新駅舎から出発進行!あえて残した駅前の余白は、菊川市民が願いを叶えるバショに
「駅」は、単なる交通インフラではなく、周辺ににぎわいを生み出し、そのまちの象徴ともなる存在です。しかし、1960年代にはじまったモータリゼーションや郊外化、ロードサイド型商業の拡大などを背景に、全国で多くの駅前が空洞化してしまいました。
近年では、コンパクトシティや脱炭素、にぎわい創出といった観点から、都市の拠点としての駅周辺の価値があらためて注目されています。本記事は、そんな駅をめぐるまちと市民の試みを紹介します。
Cover Photo by アートコラールきくがわ
Contents
40年越しの悲願! 駅の南北が自由通路でつながる
舞台は、静岡県の中西部に位置する人口約46,000人のまち菊川市。中心を菊川が流れ、お茶の産地として知られる一方で、自動車関連部品や精密工作機械等の製造業も盛んな地方都市です。
まちの北寄りには、1889年に開通したJR「菊川駅」(当時は官設鉄道堀ノ内駅)があります。ただ、住民の生活は車中心で、駅前は活用の余地が残されている印象です。市内に電車通学する高校生のなかには、
学校帰りに友達と集まって遊ぶとしたら、駅から徒歩で20分かかるマクドナルドしかない。
と話す生徒もいました。
さらに、1966年につくられた駅舎には、出口が南口の1か所しかありませんでした。
駅の北側へ行くには、大回りをして踏切を渡るか地下道路をくぐらなければなりません。こうした状態が続いたのには、かつては駅の北側に大規模な産業機械部品の製造工場があったことが関係しています。
それでも、分断された南北をつなげたいという願いのもと、1988年には駅舎に北口を設けるまちづくりの構想が策定されました。
しかし時代が進み、2013年になると、北側の工場が菊川市から撤退します。残った広大な跡地の一部を、市は「北広場用地」として購入し、JRと連携して1988年の構想の実現に向けて本格的に動き出しました。そして2026年3月、ついに約40年にわたる関係者の努力の結果、菊川駅に新たな橋上駅舎と24時間自由に行き来できる南北自由通路が完成しました。
オープンしたばかりの菊川駅南北自由通路 Photo by NAKANO Ryo
これにより、駅南北の徒歩での往来がぐっと楽になり、車社会からウォーカブルなまちづくりへと、大きく舵を切ることになりました。駅が地域活性化の拠点となり、これまで以上に重要インフラとしての機能を担うようになったのです。
今後は、駅前の広場やロータリーの整備を進め、駅からの徒歩圏内に活気をもたらし、まちとして一体的に発展していくことを目指します。
「菊川駅周辺空間活用構想」より
駅前の一等地を、市民がやりたいことを叶える場に
北側の工場跡地は、市だけでなく民間企業も買収し、すでにショッピングセンターやマンションが並んでいます。
新たに誕生した駅舎及び自由通路(右)と、解体予定の旧駅舎(左)。奥には、北口の誕生に先駆けて建てられた駅近マンションが見える。Photo by Mao Yoshida
市が所有しているのは、これから北口のロータリーとなる2,500㎡と、その隣の1,300㎡ほどの土地。じつは、この一等地の利用方法はまだ決まっていません。菊川市役所 都市計画課長の大浦地明久(おおうらじ あきひさ)さんはこのように話します。
実証実験という形にはなりますが、さまざまな取り組みを仕掛けながら、市民にとってよりよい活用方法を見つけていきたいと思っています。ロータリーの一角にも、市民活動やマルシェなどができるスペースを設ける予定です。
実際に使ってみないとわからないことがたくさんあるはずなので、まずはいろいろな形で駅前を活用していただき、みなさんの声を聞かせてもらいたい。その上で、できる範囲で市民のやりたいことが叶う場所にしていけたらと考えています。
つまり、駅前の整備を、そこを利用する市民とともに進めようというのが、菊川市の方針です。
これまでも菊川市では、新駅舎の開業、南北自由通路の完成に向けて、空間活用探求ワークショップや高校生まちづくりプレゼンテーションなどを実施し、市民参加型で検討を重ねてきました。
そして自由通路が開通するにあたり、市民活動団体、高校生、教員、企業、地元住民、行政が協働して菊川駅前のにぎわいを創出するプロジェクト「きくプラ」がスタート。駅周辺を活用する可能性を広げるべく、開通当日に「菊駅祭」を開催しました。
「菊駅祭」のチラシ
大きなまちづくり(基盤整備)と、小さなまちづくり(市民活動)をつなげる
「きくプラ」には、菊川市出身で現在まちづくりの分野で活躍しているアドバイザーが2名います。
株式会社国際開発コンサルタンツに所属し、まちなかの再生やウォーカブル、官民連携に関わる領域で業務開拓を担う松下佳広さんと、ほこみち広報アドバイザーやミズベリングプロデューサーなどさまざまな顔をもつソーシャルコンテンツプロデューサー山名清隆さんです。
お2人とも、これまでソトノバに度々登場いただいているので、ご存知の方も多いでしょう。
「菊駅祭」当日はスタッフとして参加していた松下さん Photo by Mao Yoshida
