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メルボルンからプレイスメイキングを学ぶ!東京マスタークラス開催レポート

2019年2月、オーストラリアのメルボルンからVillage Wellのジュベール・ロシュクスト氏(以下、ジュベールさん)が来日し、プレイスメイキングを学ぶための数々のプログラムが、1週間にわたって開催されました。メルボルンは「世界で最も住みやすい街」に7年連続で選ばれてきましたが、そのパブリックスペースの魅力が高まった背景には、プレイスメイキングの成功と専門家の活躍があります。


今回は、筆者(主催者:一般社団法人リバブルシティイニシアティブ)が、東京で開催されたマスタークラスの流れから、要点を抜き出すかたちでレポートします。

プレイスメイキングのニーズの高まり

マスタークラスは、東京と大阪で約50人の参加者を集めて開催されました。

冒頭に、事務局の村上豪英より神戸の都市公園「東遊園地」における社会実験「アーバンピクニック」の説明を交えて、主催者である一般社団法人リバブルシティイニシアティブの紹介をしました。続いて、東京農業大学の福岡孝則准教授より、メルボルンが世界で最も住みやすい街に選ばれてきた背景として、プレイスメイキングによるパブリックスペースの変化が大きく貢献してきたことを紹介して頂きました。

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通訳もつとめた東京農業大学の福岡准教授

このようにマスタークラスの開催趣旨について説明が終わったところで、いよいよ講師のジュベールさんの登場です!

アフリカ沿岸の島国のモーリシャスで生まれ、メルボルンで育ったジュベールさんは、早速アフリカの打楽器であるジャンベを取りだし、参加者に立ち上がるように求めます。ジュベールさんのリードに従って全身を動かし、身体と心がほぐれた参加者は、プレイスメイキングにはエンターテイメントが欠かせない要素だと、五感で感じたに違いありません。

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ジャンベで会場をリードするジュベールさん

プレイスメイキングのフレームワーク

はじめのセッション「イントロダクションとフレームワーク」は、世界に共通する社会潮流の説明からはじまりました。

いま世界中で、消費にとどまらず、その場所ならではの体験や場所特有の(オーセンティックな)魅力を求める傾向が強まっています。プレイスメイキングは、単純にある場所の魅力を高めるだけではなく、コミュニティの力や人々の幸福感を高め、環境や文化を守る力につながる活動なのです。世界がスピーディーに変化し、人々が移動しやすくなっている現代だからこそ、プレイス特有の価値が求められています。

続いてジュベールさんは、プレイスメイキングのフレーム(枠組み)を、5つのPにて説明しました。

すなわち、Physical Environment(物理的環境)、People(関わる人びと)、Planet(環境のこと)、Product(施設の展開)、Program(プログラム)の5つです。5つの枠組みに分解することによって、プロジェクトをブレイクダウンして理解することができます。

具体的なプロジェクトは、地域資源を発掘してマップに記載するところからはじまります。その中では、地域にコミットするキープレイヤーを探しだすことが重要です。参加者を募ってワークショップならぬウォークショップ(Walkshop)を開催し、うまくいっているスポットと、うまくいっていないスポットを洗い出します。地域の課題を見出したあとは、新しい行動パターン(リチュアル)を生み出し、小さな成功を重ねることを通して、求心力を高めていきます。

ホワイトボードを使いながら、この具体的なプロセスを説明したジュベールさんですが、定型化された行動パターンを指す「リチュアル」という言葉を頻繁に使っていました。プレイスメイキングの際、地域に根付いた特有の行動パターンや、世界で注目を集めつつあるトレンドとしての行動パターンなど、人間の行動パターンをプレイスに結び付けることによって、利用頻度や場所のイメージを強めていくという視点です。

