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ストリート|道路空間
車より人を主役に! 地域のコモンスペースとして再生した道路「松山・花園町通り」
「花園町通り(はなぞのまちどおり)」は松山市の中心、松山市駅と堀之内公園を結ぶ幅40mの道路です。松山が生んだ俳人・正岡子規の生誕地でもあります。市民・行政・専門家が一緒になり7年の月日をかけて道路構成の見直しに取り組み、2017年9月、にぎわいと交流を育む都市のコモンスペースとして再生しました。
(本記事は、ソトノバ・アワード2018応募に伴う応募書類を記事化したものです。本プロジェクトは、「プロジェクトデザイン部門賞」を受賞しました。)
にぎわいが少なくなっていた花園町通り
伊予鉄道松山市駅はJRも含めた四国の鉄道駅で最大の乗降客数を有し、そこからつながる花園町通りも、かつては堀之内公園にあった野球場や市民プールなどに向かう人々でにぎわっていました。しかし、相次ぐ施設の郊外移転や郊外型ショッピングモールの出店などにより、人々の流れも段々と減っていき、沿道も含めた新しいまちの姿が求められていました。
車から人中心の道路空間へ
花園町通りの整備では、これまでの自動車の交通中心の通りから、歩行者や自転車といった「遅い交通(スローモビリティ)」に配慮した空間への更新を目指しました。道路の総幅員はそのままで、6車線あった車道を2車線に減らし、自転車道を設け、5mだった歩道幅を最大10mまで広げています。こうした道路空間の再配分により生まれた空間が、人々の日常的な交流やイベント利用など様々な活動の場所となり、まちに新たな価値を生み出している様子がうかがえます。
「理論×実践」段階を踏んでじっくり検証
2011年、沿道ににぎわいを取り戻すべく、具体的な検討がスタートしました。当初、車道を減らす計画に地元から反対の声も多くありましたが、沿道住民の方々やテナントとの対話を重ねながら、空間の活用について意見を交わしていきました。
交通シミュレーションと模型を用いた空間デザインを同時に進め、実際に交通社会実験や空間活用実験、照明実験などの実験を重ねながら、効果を検証していきました。こうした理論とデザイン、実践と実験の積み重ね、沿道との丁寧な合意形成のプロセスを経て、2017年、花園町通りは新たに生まれ変わりました。
「歩いて暮らせるまち松山」の新たなシンボルロードへ
整備後は、通りの中に芝生広場やデッキ広場、ベンチや植栽が共存し、老若男女を問わず多様な過ごし方ができる「広場を備えた道路」となりました。
通りの東側は薄暗かったアーケードが撤去され、沿道の建物ファサードも新しく生まれ変わりました。駐輪施設はイチョウ並木の間に分散して配置され、通りの中に溶け込んでいます。
最大幅10mに広がった歩道は、芝生広場でキャッチボールする子供たちや、子育て世代がデッキで食事し語らう姿、花を育てる住民など様々なアクティビティを誘発。懐かしくも新しい「暮らしの場」としての風景が生まれています。
同時に、道路を使いこなす地元の機運も生まれ、マルシェやオープンカフェなどが開かれる「にぎわいの場」にもなっています。近頃では結婚式やヨガ教室など、「道路」であることを超えた、ますます自由な使いこなしがなされるようになってきています。
正岡子規生誕地跡の周りでは、子規の好きだった柿や蜜柑の木、子規の詠んだ植物や俳句ポストが置かれ、地域の個性を表現。愛着の醸成にも寄与しています。
まちづくりの新たな拠点へ
2019年1月には、公・民・学の連携でまちづくりを推進する「松山アーバンデザインセンター(UDCM)」が沿線に移転しました。「みんなのひろば」社会実験の企画・運営で得た知見を生かし、道路空間のさらなる積極的な使いこなしを先導的に展開していく予定です。
車からヒト中心の空間を目指し、沿線住民やまちづくりの専門家と模索を続けながら、地域の共有空間・活動の場として再生した花園町通り。是非、皆さんも現地で体感ください。
Cover Photo by Norihito Yamauchi
テキストおよび特記なき写真:松山市