はじまりは、故郷である菊川市で、2人が関係者を対象に「駅前再生応援会議」と題した勉強会をしたことでした。松下さんはこう振り返ります。
もともと私の問題意識として、駅前再開発のような大きなまちづくりと、地域住民による小さなまちづくりは、それぞれ頑張っているにもかかわらず、お互いがお互いのことをよくわからないままであるために、ちぐはぐになっているまちが多いというのがありました。今回の自由通路も、「行政だけで進めている」と思われたらもったいないので、もっと市民と一緒につくっていくプロセスにしたほうがいいのではないか、と問いかけをしました。
※「大きなまちづくり、小さなまちづくり」については、「プレイスメイカーに聞く!松下佳広さん|プレイスメイキングを支える技術でまちに貢献」で詳しく紹介しています。
その後、菊川市役所の都市計画課は、交付金制度「菊川市1%地域づくり活動交付金 地域の困った解決部門」にて、菊川駅周辺ににぎわいを創出するための活動を募集します。これに中間支援団体「アートコラールきくがわ」が選ばれ、「きくプラ」の立ち上げに至りました。
正解がないからこそ、市民が主体的になれる
「きくプラ」で市民とまちをつなぐ重要な役割を果たしている「アートコラールきくがわ」は、「出会いとつながり」をモットーに、市民・市民活動団体と行政、企業、学校などをつなぐコーディネートを通じて、まちの活性化を支援するNPO法人です。
代表の笠原活世さんは、美術展覧会などの文化行事に携わってきた経歴をもち、「アートコラールきくがわ」でも中間支援事業のほか、芸術文化支援事業も行っています。とくに、市内にある常葉大学附属菊川高等学校の美術・デザイン科とは、2015年のスタート当初から年に数回子どもたちを対象にしたアートイベントを一緒に開催しています。
幅広い人脈をもち、人と人をつなげる笠原さん Photo by Mao Yoshida
「アートコラールきくがわ」では、これまで市役所の市民活動や市民協働を担当する部署との関わりはあったものの、駅前整備などハード面を担う都市計画課とのプロジェクトは、「きくプラ」が初めてだといいます。
都市計画課の方が最初、「市民との協働を、どのように進めればいいか模索している」と話されていました。だから、今回のプロジェクトの目的は、地域の一体感向上のため、市民参加型の協働モデルケースをつくることでした。菊駅祭を通して、市民が駅周辺を自分事としてとらえ、主体的に関わるようになってほしいという思いがあります。
そもそもアートコラールきくがわの活動は、一人ひとりがやりたいことを実現できるまちづくりを目指しています。一人ではできないことも、行政や学校、企業などさまざまなセクターの方が協働することで、できるようになります。それが結果的に、地域の活性化につながればいいと思っています。
「きくプラ」は、「アートコラールきくがわ」のスタッフを中心に、市役所職員、常葉大学附属菊川高等学校の生徒、教員、市内企業や地元関係者など20名ほどで構成され、月1度のミーティングを重ねながら「菊駅祭」の準備を進めてきました。
「きくプラ」のミーティング風景 Photo by 菊川市市民協働センター
笠原さんは、「きくプラ」のミーティングについてこう語ります。
キックオフミーティングで、アドバイザーの山名さんが「自由通路だからこそ、みんなの自由な発想が入り込めることが大事だ」という話をされて、意見を出しやすい雰囲気をつくってくれました。とくに高校生は「何を言ってもなんか許容してくれる」と感じてくれたんじゃないかな。
私は、アートも地域も、正解はないと思っています。これまでのアートコラールきくがわの活動でも、正しい意見を言おうとする必要はなくて、思ったことを発言してくださいと言い続けてきました。もし自分の意見が通らなくても、みんなの意見として納得できるように、みんなで考える時間も大切にしています。
そうして「きくプラ」メンバーの自由な発想のもと、改札内のステージでのダンスや演奏を披露する、駅周辺をめぐるスタンプラリーを実施するなど、「菊駅祭」の内容が決まっていきました。
北口のロータリー予定地ではマルシェが開催されました。 Photo by Mao Yoshida
また、観光協会や商工会も「きくプラ」に協力し、マルシェの開催や菊川市のキャラクター「きくのん」のエア遊具の設置も実現しました。
南口の広場ではエア遊具やスタンプラリー、手話教室などの出し物が並びました。 Photo by Mao Yoshida
当日は大盛況。まち中の人々が訪れて自由通路を行き来し、マルシェで買い物をしたり、ステージを見て楽しみました。
改札内のステージでは市民や高校生によるパフォーマンスも Photo by Mao Yoshida
「菊川には、信頼できる大人がいる」
横断幕や風船といった駅の装飾やスタンプラリー、顔出しパネル、リーフレット表紙のデザインなどを手がけた常葉大学附属菊川高等学校の美術・デザイン科の生徒たちは、「きくプラ」のような地域活動について、こんなふうに話してくれました。
常葉大学附属菊川高等学校の参加者のなかでリーダーを務めた5名 Photo by 常葉大学附属菊川高等学校 美術・デザイン科
