レポート
SDGsのその先へ。都市を問い直す建築展|How is Life?展レポート
現在、TOTOギャラリー・間(東京都南青山1-24-3 TOTO乃木坂ビル3F)において、「How is Life?――地球と生きるためのデザイン」展が開催されています。
建築やデザインを介して気候変動や社会格差など私たちを取り巻く障壁に風穴を開け、成長を前提としない繁栄のあり方を示している古今東西のプロジェクトを紹介します
と謳うこの建築企画展は、古今東西の多彩な事例から、新たな価値観に基づいた都市の可能性を示しています。暮らし方の価値基準が大きく変わりつつある今だからこそ、「ソトを居場所に、イイバショに!」をコンセプトとするソトノバ読者が見るべき展覧会でした。
今回は、TOTOギャラリー・間の館長 橋田光明さんの「館長ギャラリーツアー」を中心に展示の様子をレポートします。
SDGsのその先へ。成長なき繫栄とは?
この展覧会は、ギャラリーの運営委員でもある4名の建築家自らがキュレーターとなり企画されたものです。
企画にあたり4人の建築家たちは
21世紀に生きる私たちは豊かな暮らしを享受する一方で、気候変動や社会格差、感染症の拡大等による世界情勢の変化など、さまざまな課題に直面
している現状に対して、
地球環境に対し建築に何ができるのか
という問いかけをしていきたいと、2年にもわたる議論と検討を重ねたそうです。
その結果、すでに人類の活動はプラネタリー・バウンダリー(地球の限界)を超えているのではないか、SDGsに謳われている持続可能な成長ではなく、本気で成長なき繁栄を検討しなければならないのではないか、という思考に至ったそうです。
しかしそれは、限界を超えてしまった、これ以上成長できない、というあきらめではなく、地球(あるいは地域)とともに暮らしていくための視点を探すことでした。そして、このような現在でも、成長を前提としない繁栄のアイデアや芽をたくさん発見することができました。
「地球と生きるためのデザイン(Designing for our Earth)」とは、環境負荷の低減に向けた価値観の転換が求められる中での大きな一歩なのです。
会場の入り口にはこの展覧会のコンセプトと企画の参考にキュレーターたちが読み込んだ本がずらり。橋田館長の熱いツアーに参加すべし
この展覧会では、6カ国・21の取り組みやアイデアを展示しています。How is Life?の特別ページでは、展覧会のコンセプトから、各展示の詳細な解説動画まで見ることができます。
筆者も事前に動画をチェックしてからギャラリーに行き、一通りわかったような気になって見学しましたが、ギャラリーの方から「この後、館長によるギャラリーツアーがありますよ」とお声がけいただき、2周目に突入しました。
解説してくれた館長の橋田光明さん。いくらでもお話しできそうな内容をぎゅっと絞り込んだ解説はまさに大吟醸。一度見たコンテンツも、橋田さんからプロジェクトの解説だけでなく、制作者や企画者の想い、キュレーターの意図などを聞くと、より深い次元で理解することができました。1プロジェクト3分としても1時間近くかかるツアーですが、予定の時間もあるために橋田さんの泣きながら削ったであろう絶妙トークであっという間に時間が過ぎていきました。
ギャラリーツアーのスケジュールはこちらからチェックしてください。
またプロジェクトごとに、その概要やキュレーターのコメントが記されたコメンタリーペーパーが用意されていて、自分の気になったプロジェクトのコメンタリーペーパーを集め、最後にハトメでぱちんと止めると、自分だけの解説書が出来上がります。
橋田さんはこれを
この展覧会が自分のものになった瞬間
と評していました。
欲張りな筆者は、当然、全プロジェクトをコンプリートしました!
