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トラムが路上から生活を変える!「トーキョートラムタウン」ラウンドテーブルレポート

トラムが行き交う東京を想像してみよう!

今回紹介する「トーキョートラムタウン」は、「路上の文化から東京を再生したい」という想いを実現しようとする構想です。ゆっくり・近くに出かけやすくなるまちとストリートをつくる交通手段として、トラムの可能性に注目しています。

70年代頃までは東京のまちじゅうに都電がはしっていました。懐かしさとともにその路面電車が思いおこされがちですが、「トーキョートラムタウン」は2020年オリンピック後に想像力をめぐらせています。

この構想を立ち上げて発信しているのは、東京文化資源会議という団体です。産官学、クロスセクターのグループで、上野寛永寺から旧江戸城に至る東京都心北部一帯(東京都上野、本郷、谷根千、神保町、秋葉原、神田、根岸など)で育まれている文化資源を活かす複数のプロジェクトを進めています。

それでは、2019年2月に行われた公開ラウンドテーブルの様子をお届けしながら、構想の全体像をみていきましょう!

登壇メンバーは、都市計画家の伊藤滋さん、東京都市大学講師・構想座長の中島伸さん、トヨタ自動車・未来プロジェクト室の永田昌里さん、日本経済研究所技術事業化支援センター・島裕さん、LRTのまちとして有名な富山市の副市長・中村健一さん、様々な都市交通計画プロジェクトに関わる横浜国立大学教授・中村文彦さん、地元湯島天神下で飲食店を営む矢部直治さん、文化政策に詳しいニッセイ基礎研究所研究理事・吉本光宏さん、グランドレベルのまちづくりを実践する田中元子さん、そしてコーディネーターとして東京大学教授の吉見俊哉さん、というとても豪華な顔ぶれです。


まちの人たちに優しいトラム

ラウンドテーブルは、都市計画家の伊藤滋さんの投げかけと、東京都市大学講師・構想座長の中島伸さんによる活動報告からはじまりました。

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オーストリア・リンツ市。歩く人、自転車、トラムが織りなす中心市街地の風景
(via 博報堂「生活圏2050プロジェクト」HP https://www.hakuhodo.co.jp/archives/column/43209

伊藤さんは、トラムのある欧州のまちの人たちの、生の声を紹介しました。低床型のトラムではあらゆる世代の人々がスムーズに乗降でき、ノーマライゼーションを実現しています。そして、大きな窓からゆったりとまちの景色を眺められるのもトラムの良いところです。

伊藤さんは、市民がまちに目を配りやすいトラムは、治安問題を予防し、安心を支える機能を果たしていることに気づきました。東京文化資源区内でも、上野-浅草区間でまずは導入してみてはと提言しました。

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トラム構想を描く東京文化資源区の現況(via 東京文化資源会議HP https://tcha.jp/about/scope/

時速60kmから時速10kmのまちへ

それを受けて中島さんは、「トーキョートラムタウン」の意義を説明しました。

1964年のオリンピックでは、車のための空間、「速さ・量・効率性」を追求していました。中島さんの訴える「時速60kmから 時速10kmのまちへ」という新しいライフスタイル像は、長寿命社会を迎える私たちにとって魅力的です!

トラムはストリートに、スローな移動を豊かに体感できる緩衝ゾーンをもたらすので、安心して歩けるまちに転換できるといいます。同様のアイデアでストリートとモビリティを改革する先進地には、スペイン・バルセロナ市、ドイツ・フライブルク市、アメリカ・ニューヨーク市、コロンビア・メディジン市などがあるとのことでした。

そして、トーキョートラムタウンの価値感を表現する4つのキーワードが示されました。特に「新しい生活圏」について、都心回帰現象への問題意識が印象的でした。中島さんが活動する神田エリアの人たちは、

「オフィスで働く人や新住民の流入で統計上の人口は確かに増えているけれど、今より人口が少なかった平成初期の頃が賑わいが感じられた」

と語るそうです。この地元の実感をヒントにした、

『スマートさよりも人々へのジェントルさを大事にする「モビリティ・テクノロジー」によって、まちの体験密度が高まり、新しい「エコノミー」がもたらされる』

という、シナリオも語りました。

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ラウンドテーブルの4つのキーワード

中島さんは、トラムのあるまちの姿が実感できる実験が必要だといいます。車両のデザインのように形から入るのではありません。まずは電車ごっこからでも身体で、グランドレベルの景色や、ゆったりとしたスピードを意識して、トラムのあり方を本気で共有することなのです。

