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地域の価値を向上させるのは誰か/『エリアマネジメント・ケースメソッド──官民連携による地域経営の教科書』

近年、都市開発やまちづくりの文脈において、単に開発を推し進めるのではなく、その維持管理や運営の必要性が説かれ、「エリアマネジメント」という概念が普及しました。

国土交通省も「エリアマネジメント推進マニュアル」を発行するほか、2016年には全国エリアマネジメントネットワークが設立されるなど、全国で数多くのエリアマネジメント団体が発足しました。

ソトノバでも、エリアマネジメントについてさまざまな記事を公開し、情報を発信してきました。

2021年5月に出版された『エリアマネジメント・ケースメソッド──官民連携による地域経営の教科書』は、全国各地で取り組まれているエリアマネジメントの実践をまとめ、いま求められているエリアマネジメント人材について議論を深めています。

本稿では、本書の書評をとおして、あらためて「エリアマネジメントがいまなぜ求められているか」を探ります。


エリアマネジメントとは

「あなたの暮らす街はどんな街ですか」と聞かれることはありませんか? そんなときあなたは、行きつけのカフェや好みの本が並ぶ書店を紹介したり、商店街があってにぎわっているんですよとか、意外と車通りが少なくて閑静なんです、というように、なんとかあなたの街の魅力や雰囲気を伝えようとするのではないでしょうか。

では、「街って何ですか」と問われたとしましょう。あなたならなんと答えますか?

「あなたの暮らす街」と範囲を狭めたとしても、なかなか答えに詰まってしまいますよね。でもなんとなく、「私の暮らしている街」のことをイメージすることはできる。このときイメージしているのは、おそらく「街」ではなくて、「街の魅力」のほうなのではないでしょうか。

カフェや書店、商店街などは、街のなかに点として存在します。「街の魅力」として広くとらえるときには、もうすこし広い範囲、エリアとして認識する必要にかられます。さまざまな人が関わり、ある特定のエリアが色をもつことで、ようやく「街」をイメージできるようになるのかもしれません。

 

picture_pc_3556ccfb3200623706b6a1cde56d26d6-2CASE7 株式会社ジェイ・スピリット──自由が丘ブランドに込められた精神を受け継ぐ(東急東横線自由が丘駅前の風景 著者によるnote連載より)

今回ご紹介する書籍『エリアマネジメント・ケースメソッド──官民連携による地域経営の教科書』では、タイトルにある「エリアマネジメント」という言葉を次のように定義しています。

エリアマネジメントとは、地域の価値を維持・向上させ、また新たな地域価値を創造するための、市民・事業者・地権者などによる絆をもとに行う主体的な取り組みとその組織、官民連携の仕組みづくりのことである(保井美樹 p.9)

ここでいう「地域の価値」こそ「街の魅力」にほかなりません。

そしてもうひとつ、タイトルのうち副題に書かれている「地域経営」という言葉にも注目してみましょう。地域=街なのですから、街を経営する、という視点がここにあるのだとわかります。つまり、街をうまく経営することで街の魅力を向上させること、これを「エリアマネジメント」と呼ぶのだと理解することができます。

本書は、街の魅力を向上させるために日本のさまざまな都市が実践してきた街の経営の方法を、ケーススタディとして紹介する書籍です。1部ではその実践事例を分析とともに紹介し、2部でエリアマネジメント組織をはじめるための方法論がまとめられています。

さて、ここでひとつ疑問が浮かびます。

なぜ、地域の価値、街の魅力を向上させる必要があるのでしょうか?

先取りしてしまいますが、本書ではこの問いについて書かれていません。むしろ私が本書を読んでいて感じた問いです。本書では、街の魅力を向上させることの必要性は自明のこととしてまとめられています。私はそれを批判したいわけではありません。街が魅力的になることは多くの人にとって良いことであるはずです。にもかかわらず、こうしてそもそも論を蒸し返すように指摘しているのは、この問いこそ、本書が私たちに投げかけている問題提起だと思うからです。

どういうことでしょうか? 本書の内容をすこしだけかいつまみしながら、考えてみましょう。

「私」たちの街とエリアマネジメント

エリアマネジメントは、2000年代以降に広がった、比較的あたらしい取り組みです。本書の序章では、エリアマネジメントという考え方が日本でどのように捉えられてきたかが丁寧に整理されています。国と地方の関係、官と民の関係など縦型の組織構造から、セクターや階層を超えて関係する人びとが横につながっていく社会を、エリアマネジメントの理想的な姿として描いています。