読み返さずにはいられないコメンタリーペーパー。展示物をさらに深く理解するための重要な解説書です。3階 多様な展示に圧倒される
この展覧会では、3階、4階の2フロアと中庭を使って21プロジェクトが展示されていました。
受付のある3階フロアには、主に「暮らし方のアイデア」に関する展示がありました。
都市農業の未来から始まり、パリを囲む環状鉄道の廃線跡地の地域連携プログラムを生態系の視点で実施している活動(「La Ferme du Rail」)、「都市林業」のあり方や「RebBuilding Center JAPAN」による循環型社会、棚田の暮らしなど、古くて新しい価値観が多く提示されていました。
特に「 La Ferme du Rail 」は障害者やホームレスの就労支援に加え、生態系の維持や保全を見据えているところが秀逸です。NYCのハイラインでも同様のプロジェクトが展開されていますが、直観的にわかりやすく展示されているため、自分事としてとらえやくなっています。ハードとしてのまちづくりだけでなく、雇用や就労といった社会課題も包摂的に意識しているという点で、新たな価値観を提供してくれます。
パリの鉄道跡地を地域連携で再生するプロジェクトの模式図。3階のルーフテラスにしつらえられた中庭には、石積み(「石積み学校」)や稲藁葺きの壁(「茅葺普請」)があり、これらもワークショップによって製作されたものだそうです。
単に石積みや茅葺技術の伝承ではなく、かつては地域内で自分たちの家の屋根をみんなで葺き替える「結」と呼ばれる相互扶助の地域制度があった、というところまでを理解することことで、新たな暮らし方が見えてきます。
この茅葺に必要な道具類は、3階に展示されています。
茅葺の作業に使う道具類。一つひとつがとても美しい道具です。伝統的な空石積みは土や粘土を使わず、表に見える大きなの割石と裏で支える小さなの栗石で積み上げていきます。重力と摩擦でピタッと固定する瞬間があり、石の表情を見ながら組み上げていく爽快感と充足感があるそうです。橋田さんは
最初の1時間は、石のかみ合う感覚がわからず、何も進まなかった。
と話していました。
写真の右側に写っている稲藁葺きの壁は、苫葺き(とまぶき)といって、茅の稲藁の穂先を下に向けた葺き方です。屋根などに使われる茅葺は根元の切断面を下にして葺きますが、この逆葺きは蓑などを編むときに使われる葺き方だそうです。
橋田さんも石積みワークショップ参加したそうです。4階 具体的な解決策に圧倒される
4階には「現在進行形のアイデア」が展示されています。「Bicycle Uarbnism」や「Bikable」など、自転車を活用した新たな公共交通の可能性や、TOTOギャラリーにほど近い青山通りを減車線・再配分して自転車道を通しつつ、都市内に駐輪場を実装する具体的なアイデアがありました。また、パリで進行中の「15-Minute City」の動画があり、自動車が明らかに少ないパリを目にすることができます。
フロアの中央には南青山三丁目交差点を模した大きな模型がどーんと置かれていました。
かなり大きな都市模型。道路の青いラインに目が行きがちですが、周囲の建物の内部にも注目してください。青山通り(写真の直進方向)とキラー通り(直行方向)の交差点付近を示した巨大模型は概念的でありつつ、社会実装にも耐えうるよう細部まで検討されています。
筆者はこれと同じ中央に自転車道を持つ構造の道路をバルセロナで見たことがあり、日本でも十分に実現の可能性があると感じました。このような交通インフラの改革には、道路構造の変更だけでなく、道路を使う人みんなが新しいルールを遵守しなければなりませんが、それも含めて、車に頼らない、成長なき繁栄社会をつくっていくための新たな提言と受け止めました。
さらに、緑色に塗られた東京都型の横断防止柵にミニマルな駐輪用ラックが取り付けられており、自転車道の整備だけでなく、まちなかで自転車をどう使いこなすか?という視点がきちんと提示されています。
現在見直されている自転車の活用は、20世紀型モータリゼーションから見るとスピードや輸送量の点で「退化」と見えるかもしれません。しかし、行き過ぎた「進化」を適正に戻し、ITなど新たな技術を使って適切に暮らしていく「修正」が必要な時期に来ているのかもしれません。
模型でありながらこの迫力とクオリティ。自転車愛にあふれています。そうかと思えば、ムンバイ(インド)のトイレに関する展示やオランダの「Floating Farm」(水上酪農施設)、自宅を公衆浴場化した熊本での取り組みなど、身近で喫緊の課題の具体的解決策の展示もありました。
そのほかにも撮影禁止の貴重な資料も展示されていました。
初公開となる菊竹清訓さんの「東京湾計画」は必見です。60年以上も前にこのような壮大なビジョンを持っていた建築家がいたことに驚きを隠せません。エスキスも素晴らしい!
展覧会は自分を映す鏡だった
私たちの暮らし方について、非常に多くの視点から様々なアイデアを提示してくれる今回の展覧会。視点が多角的過ぎて、一人の人間が受け止めるには少々難しい展覧会であることは間違いありません。しかし、すべてのプロジェクトに通底するコンセプトはつながっており、自分の興味あるプロジェクトを深掘りしていくと全容がつかめるのではないでしょうか。
ここに来れば、自分が何に一番興味があるのかがわかります。その意味で、この展覧会は自分を映す鏡です。そこからHow is Life?の問いかけを始めましょう。
All Photo by NAKANO Ryo
展覧会概要
この展覧会は2023年3月19日(日)までです。会期中はギャラリーツアーやイベントもありますので、展覧会の特別ページをチェックしてお出かけください。
展覧会名 | TOTOギャラリー・間 企画展 How is Life? ――地球と生きるためのデザイン |
会期 | 2023年3月19日(日)まで |
開館時間 | 11:00~18:00 |
休館日 | 月曜・祝日 |
入場料 | 無料 |
会場 | TOTOギャラリー・間 〒107-0062 東京都港区南青山1-24-3 TOTO乃木坂ビル3F 東京メトロ千代田線乃木坂駅3番出口徒歩1分 |
キュレーター | 塚本由晴、千葉 学、セン・クアン、田根 剛 |
主催 | TOTOギャラリー・間 |
企画 | TOTOギャラリー・間運営委員会 特別顧問=安藤忠雄 委員=千葉 学/塚本由晴/セン・クアン/田根 剛 |
後援 | (一社)東京建築士会/(一社)東京都建築士事務所協会 (公社)日本建築家協会関東甲信越支部/(一社)日本建築学会関東支部 |