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トーキョートラムタウン構想のコンセプト

モビリティ企業も過渡期に

続いては、トヨタ自動車・未来プロジェクト室の永田昌里さんからでした。

自動車産業は100年に1度の変革期にあるといいます。未来プロジェクト室は、まちづくりの課題にフィットする、モビリティのあり方の1つとして「Frog」プロジェクトを進めています。

まちのすみずみに、楽しく移動範囲を広げられるようにと、時速4kmのスピードを想定した相乗りの乗り物をつくりました。歩行者と同じ目線でパッと乗り降りができ、知らない人とも交流できるようなプロトタイプをつくり、渋谷区で実験しました。エリアをつなぐ長距離移動よりも、エリア内での短距離移動の総量を増やしていくことを目指します。それが

「滞留時間の増加につながり、まちに物語を発見することにつながるのでは」

と、プレゼンターの永田さんは語りました。

モビリティ企業側にも「スローな移動だからこそ、まちの人たちに寄りそえるのでは?」という発想の転換が起きているようです。

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「Frog」実験の様子(via OPEN ROAD PROJECT https://openroad-project.com/

スローな移動はエリア経済を活性化する!?

そして、日本経済研究所技術事業化支援センター・島裕さんは、最近の経済と都市の関係、そしてスローな交通手段の経済効果について解説しました。

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島さんによる報告

国際的に、モビリティを含む都市空間のイノベーションを目指す自治体が出てきていて、その方法には地域性があります。

例えば、福岡市は実証実験をフルサポートして、あらゆる新しいモノ・コトを呼び込みます。北欧ではリビング・ラボという地域拠点を設け、エンドユーザーとなる多様な人々に訪れてもらい、情報を集めていきます。北欧といえば、ここ数年大注目されているMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)という、市民の移動を支えるモデルを発信しています。MaaSでは自家用車利用を抑制するために、公共交通からシェアリングにいたるまで全ての交通手段を1つのシームレスなサービスとしてつなぐことを、IT技術を活用して実現しようとしています。こうしたイノベーティブなまちを挙げながら、企業が自社の中に閉じこもっても価値にならない、そして便利さだけではなく人の心を動かす事業づくりが求められる時代になったと、島さんは示します。

スローな移動手段は、先ほどの「Frog」プロジェクトでも意識されていたように、まちなか滞在時間を増やすもので、自然と人々がそこで過ごす目的も増加し、まちの情報も伝わりやすいという社会的・経済的な効果が期待できます。そうして、まちなかのソーシャルキャピタルが充実すると、結果的に業務の取引コストや情報コストも抑えられるのです。

島さんは、全球団が連携してマーケットをつくろうとした野球のパ・リーグのビジネスモデルになぞらえていましたが、地域全体で関係者の共感を生む実験ができれば、新しい移動手段に対する需要は高まっていくようです。

2030年、トラムタウンが育む地域と文化とは

こうした報告を受けて、ディスカッションパートに移ります。

吉見さんが口火を切って、各メンバーが、まちとトラムの可能性について語っていきました。

吉見さん:

「トラムがあると東京がどう変わるのか?時速10-15kmでみえる都市とは?」と、トラムの可能性に思いを巡らせるため、都電荒川線の始発から終点まで乗ってみました。思ったよりも多くの人に利用されていましたし、雑司が谷霊園〜巣鴨〜山谷へと進むわけですが、これはまさに人生の時間を感じられるなぁと。タワーマンションの谷間の生活も見えました。

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トラムの可能性を語る吉見さん

中村文彦さん:

まずは通勤のためにというのが、東京のつくられ方でした。また、これまで交通の分野では経済コストと時間コストを小さくするように(=安く速くするように)語ってきたため、そうした街しかできません。ゆっくり走り、窓が大きく、まちに近い移動手段は情報量が多いですよね。24時間の中で移動の場面が楽しめるかについては、情報量に左右されます。

田中さん:

システム側が変わっても、人間自体のスペックは変わりません!