ここで整理されているのは、街に関わる主体の変化です。地方分権が進められていた戦後日本では、国土計画を頂点にして、国の政策が街の運営を主導していました。その後多くの権限が地方自治体に移り、都道府県、市町村がそれぞれみずからの街で政策を打ち出し、いわゆる「まちづくり」もはじまります。さらに公共事業の民営化が進み、近年では公共サービスの運営を民間企業が担うケースも増えました。そして本書が扱うエリアマネジメントは、一般市民が主体的に街へ関わる仕組みとして紹介されています。

こうしてみると、街に関わる主体が、国、地方自治体、民間企業、一般市民へとスケールダウンしていることに気づきます。かつて国や自治体を指して認識されていた公(=パブリック)が、私たち自身の開かれた社会(=公=オープン)へと変化している。その変化に対応するために、本書では1部でエリアマネジメントの事例を紹介して理解をうながし、2部ではエリアマネジメントを推進するための人材像の整理とその人材育成の方法論について述べられているのです。

 

9784761527730.IN01紙面見本 学芸出版社ウェブサイトより

組織論としてエリアマネジメントを考える

上記の整理で注目すべきは、「公私混同」のように、一般に対立関係にある公と私が、混然一体となった(むしろ公私混同した)社会が目指されている点です。本書の1部で掲載されているどの事例をみても、地域のパブリックな取り組みに、市民が主体となって動いていることがよくわかります。「民参加のまちづくりから民主導のエリアマネジメントへ」(宋俊煥 p.175)という整理もうなずけます。

こうしたパブリック像が前提となっている本書でもっとも重要な視点が、さきほども触れた副題の「地域経営」という言葉だと、私は思っています。街をうまく経営することで街の魅力を向上させること、これを「エリアマネジメント」と呼ぶのだとさきほどは整理しました。本書のタイトルにある「ケースメソッド」とは、経営学大学院(MBA)で用いられる方法論です。

経営学大学院では、しばしば、実際に起きたビジネス・ケースを題材にしながら、テキストや授業を通じてそれを追体験し、自分だったらどう考えるか、どう動くかを議論する(保井美樹 p.4)

そしてこのケースメソッドを参照するにあたって、序章では「ティール組織」の組織モデルをエリアマネジメントの理解の手がかりにしようとしています。つまり本書では、エリアマネジメントを組織論として考えようと示唆されている、と読むこともできるのです。

「ティール組織」とは、簡単にいえば、従来のツリー構造の組織に対して、フラットな個々人が(ある程度の決裁権をもっていたりして)自立的な行動をとる組織を指します。

本書が目指すエリアマネジメントの組織は、地方の事情に応じて条例などの枠組みを決定できる分権時代であることを前提に、官と民、組織内の部局を超えて、まちに愛着を抱く人たちが連携しながら、このまちを将来こんな風にしたいというビジョンを共有し、自ら事業を構築して進めるプロセスである(保井美樹 pp.13-14)

もうすこしティール組織の組織論に近づけてエリアマネジメントを説明するなら、次のようになるでしょうか。街に関わるあらゆる人びと(行政、企業、市民)がフラットな関係にあり、なおかつ共通のビジョンをもちながら、自立的に行動することができる組織=街の仕組みを整えること。これが、組織論的に捉えられるエリアマネジメントの姿だといえそうです。

ひとつの組織、あるいはひとつの企業として街を考えてみましょう。ある街に住む私たちは、その街の従業員です。ティール組織を目指す私たちの街は、構成員全員がフラットな関係にあり、それぞれが自立して、街のために行動します。なるほど、いちばんはじめのエリアマネジメントの定義、「地域の価値を維持・向上させ、また新たな地域価値を創造するための、市民・事業者・地権者などによる絆をもとに行う主体的な取り組みとその組織、官民連携の仕組みづくり」で想定される街の姿が明確になってきたのではないでしょうか。

なお、ここまで大きく取りあげたティール組織ですが、じつは本書でこの組織論について触れられているのは序章のみです。おそらく序章を書かれた保井美樹さんのアイデアなのでしょう。

