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「草原、家畜、遊牧民」のイメージが覆る?モンゴル・ウランバートル都心部のソト事情
モンゴルといえば、「一面の草原に、馬に羊や山羊、牛などの家畜を放牧、ゲルで生活する遊牧民」などのイメージがあるのではないでしょうか。
相撲による交流が盛んな今日、日本とモンゴルは非常に友好な関係です。私の学生時代の同期にもモンゴルからの留学生がおり、身近な国という意識がありました。
今回はモンゴルの牧歌的なイメージが覆るような、ウランバートル都心部とパブリックスペースの様子をご紹介します。今後更なる発展が予想される新興国モンゴルにおいて、現在のパブリックスペースの様子を、歴史や文化、日本の事例との類似点や相違点から分析し、今後のプレイスメイキングに活かせる情報の提供を目指します。
本記事は「2022年秋のモンゴル武者修行」というツアーに参加した筆者体験(2022/9/18~9/25)を元に書いています。ツアーは草原編と都市探索編があり、草原編にて一面の草原に囲まれたキャンプ地でのゲルでの寝泊まりや、一日中の乗馬などを経験しましたが、今回は都市探索編で得た知識を共有します。
意外と知らないモンゴルの基礎情報
・ユーラシア大陸に位置する内陸国で、北にロシア、南に中国が隣接 |
・国土の北側が針葉樹林地帯、南側に砂漠地帯、その中間に高原(牧草)地帯 |
・亜寒帯気候、ステップ気候、砂漠気候に所属 |
・1990年に社会主義体制から大統領制(民主化)へ |
・民主化以降、日本を始めとする各国や国際機関の支援により経済成長 |
・首都ウランバートルにモンゴル国内人口の3分の2が集中、交通渋滞など都市問題が顕在化 |
・気温は年較差が大きく、夏は40℃近くまで上がり、冬は-30℃近くまで下がる |
人口集中に伴って現在も市域が拡大中であるウランバートル市内は、建設中のビルやマンションがあちこちに散見され、現在進行形で経済成長中の若い国であることを実感します。
2022年9月、大相撲の元横綱、日馬富士が設立した学校や日本大使館などを日本の中古車が溢れる道路から眺めつつ、最初の目的地、国の中心部へ降り立ちました。9月といえば、日本では半袖でも大丈夫な蒸し暑い時期ですが、モンゴルは既に日本の冬の服装でようやく耐えられるという気温です。
国の中心に位置する「スフバートル広場」
まずはスフバートル広場を紹介します。
国会議事堂のほか、国立博物館や国立近代美術館、国立オペラ劇場などが集積する国の中心に位置する公共広場です。この辺りは20 世紀初頭まで、Ikh Khüree(イヘ・フレー)修道院という国の中心的な寺院と宮殿の複合体で占められていましたが、1930年代に共産主義政権によって建物が完全に破壊されたそうです。
スフバートル広場南側から国会議事堂方向を見る。この修道院には当初から広大な広場があり、社会主義時代や民主化の歴史を歩みつつ、政治の中心地のパブリックスペースとして現在まで引き継がれてきたという訳です。
広場の真ん中にあるスフバートル像。チンギスハンと並ぶ革命的英雄としてお札に肖像画が載るほどの偉人。後ろにオペラ劇場。チェーンに座るのは国民性?集会や式典、コンサートのほか抗議デモに使用されるなど、国民のために開かれた広場として利用されています。今回訪れたタイミングでは、音楽ライブが行われていました。
南方向を撮る。芝生でたくさんの人がくつろいでライブの始まりを待っていた。日本の国会議事堂前には広場と呼べる広大な空間はありません。正面の皇居方向にすぐ道路はあるのですが、コンサートなどが開かれたことはあるのでしょうか。モンゴル人の懐の広さというか、オープンなマインドを感じる機会となりました。
仮設性の高いゲルとパブリックスペースの組合せは良さそうだが、タイルの上に建っていると少し違和感がある。視線の先にはノミン・デパート、ツェレンドルジ首相通り
続いて、「ノミン・デパート」が視線の先に見える広場。スフバートル広場から東に歩いて10分程度(約1km)の距離にあります。
ノミン・デパートは社会主義時代に建てられた旧国営のデパートで、現在は民間のノミングループにより運営されています。デパート正面のパネルには一面の映像広告が流れており、確かに広場を歩いたりベンチで休憩していたら思わず見てしまう広場です。「Beatles Square」の愛称がついているようですが、この広場の正確な名前はわかりませんでした。通りの名前はモンゴルの元首相ツェレンドルジの名から「ツェレンドルジ首相通り」となっています。