私が調べたアイレベルの研究では人生の経験のほとんどはグランドレベルにあるといいます。移動している人を眺める生活があってもいいのではないでしょうか。(1階が閉ざされた)タワーマンションでまちが埋め尽くされると交流のきっかけや場所がなく、人がいられなくなってしまいます。私は、「ベンチがあったら歩けるのに」という人のためにも、ベンチプロジェクトを進めていて、常に豊かさとは何か?と考えています。

矢部さん:

地元・地域側の視点から話します。私がいる飲食業界も「ゆっくり」へ向かっています。40年前ローマからはじまった、スローフード運動のことです。現在、スローフードは選択肢の1つとして定着しました。一方で、スローというのはファストのアンチテーゼとして出てきて反発し合う面もあります。トラムについては敵対しないようにおさめたいものだなと思います。

と、スローな移動のポテンシャルについて発言がありました。まちと人生にまで深い考察をされています。

そして、LRTで有名な富山市の取り組みには、実現に向けたヒントがあるようです。

中村健一さん:

トラムの計画は、都市交通全体で考えること、どこに導入するのか、採算性はあるか、既存交通事業者との調整、という4点がポイントです。

富山市では、既存路線をうまく活用していますし、まちなかに入ると安くなるような定期券など、料金体系も工夫しています。コミュニティレベルのリノベーションと交通網の組み合わせも大事です。市内移動の8割は自家用車が占めます。でもあえて、公共交通で暮らせることを選択してもらうようにと、10年間取り組んできました。その結果として沿線人口が増えています。地下鉄のほうが便利だったから全国的に廃止されてきた路面電車ですが、今は便利さだけが求められているわけでないのではと考えます。

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オーディエンスも輪になって議論!!

生活に欠かせない文化。実は文化施策とトラムには深い関係があるといいます。

吉本さん:

社会課題と文化を結びつけることがテーマです。文化芸術基本法改正のように、法律もそうした方針に変わっています。 トラムといえば、(ロワイヤル・ド・リュクスという大規模パフォーマンスで有名な)フランス・ナント市です。元々あった造船産業が移転して、まちは綺麗だけど活気がない状態でした。1990年、市長が15%の財源を投入して文化による都市再生を成功させました。さらに少しさかのぼると、ナント市は1985年トラム再導入のフランス第1号だったのです。都市の転換点にトラムがあったのではないでしょうか?

オリンピックの文化プログラムでは「生き方の創造を探求する」ことが提唱されています。 Once in a lifetime(人生に一度きり) ということで、ピカデリーサーカスの自動車通行止めを朝から晩まで実現した2012年のロンドン大会はモデルになります。実現はできないかもしれませんが日本でも、首都高速の通行止めといった、これまでの価値観を変える提案がありました。東京オリンピックの文化プログラムの一つとして、中島さんが話された電車ごっこもありではと思います。

中村文彦さん:

世界の都市交通計画の流れにも、吉本さんが話されたナント市はインパクトを与えました。車両の低床化や中心市街地との接続、バス路線・駐車場の再編などは、ストラスブール市にも引き継がれます。トラムを廃止していないドイツでも、その知見を応用しました。アメリカ、イギリスの場合はトラムを一度廃止しましたが、復活してきています。

吉見さん:

都心部はゆっくり、かつ無料にするが、郊外部は速くはしらせて有料にするというオーストラリア・アデレード市のシステムもありますね。

トーキョートラムタウン構想の場合は、上野―浅草―秋葉原―本郷などのエリアで、どうかなと考えています。渋谷・六本木は20世紀型のまち。これからは、こちらのエリアでしょう!

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座長の中島さん

座長の中島さんは、政策化とムーブメント化の視点から議論をまとめます。

中島さん:

これまでの報告やコメントには、政策論として示唆がありました。トラムは域内での移動ができ、軌道があることでまちがつながっているイメージが持てますね。運動論としては田中さんによる居場所の話、矢部さんが話した敵対をしないということが大事です。改めて、新住民とこれまでまちに住んできた住民が出会う、1階レベルの場所づくりの必要性を感じました。また、トヨタ自動車・未来プロジェクト室から紹介していただいた「Frog」のような乗り物を前提に考えると、歩車道がシェアできて、ストリートのあり方も変わりますね。

トヨタ自動車・未来プロジェクト室:「Frog」では渋谷の初台エリアとのワークショップから、人と接点を持ちたいという価値観が浮かびあがりました。スローな移動で、「地域」と「近く」を大事にできました。

まずは1kmからでも、共感をつくろう!