仮に上述したような組織の実現を想定するのであれば、本書の見方も変わってくるかもしれません。もし「組織論としてエリアマネジメントを考える」という今回の内容に共感していただけたなら、本書で紹介されている事例や人材育成の方法について、組織論から考えながら読んでみてください。さまざまな発見があるはずです。

地域の価値を向上させるのは「あなた」

私たちの街の制度は、私たち市民が主体的に関わる仕組みに変わってきました。そこには、街を経営するという視点が備えられています。ティール組織のような組織論は、組織が成長するための方法論だと思われがちですが、そうではなく、たとえ組織(街)が滅んでしまったとしても、従業員(私たち)が組織のリソースをうまく活用しながらたくましく生きていくための方法なのだと、知人が話してくれました。であれば、公と私が二項対立でなかったように、組織(街)と個人(私たち)もまた二項対立ではないはずです。

なぜ、地域の価値、街の魅力を向上させる必要があるのでしょうか?

この問いから本稿ははじまったのでした。繰り返しますが、本書にこの問いの答えは書かれていません。むしろ本書が私たちに投げかけている問題提起なのだと、私は思っています。実際に私たち自身がエリアマネジメントの現場で試行錯誤するなかでしか、この答えを見つけることはできないでしょう。

でもその準備はすでに整っているはずです。本書には、あなたがあなたの街で試行錯誤するためのさまざまなヒントが詰まっているのですから。

 


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エリアマネジメント・ケースメソッド──官民連携による地域経営の教科書

Amazonhttps://amzn.to/3g7igpM
学芸出版社WEB紙面見本,目次,著者紹介,はじめに,おわりに全文公開
note連載https://note.com/gakugei_pub/m/ma93ce682ecd3/hashtag/1286981
編著者保井美樹、泉山塁威、日本都市計画学会・エリアマネジメント人材育成研究会
著者葛西優香、山中佑太、宋俊煥、前川誠太、谷村晃子、松下佳広、大西春樹、小川将平、秋田憲吾、堀江佑典、小林敏樹、籔谷祐介
発行所株式会社学芸出版社
発行2021年5月20日

目次

序章 多様化するエリアマネジメントを踏まえたケースメソッド──本書の使いかた

───

1部 エリアマネジメント・ケース

[大都市中心部]
CASE1 錦二丁目エリアマネジメント株式会社──商業地における企業と地縁団体の連携
CASE2 天神明治通り街づくり協議会──エリア投資を呼び込み都心を再生する

[地方都市・郊外の市街地]
CASE3 松山アーバンデザインセンター(UDCM)──公民学連携による中心市街地再生
CASE4 多治見まちづくり株式会社──空き店舗活用によるにぎわい創出と広場の運営
CASE5 株式会社街づくりまんぼう──施設管理から震災復興を経てまちづくりの仕組みづくりへ
CASE6 若者クリエイティブコンテナ(YCCU)──大学生が引っ張る小さな活動拠点
CASE7 株式会社ジェイ・スピリット──自由が丘ブランドに込められた精神を受け継ぐ
CASE8 一般社団法人ひとネットワークひめじ──自立した黒字経営を可能にするしくみづくり
CASE9 長浜まちづくり株式会社──地域の調整役から地域ビジネスを実践する会社へ

[住宅地]
CASE10 一般社団法人まちのね浜甲子園──助け合えるつながりを育む仕組みづくり
CASE11 一般社団法人まちにわ ひばりが丘──民間デベロッパーの支援により住民主体のエリアマネジメントを計画的に育成
CASE12 一般社団法人二子玉川エリアマネジメンツ──企業・住民・行政が助け合える、つながりを育む仕組みづくり
CASE13 一般社団法人草薙カルテッド──既存組織のリ・ビルドでまちを変える
CASE14 一般社団法人北長瀬エリアマネジメント──NPO のノウハウと民間・市民団体のネットワークを活かしたエリアの開発・運営
CASE15 一般社団法人城野ひとまちネット──大学との連携で「シェアタウン」を目指す地道な取組み

───

2部 エリアマネジメントのすすめかた

2-1 エリアマネジメントの始めかた──スタートアップから事業構築まで
2-2 エリアマネジメントの事業内容とその効果
2-3 エリアマネジメント団体で働く事務局人材
2-4 エリアマネジメントを担う人材の育成

───

終章 これからの都市に求められるエリマネ人材

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