北側を撮る。奥に見えるのがノミン・デパート。写真左は(非公式らしいが)The Beatlesのモニュメント。広場の敷地は南北に縦長く、スケボーをする少年たちがいたこともあって「スクエア」や「プラザ」というよりは「ストリート」の雰囲気が近い気がします。北側の端にノミンデパート、南側の端にサーカスが位置しています。道路を挟んで東西の建物の1階には飲食店やウール製品のショップなどのテナントが入っています。車道と広場の間には花壇・ベンチが設置され、車道と広場を緩やかに区切りつつも、沿線の建物とこの広場は互いに「見る・見られるの関係」が成り立っているようでした。
南側を撮る。上記と同じモニュメント。写真左奥にサーカスのドームが見える。その他、広場の内部にもキッチンカーや露店など数点のショップが出店しており、通りがかりの人が寄って買い物をする光景が見られました。特に当日は気温15℃と9月としては暖かいこともあり、アイスの露店(モンゴルは乳製品が美味しい)には行列ができていました。すぐ傍にあるベンチに腰掛け、アイスを食べながらノミン・デパートの映像広告を眺める地元の人を何人も目にしました。
アイスショップに並ぶ人々。カラフルなストリートピアノも設置されている。ウランバートルのちょっとしたパブリックスペース事例
旅程の都合上、時間を取って滞在できたのは上記2つの広場でした。ここからは都市探索中に歩いた場所で、筆者が「日本でも同様の事例を見たことがあるな」と反応した場所を紹介します。
まずご紹介するのは、1727年創建、現存するモンゴル最大の仏教寺院、ガンダン・テクチェンリン寺への参道の様子です。車道と参道を植樹でゾーニングし、安全性向上とともに寺への視線誘導を図っています。途中途中でベンチがあり、参拝者を慮ったストリートが形成されていました。目的地までをどう演出するか、日本の寺院の参道や門前町のストリートデザインと同じ形式だなと、遠くモンゴルの地で思い出しました。
ガンダン・テクチェンリン寺までの参道。中心性を持ったベンチ配置と鳩の群れ。ぼーっと立ってると少女がエサを売りにやってくる。休憩にちょうど良い。続いて紹介するのは、より都心部に近いまちなかにあった、STREET FOODという場所。日本では、例えばビル解体後に次の新築工事が始まるまでの暫定利用として、一時的に上記のような屋外飲食スペースが出現する事例がありますが、モンゴルのここは常設利用で整備されているようでした。ちなみに、観光シーズン(夏)が終わったタイミングなので営業しておらず、誰もいませんでした。
STREET FOOD
こちらはノミン・デパートの東側、歩道上にあった仮設建築と思われる施設です。日本では歩道上に建築しようとすると、道路占用許可の特例制度を活用するなどのアプローチが必要になりますが、モンゴルではどのような法律があるのか、どのようにこの施設の設置が実現したのか個人的に気になるポイントでした。
歩道上の仮設建築こちらはとある飲食店前の歩道の様子です。色とりどりのガラスが埋め込まれたパーゴラが、日陰空間を演出しています。グーグルストリートビュー(2014年時点)を確認したところ、このパーゴラは設置されていなかったため、比較的最近設置されたと考えられます。
このように、土地の気候・風土にあった、土着的なパブリックスペースの発生は興味深いです。特にモンゴルは日本と比べて高地(東京:標高40m、ウランバートル:標高1,350m)にあり、日差しが強く紫外線の影響が強いため、写真のような半屋外の日陰空間は今後も増えていくのではないかと思います。
以上、ウランバートル都市探索中に出会った事例をご紹介しました。
おわりに
本記事ではモンゴル・ウランバートル都心部のパブリックスペースの様子を、日本との比較を踏まえて考察・紹介しました。タイトルにあるように、モンゴルといえば草原や遊牧民というイメージが私の中にもありました。
ただ今回の旅で首都ウランバートルにおいては、都会として発展している最中であると認識を改める結果となり、また都市に根付く人々の生活や風景にも日本とは違う歴史や文化を感じました。
今やモンゴルでは完全に都会育ちで、馬に乗ったことがない世代が登場しているという話も伺いましたが、今後は都会育ちの人々の思考と、遊牧民の気質や文化的な背景が上手く混ざり合い、それがパブリックスペースにも表出する可能性があるのではないかと思います。
ソトノバでは本記事を含め、海外のパブリックスペースの様々な事例から、ソトを有効活用するノウハウやヒントが蓄積され続けています。ウィズコロナ・アフターコロナに突入する今、更なる海外事例の蓄積は、今後日本のパブリックスペースを検討する際、複数の視点を提供してくれるため、より良い空間の実現に資することになるでしょう。
誰もがパブリックスペースの存在意義や利用価値を理解し、社会全体で「パブリックスペースをより良くしていくなんて当たり前」という認識が常識となり、日常的に魅力的なパブリックスペースについて考え積極的に発信していく、そんな世の中になっていくことを期待します。
All Photos by 西村隆登