マスタークラスは、このように資料から外れてホワイトボードなどで説明されることの濃度が高く、参加者はひっきりなしにペンを走らせ、メモを取っていました。

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ホワイトボードを使って説明するジュベールさん

社会性と経済性の両立

来場者の滞在時間が20%伸びると消費支出は25%伸びるという調査結果があるそうです。ジュベールさんのセッションは、このようにプレイスメイキングの経済的メリットを説明しつつ、大きなイベントにばかり予算を割きがちな状況に警鐘を鳴らします。開催頻度の少ない大イベントの予算は全体の20%以下にとどめ、80%を日常的な活動に割くことがプレイスメイキングを成功に導くための鉄則なのです。

その他にも説明のなかでしばしばROI(投資に対するリターン)などの言葉が出てくるのは、ショッピングセンターのマネージャーとして経験を積んできたジュベールさんならではの感覚であり、いまもリテールビジネスを中心としたクライアントワークのなかで日常的に費用対効果を意識しているのがよく伝わってきます。

と同時に、シェアリングエコノミーやボトムアップアプローチ、環境の大切さなど、これからの社会をつくるトレンドにもしばしば言及します。ジュベールさんがプレイスメイキングを通して、よりよい社会づくりに貢献しようとする気持ちがダイレクトに伝わってきました。

社会性と経済性の両立は、ジュベールさんにとっては情熱の源泉となっていますし、その実現のために必要なツールがプレイスメイキングなのです。マスタークラスのなかでこのように整理して話したわけではありませんが、参加者には十分に伝わったのではないでしょうか。

世界一住みやすい街へ

短いブレイクのあと、メルボルンが世界一住みやすい街へと発展していったストーリーと、その要素としてのプレイスメイキングについてのセッションがはじまりました。

メルボルンの魅力については様々な事例が紹介されましたが、そのなかでも時間を割いたのがレーンウェイの事例です。メルボルンはまちなかの裏路地(レーンウェイ)を、従来の荷捌き場としての使い方をこえて、ウォーカブルな魅力ある小道へと変容させていて、プレイスメイキングの好事例を随所に見ることができます。

路面レストランのオーナーが少額の資金を出し合って、3か月間ストリートミュージシャンに演奏を依頼し続けたレーンウェイは、今では路上に開いたオープンカフェが来客で常に満員となる人気スポットへと変化しました。

また、特産のブルーストーンで舗装されたレーンウェイは大規模商業施設の屋内空間にまで自然と続き、屋外から屋内への人の流れを作り出しています。施設内外に連続する人の流れは、商業施設にとっての成功だけではなく、まち全体の魅力向上へとつながるリノベーション事例と言えるでしょう。

レーンウェイ以外にも、メルボルンの住みやすさに寄与した要因がいくつも説明されました。都市政策としての戦略性と、鍵となるプレイスの価値を高めていく機動性が組み合わさることの効果が参加者に強く印象づけられました。

プレイスのブランディング

ランチのあとは、プレイスのブランディングについてのセッションです。ジュベールさんは、プレイスの理解を深めてから共有ビジョンをつくる大きな流れについてチャートで紹介した後に、豊富な事例を通してブランディングのポイントを説明しました。

ウェルカム!の気持ちをプレイスで表現すること。SNSなどを通して共有されるほどの感動を与えること。プレイスのオーセンティックな魅力に基づいたアクティビティを展開すること。

数多くのブランディングのポイントの後は、ブルックリンからロンドンまで、世界中の都市のブランディング事例の紹介がありました。デザインやアートの力を、身をもって体験してきたジュベールさんならではの美しい事例写真を、参加者のみなさんが目とカメラに焼き付けていました。

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ブランディングのフレームワーク

プレイスの活性化

ブランディングの講義のあとは、参加者が小グループに分かれてのディスカッション。会場になったビルの外構~エントランス空間を自分がプレイスメイキングするならば、どんな手法がありえるか、それぞれがグループ内で共有し、グループごとに発表して頂きました。マスタークラスの参加者には、様々なプロジェクトを経験された方が多く、さまざまな角度からビルの魅力向上につながるアイデアが示されました。