吉見さんから具体のエリアが話されたところで、会場からの質問にも答えつつ、トラムタウンの実現に向けたメンバーのコメントが寄せられました。トラムから路上を変えていくには、共感づくりが鍵になること、そしてそのための多様なアプローチのアイデアが提案されました。

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トラムに対する期待を語る矢部さん

まず、エリアの面白さを再発見していきます。

矢部さん:

示されたエリアは「下谷(したや)」ですね。トラムは隣のエリアと心理的につながれますね。利用者の観点からも、間違えても線路をたどると戻れる安心感があります。

島さん:

イノベーションは人がいるところに起きて、家賃が高い場所には居にくいです。最近の五反田エリアの人気の理由はここにあります。(下谷エリアは)居酒屋でちょっと会うような程よい距離感があるのでスタートアップのポテンシャルがあるかもしれません。

トラム導入については、交通に限定せず、関係者が共通の体験を持つ機会をつくることと、それを可視化することが大事です。ボトムアップ的だと問題解決型で小さくまとまってしまいます。他方で、都市計画的なプロセスだと共感が得にくいことがあります。

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ストリートの空間再配分が必要だという中村さん

トラムとストリートは一心同体という意見も出ました。

中村文彦さん:

富山市のLRTの計画実現には、3年間で進める市長のスピード感がありました。 上野エリアでは道路の再配分が必要です。京都市、姫路市や松山市では、実例ができてきていますから、実験はできるでしょう。通勤ピーク時は銀座線で、トラムはピーク時以外で柔軟に、例えば正午から運行でもいいのではないかと思います。まずは公園用地でも良いからトラムを見せることと、道路の新たな使い方を試すことの組み合わせですね。

田中さん:

人間自体のスペックは変わらないようにヒューマンスケールは変わらない、そしてヒューマンスケールはモノで創出していけます。アメリカ・サンフランシスコ市では、街路樹や歩道、車道の関係性が寸法として決まっていて、オープンソースで閲覧・共有できます。

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グランドレベル、路上からの方策を話す田中さん

そして、トラム実現に向けた共感づくりには、下谷エリアの文化資源とアクティビティが活きてきそうです。

中村健一さん:

制約を少しづつクリアして、小さな成功を積み重ねて公共空間を使うことへの合意形成が必要です。今回は「交通がこうあるべき」よりも、官民連携で目線の合う議論にするべきではないでしょうか。西新宿エリアでは同業他社どうしでビジョンを共有していたから、行政としても建築基準の見直しや公園再整備などの様々な手を打てました。東京文化資源区では東京ビエンナーレ(https://tokyobiennale.jp/)という動きがすでにあり、共感を得る機会になるでしょう。「トラムがあるとこうした動きがより活きるんだ!」と、地元とつくりあげると良いのではと思います。まだ誰が主体なのかもはっきりしないなかで、「仲間を集めて旅に出る」ということです。

吉本さん:

上野にある文化施設の集積はめずらしいものです。浅草と秋葉原がつながることは、異なる世代の文化がつながることにもなります。そのつながりが、トラムで可視化されれば。東京ビエンナーレについても、アートがまちなかにゲリラ的に発生するとしたら、トラムが明確なルートとなります。ビエンナーレを巡るにはトラムに乗る、それだけでいい!

仲間を集めて旅に出る:共感を広げる2019年

こうした意見を受けて、吉見さんは、

「1kmからでもまずは景色の見え方が違うことを見せて、共振を起こしていこう!」

と、ラウンドテーブルを総括しました。

トラムタウンへの共感を広げていく2019年、次の展開に期待です!

All Photo by 東京文化資源会議(Other than special mention)


東京文化資源会議 第4回公開ラウンドテーブル 「トーキョートラムタウン構想 ― スローモビリティが変える東京の都市生活」

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日時:2019年2月18日(月)午後3時半~6時
場所:ワテラスコモンホール(千代田区神田淡路町2-101ワテラス3階)
主催:東京文化資源会議

■ プログラム
1) 主催者挨拶:伊藤滋 東京文化資源会議会長
2) 報告1:都市生活を変えるトーキョートラムタウン(TTT)
  中島伸(東京都市大学講師・TTT構想PT座長)
3) 報告2:新しい都市モビリティのイメージと役割
  トヨタ自動車(株)未来プロジェクト室
4) 報告3:TTTが変える都市経済
  島裕(日本経済研究所技術事業化支援センターエグゼクティブフェロー)
5) 討論「Tokyo2030をトラムはどう変えていくか:政策論と運動論の観点から」
討論者 島裕(日本経済研究所技術事業化支援センターエグゼクティブフェロー)
 中島伸(東京都市大学講師)
 中村健一(富山市副市長)
 中村文彦(横浜国立大学理事・副学長)
 矢部直治(湯島天神下・酒場シンスケ4代目)
 吉見俊哉(東京大学教授):司会
 吉本光宏(ニッセイ基礎研究所研究理事)
 報告2の報告者、 ほか数名

6) フロアからの質問・意見

■参加者150名

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