絵画が得意な生徒は顔出しパネルをつくったり、デザインが得意な生徒は横断幕をつくったり、それぞれの得意分野を活かして参加しています。学校の授業と違って人に届けることを目的にしているので、自分が学んできたことを発揮できてすごく楽しいです。
大人に対しての信頼が増えたと思います。これまでは、「どこまで自分たちの意見を通してくれるんだろう」って、一歩引いて見てしまっていたんですが、菊川の大人の方は私たちのことを尊重してくれます。
笠原さんも「好きにやっていいよ」と言ってくれて、大人の事情との兼ね合いも考えながら、私たちのアイデアが叶うように動いてくれているのがわかります。
地域活動を通して普段は関わることのない人々と交流し、貴重な体験ができることから、みなさん「心の底からこの高校に入ってよかった」と口々に言っていました。進路に迷っている中学生には、絶対に自分たちの高校をおすすめしたいそうです。
また、「アートコラールきくがわ」が毎年主催しているスクール「きくがわ高校生まちづくりスクール」の修了生たちも、今回の「きくプラ」に参加していました。大学生になっても菊川に関わり続けていることから、当時の経験がいかにかけがえのないものだったかがうかがえます。
菊川市に工場を構えプラスチック製品を製造する企業、株式会社生駒化学工業のみなさんも、「きくプラ」のメンバーです。数年前に「アートコラールきくがわ」が主催するイベントでダンスのパフォーマンスを披露して以来、ムードメーカーとして頼りにされており、「菊駅祭」を改札ステージの演出やダンスで盛り上げました。
地域活動に参加する目的は、会社の知名度を上げるためでもありますが、地域をチャレンジの場として、自分たちが楽しむことをモットーにしています。その様子を見た人に、「いい会社だな、働きたいな」と思ってもらえたらうれしいです。
生駒化学工業東海工場のみなさん。ステージでの出番以外はマルシェ会場のスタッフに。Photo by Mao Yoshida
アイデアを実現するために、行政が最大限の調整をする
駅周辺の利用には、本来さまざまな規制があります。「菊駅祭」を実現させるためにJRや行政の各部門との調整を担ったのが、「きくプラ」メンバーであり菊川市役所 都市計画課 駅北開発推進係長の松本将孝さんです。
当日は、「菊駅祭」と同時に行われた完成式典や開通式の対応に追われた松本さん Photo by Mao Yoshida
きくプラでは、みなさんのアイデアが実現できるよう、最大限の調整をしてきました。それでも、行政として「それはできない」と言わなくてはいけない場面もありましたが、メンバーのみなさんもよく理解してくれました。
キックオフミーティングのときに、松下さんや山名さんから「お互いをリスペクトしましょう」というお話があり、リスペクトし合える関係をつくれたことが大きかったんじゃないかと思います。
僕も、市民や高校生のみなさんとは対等な仲間だと思っています。
当日は改札ステージの司会を務めた山名さんと Photo by Mao Yoshida
松本さんが都市計画課に配属されたのは、自由通路がまだ工事中だった一昨年のこと。それまでは、建設課で道路事業の設計や工事に携わっており、市民と直接接する機会は限られていたそうです。
プロジェクトの動き出しの時期は、まだ目に見える空間がなかったため、活用のイメージを解像度高く描いて伝えることは容易ではありませんでした。
パブリックスペースの質が今後の市民活動を左右すると言われるなか、市民にとっての最適解となる「賑わい」とは何なのか。その定義の壁にぶつかり、プロジェクトメンバーと向き合いながら、深く葛藤したことを覚えています。
それでも、高校生たちが明るく「こうしたい」とどんどん突き進んでくれたのには、背中を押される気がしました。みなさんがやりたいことをやって笑顔になる姿を目の当たりにして、仕事の励みにもなりましたね。
「菊駅祭」を経て、市民が駅周辺で何ができるか想像をふくらませたり、民間企業が興味をもったりして、今後の空間活用につながることを松本さんは期待しています。だから、「菊駅祭」はゴールではなく「通過点」。駅前の空間にあえて残している余白に、これからどのような風景が広がっていくのか楽しみです。
取材を終えて
建物や道路といったハード面の整備は専門性が高く、関係者だけで進めたほうがスムーズでしょう。しかしそれでは、完成した場所が使われずに閑散としてしまうおそれがあります。
その点、菊川市のように市民の意見をくみ取りながら整備を進める方法は、理にかなっているように思います。
誰かが旗を振ってひとつの正解に誘導するのではなく、リスペクトし合える関係のなかで、一人ひとりがやりたいこと、やれることを実現させていく「きくプラ」のプロセスは、それ自体が人々の関係を豊かにしているように見えました。
- この記事を書いた人 吉田真緒
- ソトノバ・ライター/東京都出身/早稲田大学第二文学部卒業/編集プロダクション勤務を経て2012年からフリーランスのライター・編集/まちづくりやローカルをメインテーマに、書籍や雑誌、Webなどさまざまな媒体で執筆。共著に『東川スタイル』(産学社)/南仏に1年半暮らした経験から、魅力的なパブリックスペースのあり方に関心をもちソトノバに参加。