ディスカッションを通して手法論を考える準備ができたところで、プレイスの活性化についてのジュベールさんのセッションを再開しました。

プレイスを活性化するための手法は、日本でも数多くの実践例があり、すでに多くの引き出しをもっている参加者が多かったように感じます。しかし、夜と昼の活性化の使い分け、前述のリチュアル(定型化された行動パターン)の導入、自由に無料で体験できるアクティビティをもつことの強さなど、手法論を整理するための補助線として、参考になるアイデアが次々に示されたセッションでした。

プレイスメイキングの経済的側面

再びブレイクをとったあと、プレイスメイキングの経済的側面についてのセッションへと移りました。

ジュベールさんはプレゼンを通して、従来の経済システムの中でビジネスが果たしてきた役割と、これからの社会の中でプレイスメイキングが果たす役割の違いについて整理しました。モノの消費から体験へと、人々の価値がスピーディーに変化していくなか、ショッピングセンターのあり方も大きく変容しています。人びとが「ある場所」に期待することが変わるなか、プレイスメイキングの必要性が高まっていると、語りかけてくれました。

そして、経済的にも成立する場所をつくるためには、人々の滞在をどのようにデザインしていくのか、さまざまな手法や事例を紹介しました。

ジュベールさんのプレゼンの中で目をひいたのが、「プレイスメイキングがなかったらどうなるか」と題された2枚の写真。ビルの美しいファサードの周りに無機質な空間が広がり、人がだれも立ち止まらない写真は、よく見ると日本のあちらこちらで見かける風景でもあります。人々の滞在を促すプレイスメイキングの必要性を強く感じました。

プレイスの管理と運営

最後のセッションは、プレイスの管理と運営。プレイスメイキングを実装するうえで、運営者に求められる力を説明しました。

ジュベールさんはこの講義を通して、場所を活性化させるために最前線で日々工夫するスタッフ(プレイスキュレーター)の重要性を強調しています。日本でも、多くの方が場所の活性化に汗をかいていますが、その専門性が高く評価されるケースは少ないように感じます。プレイスメイキングの専門人材としての技量やキャリア、可能性について熱心に語るジュベールさんの言葉から、多くの参加者が新たな視点を得たのではないでしょうか。

また、対象地周辺のコミュニティをプレイスメイキングに巻き込んでいくことの重要性も強調していました。「知恵はコミュニティにある」と「手が多ければうまくいく」という2つのフレーズを繰り返しながら、小さなショップオーナーたちの参画によって成功した事例など、数々のケーススタディを紹介してくれました。

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プレイスキュレーターの重要性について語る

マスタークラスを通して

マスタークラスを通して、ジュベールさんは愛(ラブ)という言葉を多用していました。「この場所には愛が足りない」、「愛される場所へと変えるために必要なポイント」など、数分おきに愛(ラブ)という言葉がでてきます。

人と人のあいだの関係を確かめ、生きる喜びを得ていくために物理的な場所(プレイス)には大きな意味がある。携帯やPCを使って常に情報が交換される時代だからこそ、プレイスメイキングの重要性はむしろ高まる。そんなジュベールさんの信念が「愛」という言葉にこめられていると感じました。

プレイスメイキングという言葉を耳にする機会が増えていますが、多くの参加者にとって、「愛」とビジネスの両立を語るジュベールさんのマスタークラスは、新しい視座をもたらしたのではないかと思います。

この視座を得て、日本ではどのような成功事例をつくることができるのか。そして、プレイスメイキングのムーブメントをどのように発展させることができるのか。そこには、プレイスキュレーターの専門的な職能が確立し、お互いに力を高めあえるネットワークが必要だと感じましたし、ジュベールさんとみなさまとそんな未来をつくっていきたいと感じています。

ご参加いただいたみなさま、来日期間中ご支援いただいたご協賛企業・ご後援団体のみなさま、そしてソトノバのみなさまに心より感謝してレポートの結びとします。

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ムーブメントが日本に根付くことを願って、、、語るジュベールさん

All Photo by:一般社団法人リバブルシティイニシアティブ
Text:村上豪英(一般社団法人リバブルシティイニシアティブ / 神戸モトマチ大学)

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