれません。
ニューヨークで議論されているような様々な角度から、日本の文脈にあったプレイスメイキングの手法と理論とはどのようなものかを考えてみるのもよいかもしれません。
All photos by Koichiro Tamura